46話 名波 静
止めることは出来なかった。
付いて行きたくても、足手まといになる私は付いて行けない。
何も言うことが出来ず、ただ彼を見送る。
涙が出たのは、いなくなってから随分経った後だった。
「泣くくらいなら、付いて行ったら良かったのに」
洞窟の入り口にいつの間にか河合さんが立っていた。
「泉くんのこと、好きなんでしょ?」
「わ、私は別にっ! そんなことっ!」
「いいよ、バレバレだから」
ピシャリと言われて黙ってしまう。
男子がいるとぶりっ子している河合さんだが、女子だけになると態度がガラリと変わる。
「今からでも追いかけたら? まずいと思うよ。多分、うざっときの三人も泉くん狙いだよ」
「嘘っ!」
「いや、見てたらわかるよ」
私は全然わからなかった。
何気に凄い河合さんの能力に舌を巻く。
「こんな所に来て、いつ死ぬかわからないなら、最後は好きな人と一緒にいたほうがよくない?」
「でも、私は……」
黙ってしまうと河合さんは大きなため息をついた。
「河合さんは、誰か好きな人はいないの?」
「私も泉くん、いいなぁって思ってるよ」
「えぇええっ!?」
仰天の競争率に思わず声を上げる。
「でも今回はパス。救出部隊に参加してまで、って程じゃないしね。残った鈴木くんか田中くんで手を打つかな。あ、久米くんはパスね」
「そ、そうなんだ」
こんな時でも軽いノリの河合さんにちょっと笑ってしまう。
「お、笑ったね。そうそう、どうせだったら最後まで笑って頑張ろうよ」
「う、うん、ありがとう」
落ち込んでいる私を慰めてくれたんだろうか。
河合さんとは、この世界に来るまでほとんど話したことがなかった。
こっちに来なかったらきっと仲良くなんてなれなかっただろう。
悪夢のような世界だが、悪いことだけではない。
彼女の言うように少しでも笑って頑張ろう。
「あ、そろそろポチ助とタマ美のエサの時間だ。一緒に行く?」
「うん、行こう」
リザードマンのエサは大量に用意されている。
田中くんが凄まじい釣りの才能を発揮し、川魚を毎日釣って保存していた。
最初は抵抗があったが、鮎に似たその魚は、味も美味しく、今では普通に食べれるようになっている。
それを細切れにしたものに長い棒を刺して、口枷の横からリザードマンの口に入れた。
口枷を外して直接食べさせようとするのは、無謀チャレンジャーの宇佐さんぐらいだ。
「みんなが傷ついて帰って来たら、また治してあげてね」
「え、もう嫌だよっ。ポチ助とタマ美の世話してるのは、また傷変換するためじゃないからねっ」
そう言いながらも河合さんはまたみんなを治してくれるのを知っている。
私も大砲なんて攻撃スキルではなく、人を治すスキルが良かったと心底思う。
二人で雑談しながらリザードマンが縛られている木に向かうと、そこにはすでに先客がいた。
「……シャルロッテ」
すべての元凶とも言える女。
だが、リザードマンを見ているその顔は今までにないような優しい顔をしていた。
まるでそれは別人といってもいいくらいの変化だ。
かなり近くまで来た私達にも気付かずにリザードマンに何か話しかけている。
「またね、足立くん、池田さん」
シャルロッテがリザードマンにそう言った。
リザードマンの名前だろうか?
宇佐さんと同じように自分で名前をつけたのだろうか?
一瞬、トカゲの魔物が人間の姿に見えた。
慌てて目を擦り、もう一度見る。
やはり、そこには二匹のトカゲが縛られていた。
「あら、いつから来てたの?」
そう言って、私達を見たシャルロッテの顔はいつもの優しさの欠片もない冷酷な表情に戻っていた。




