53話 名波 静 その3
洞窟にゾンビとなったゴブリンが雪崩れ込む。
「名波さんっ!」
久米くんが庇うように私の前に立つ。
ぶわっとその姿が分裂した。
洞窟の通路を塞ぐように久米くんの分身が一箇所に集まる。
そこにゾンビゴブリンが混ざり、肉の壁が出来上がった。
「ギィ、ギィキィ」
肉体が崩れ、腐っているゾンビが久米くんの分身を食べようと口を動かす。
だが、密集しすぎて身動きが取れず、その歯がカチカチと音をたてる。
それが無数に重なって聞こえてきた。
これ以上の悪夢があるのだろうか。
気を失いそうになるのを必死に耐える。
「下がって、名波さんっ! 長くは持たないっ!!」
「ご、ごめんなさい」
最初のゾンビゴブリンが侵入して来た時、私は恐怖で動けなくなった。
田中くんが逃げろと叫んだ時、一緒に逃げていれば、助かっていたかもしれない。
それどころか、逃げ遅れた私を久米くんは見捨てなかった。
私のせいで久米くんまで死んでしまう。
「ど、どうして」
今さら言っても仕方ない。
それでも私は叫んでしまう。
「どうして、私なんか見捨てて逃げなかったのっ」
久米くんはこちらを見ない。
肉の壁を凝視したまま、私に言う。
「一度逃げて後悔したんだ」
「それは……」
それは第四部隊の、と言いかけてやめる。
救出されてから久米くんはこれまで一言も口を開いてなかった。
加藤くんと佐藤くんを救えなかったことを久米くんはずっと後悔していたのだろう。
「もう逃げないと決めたんだ。たとえ、死ぬことになっても」
久米くんから強い覚悟の意思を感じる。
それはきっと自分を犠牲にしてでも仲間を助けるという意思なのだろう。
「ダメだよ。そんなの」
私を守るために、久米くんが死んだら、きっと私は生きていけない。
「二人で生き残ろう」
絶対に使わないと決めていた大砲のスキル。
だけど、ここから逃げるためには、もうそれを使うしかない。
壁のゾンビゴブリンを睨みつける。
私達をこんな目に合わせている魔物に憎しみを込める。
ラインの通知音が聞こえ、携帯の画面を確認する。
『出席番号 女子12番 名波 静』
『スキル 大砲』
『怒りと恨みを弾にして大砲を発射する』
『恨みが弾に充電されました。発射可能まであと40%』
足りない。
まだ足りない。
なんて、不便なスキルなんだろう。
携帯を投げつけたくなる衝動を抑え込む。
「そのスキル……」
画面を見ていた久米くんが呟く。
「僕が死んだら発動できるんじゃないか?」
大きく首を振る。
「ダメっ、そんなの意味がないっ!」
「でもこのままじゃ二人とも死ぬ」
嫌な予感に身体が震える。
嫌だ、助けて。
「助けて、泉くんっ!」
もう二度と会えないだろう好きな人の名前を叫ぶ。
肉の壁が崩れ、ゾンビゴブリン達が襲ってきた。




