48話 二択
見渡す限りの草原にたどり着いたのは、夕刻だった。
沈みかけた真紅の太陽が、その景色をオレンジ色に染めていた。
草原には四方を囲む岩壁がいくつも点在しており、中には焚火の跡や、ゴミも散らばっていた。
「元、拠点だ。小日向たちは、先に進んだみたいだな」
鰐淵くんがそう言って唾を吐く。
「近くに魔物はいないみたい。野田さんに預けた機械蛍はここから五キロ先で止まってるよ」
「あの渓谷が次の拠点か」
宇佐さんからの情報に佐々木さんが苦々しい表情を浮かべた。
俺たちが救出に向かったあの渓谷。
今、小日向くんたちがそこにいるということは、あの鳥人間の魔物を倒したということだろう。
「ちょっくら、小日向の野郎、殴ってくるわ」
「待って、それ駄目、頭撃ち抜かれる」
時任さんが、割と本気で鰐淵くんを止めた。
予知スキルが発動したようだ。
「邪魔をしなければこちらには手を出してこない。私達はあくまで小日向くんが見捨てる部隊を助けに行くだけでいい」
「ちっ、あの野郎、絶対いつかぶん殴ってやる」
舌打ちしながらしぶしぶ踏みとどまる鰐淵くん。
五人で真壁くんが作ったらしき岩壁の部屋に移動する。
一番大きな岩壁の部屋。
おそらく、ここは小日向くんが使っていたのだろう。
中には大きな石のテーブルと椅子が五つ並べてあった。
暗くなってきたので、部屋の隅にあった焚き火をつける。
皆が椅子に座る中、鰐淵くんだけは座らず立ったままだった。
「これからの作戦を立てるよ。みんな、これを見て」
佐々木さんがそう言って、テーブルに大きな紙を広げる。
ノートを切って繋げた一枚の紙に、この世界の地図が描かれていた。
最初に連れてこられた教会から、リザードマンの川辺、この草原に鳥人間がいた渓谷までが細かく表示されていた。
それぞれの場所に生息していた魔物のイラストまで付いている。
「アタシが描いたんだよ」
「す、すごいね。さすが宇佐さん」
何故か魔物が可愛くデフォルメされていたが、そこには触れずにおく。
「小日向は一部隊だけで魔物を退治に向かわせ、その様子を見て対策を練っていたわ。彼は最小限の犠牲を出しながら確実に目的を達成しようとしている」
「ああ、俺様達はそれにまんまと乗せられたわけだ」
佐々木さんの言葉に鰐淵くんは拳を握る。
その握られた拳から血が流れていた。
悔しくてたまらないのだろう。
「とっきーの予知では次に亡くなる予知が出たのは、如月 焔さん、矢沢くん、宗近さん、早瀬さん、野田さんの五人」
「第二部隊っ」
確か第二部隊にはクラス委員長の本元くんもいたはずだ。
第七部隊の野田さんと入れ替わったのか。
「まだ予知は変えられる。私達が……」
時任さんの言葉が突然止まる。
その顔が真っ青になっていた。
明らかに何か良からぬ予知が発動したみたいだ。
ぶーーん、と耳の横を蝿が横切った。
機械蝿。宇佐さんのスキルだ。
彼女の耳元で止まり、何かを伝えている。
「嘘、マジでっ!!」
宇佐さんが驚きの声を上げる。
「教会にあった大量のゴブリンの死体とドラゴンの死体が消えてるみたい……」
それは一体どういうことなのか。
とてつもなく嫌な予感に全身が震え出す。
「新しい予知が見えたわ」
嫌な予感の答えはすぐに出た。
「名波さんと久米くんが死ぬ。私達がすぐに戻らないと止められない」
二手に分かれたことが裏目に出た。
時任さんの予知はランダムで万能ではない。
もう少し予知が早ければ全員で移動していたのにっ。
「それはっ」
その先の言葉は出なかった。
皆、口に出さない。
わかっているのだ。
二人を助けに行くことは、第二部隊の五人を犠牲にするということを。
残酷な二択。
「全員は助けられない。残酷な二者択一を迫られるかもしれない。覚悟はしておいて」
第四部隊を助けに行った時の時任さんの言葉を再び思い出す。
それはあの時だけの言葉ではなかったのだ。
「どちらも助ける道は無いのか?」
時任さんが首を横に振った。
「全員助けようとしたら、全滅する」
抗えぬ死が牙を剥き、俺たちに襲いかかる。
ここから絶望は加速していき、もう止まることはなかった。




