欠話 王馬 勇人
……もうすぐ意識は途絶えて消えるだろう。
完全なる死が近づいていた。
救世主達は去り、玉座に一人座る。
胸に空いた大きな穴からは、止め処なく血が流れていた。
僕は上手く魔王を演じれただろうか?
38人のクラスメイトを魔物にかえた。
ゴブリン。スライム。ハーピー。スケルトン。ゾンビ。リザードマン。ゴーレム。ドラゴン……
それぞれ男女つがいにした19組の魔物は物凄い繁殖力でねずみ算式に増えていった。
かつて仲間だったクラスメイトが魔物になって増える世界など悪夢以外のなにものでもない。
「やっと終われる」
頭を大きく後ろに反らし、天井を見る。
城に飾ってある豪華なシャンデリアが揺れていた。
目を閉じ、そのまま暗闇に身を委ねようとする。
だが、シャンデリアから小さな赤い光が見え、目を開く。
小型カメラだ。
「馬鹿な、この場面を見せているのか?」
「そう、まだ撮影しているわ」
立ち去ったはずの女がそこにはいた。
「……天宮」
「その名前は捨てたわ。今はシャルロッテよ」
天宮はそう言って笑った。
その顔はこれまで演じてきた偽りの笑みではない。
その顔を見たのはいつ以来だろうか。
あまりに懐かしく、枯れていた涙が頬を伝う。
「あ、天宮っ」
「おつかれさま、王馬くん」
天宮も笑いながら涙を流していた。
「いいのか? この場面は予定にないはずだ」
「うん、いいのよ。反則気味だけど、演出としては受けるかもしれないわ」
これまで徹底して、シャルロッテという悪役を演じていたはずだ。
ここでそれを崩して本当に大丈夫なのか?
「反応があまりに酷かったら消去する。無かったことにするわ」
「それは禁止事項に触れないのか?」
「さあ? 観測者達もそれくらいは許してくれるでしょ」
「彼らを甘く見ないほうがいい。気分次第で、この世界などどうとでもできるんだ」
そう言って気がつく。
天宮がリスクを犯すということは、すでにもう……
「もう、危険な事態になっているのか?」
「まだそこまでじゃない。でも当初の盛り上がりはもうないわ。ランキングも評価の入りも徐々に下がってきているわ」
天宮は賭けに出たのだ。
だが、その賭けは逆に首を絞めることになるかもしれない。
「観測者達に飽きられたらこの世界は終わる。だから愉しませないといけない。監督、演出、カメラ、主演、全部、私ね」
それがどれだけ辛いものか。
すでに自身が壊れかけていることに天宮は気がついているのか。
何か彼女に声をかけてあげたい。
だが、もはやその思考は途切れる寸前だった。
「なあ、僕は上手く魔王をやれたかい?」
「ダメダメね。黒いマントを羽織っただけなんて、思わず笑いそうになったわ」
「そうか……」
何も気の利いたことが言えず、意識は混濁していく。
「でもありがとう。あなたがいたから私はやって来れた」
それは僕も同じだった。
ありがとう、と言いかけてやめる。
さよなら、もいいたくなかった。
最後の言葉は考えずに自然と口から出た。
「またね、天宮」
「またね、おやすみなさい」
全てが暗闇に包まれ、僕の意識は途絶えて消えた。




