62話 矢沢 栄光
ヒーローは存在しない。
ピンチの時に現れて助けてくれる。
そんな都合のいいものはアニメや漫画の中にしか存在しない。
義理の父に暴力を受け、誰も助けてくれない毎日を送っていた俺は、幼い頃にそれに気づく。
ハーピーの渓谷で加藤と佐藤の遺体を見つけた時も思った。
(……お前らにも、やっぱりヒーローは来なかったな)
この世界は不条理で不公平だ。
だから、俺はヒーローの登場を願わない。
俺がヒーローになろうとも思わない。
最後まで自分の力で戦って死ぬ。それでいい。
「矢沢っ!」
如月 焔の声が聞こえて、目を開く。
そうだ。俺は砂漠の入り口でゴーレムと戦っていたんだ。
一瞬、意識が飛んでいた。
血を流しすぎている。
スキルを多用したため、全身が傷だらけだ。
『光の矢』のスキルは、使うたびに自分の身体に傷を刻み込む。
すでに両手の爪はすべて剥がれ、足の爪も半分ない。
身体中にナイフで傷つけられたような創傷が無数につき、そこから血が流れている。
眼前にゴーレムが迫っていた。
二メートルほどの巨大な砂の怪物は、ゆっくりと腕を振り上げ、俺を殴ろうとする。
目も口も鼻もない。
ただ人の形をした砂人形。
コイツらに感情はあるのだろうか。
右手を向け、その頭に光の矢を放つ。
ぼんっ、とその部分が消し飛ばされた。
だが、振り上げたゴーレムの腕は止まらない。
ダメだ、終わる。
思った瞬間にそのゴーレムが別のものと入れ替わった。
「大丈夫っ、矢沢くんっ!」
野田 文香だ。
頭のなくなったゴーレムがかなり離れた所で腕を振り下ろしている。
当然そこには何もない。
入れ替わりのスキル。
攻撃のできない野田はそのスキルで何度か俺を救っていた。
だが、タイミングを間違えたら、それは命に関わる。
俺は何度か野田に光の矢をぶちかましそうになっていた。
「だ、大丈夫だ。もうやめろ、そのスキル。あぶねーから」
「わかった。もう、使わないっ! 死なないでね、矢沢くんっ!!」
そう言って野田はまた離れたところに走っていく。
絶対また使うな、あいつ。
人に助けられるのは好きじゃない。
ヒーローは存在しない。
砂漠にあふれるほどのゴーレムに、この戦いには勝つことが出来ないと確信する。
(だったら一人で戦い、一人で死にたい)
「こっち、こっちだよっ」
俊速のスキルを持つ早瀬 加奈子が走ってゴーレムを引きつけていた。
だが、早すぎるとすぐにゴーレムは追うのをやめるし、遅いと囲まれるため、囮としてあまり上手くいってない。
如月 焔も限界が近いだろう。
炎の玉はどんどん小さくなり、消えかけたロウソクのようだ。
「あーあー、もう終わりかぁ。最後にネイル変えたかったなぁ」
爪を見ながら、宗近 藍が呟く。
彼女もヒーローの存在を信じていない。
それでいい。
希望を待つより、絶望を受け止めたほうが楽になれる。
ゴーレムたちが俺たちを囲み始める。
(ああ、これで全てが終わる)
諦めて、その場にしゃがみ込んだ時だった。
突然、囲みはじめたゴーレムの陣形が崩れる。
粉々に砕け散ったゴーレムが宙に舞う。
「うらぁああああっ!」
懐かしい叫び声が聞こえてきた。
「俺の仲間に触んじゃねぇえええっ!!」
次々にゴーレムを粉砕されていく。
「嘘だろう。やめろよ、おまえ」
思わず男の名を叫ぶ。
「鰐淵っっっ!」
「よおっ、何泣いてんだ、矢沢」
いつものように笑いかける鰐淵に言われて、自分が泣いていることに気づく。
ヒーローは存在しない。
なのに、そこに現れた男が俺にはヒーローにしか見えなかった。




