55話 田中 三郎 その2
ゾンビゴブリンに襲われて、無我夢中で川原を抜けた。
大きな森まで辿り着き、木にもたれてぐったりと休む。
夜の闇に包まれた森は、音のない世界のように静寂に包まれており、奴らから逃げられたことに安堵する。
こんなに走ったのはいつぶりだろうか。
大きく息を吸いこむと新鮮な空気が肺に流れる。
生きていることを実感しながら、全部吐き出した。
「ぶはぁ」
息と一緒に何かが溢れ出てくる。
それが涙だと気がつくまで時間がかかった。
何故、涙などが出るのか。
意味がわからなかった。
仲間を見捨てたから?
死にたくなかったから?
全部どうでもいいと思っていたことだったはずた。
この状況になってようやく気付く。
俺は思い込んでいただけだった。
世の中に絶望したフリをしているだけの、ただの寂しがりや、それが本当の俺なのだ。
「ふぅ、うぁあぁぁぁー!!」
声に出して泣く。
河合と鈴木の二人とは途中ではぐれたが、一度も振り返えらなかった。
名波と久米を見捨てた事から目を背けたかったのだ。
わずか数日間、一緒に過ごしただけの仲間だった。
だが、それは俺が初めて仲間と共に過ごした大切なものだったのだ。
失って初めて自分の愚かさに気がつく。
どうして、失う前に気がつかなかったのか。
「ふ、ふぐっ、あぁ」
「あらあら、子供みたいに泣いてるわね」
声が聞こえて前を見る。
シャルロッテがいつものように、薄っすらと笑みを浮かべて立っていた。
「も、戻ってきたのか?」
「ええ、ちょっと頼まれてね。イヤイヤだけどやってきたわ」
どうやってそんなに早く行って帰ってこれたのか。
疑問に思うが聞きたいことはそれではなかった。
「何をするために戻ってきたんだ?」
「時任さんの予知で名波さんと久米くんが死ぬと出たの。それを助けるように頼まれたのよ」
「ま、まだっ」
まだ二人は助かるのか?
と、言おうとした言葉が止まる。
シャルロッテの笑みは人を助けようという類のものではなかった。
「まあ、気分次第ね。間に合うかどうかギリギリみたいだし。こっちもやる事があるから命がけってわけにもいかないわ」
そう言いながら、泣いてうずくまっている俺の横を通り過ぎる。
「それでも何もせずに見捨てた貴方よりはマシだと思うわ」
シャルロッテはそのまま、俺が逃げてきた道を進んでいく。
「あら」
気がつけば俺はシャルロッテの後ろを追っていた。
「ついてくるの? ついてきたら、たぶん死ぬわよ」
答えずに無言でシャルロッテについて行く。
「馬鹿ね、でも嫌いじゃないわ。ほんの少しだけ二人が助かる確率が上がったわ」
見捨てたという罪悪感ではなかった。
もう一度、仲間に会いたい。
ただ強くそう思う。
それはいままで自分を騙して生きていた俺の真実の想いだった。




