3話 ドラゴン
マリア像を踏み潰しながらドラゴンが教会の中央に乗り込んできた。
巨大なドラゴンを目の当たりにして、呆然となる。
無理だ。こんなものにどうやって勝つというのか?
「オォオオオオォオオオォ」
ドラゴンが雄叫びを上げ、クラスメイトが固まる。
誰もが絶望感に打ち震えている、そう思っていた。
だが、次の瞬間、炎の塊がドラゴンの顔に飛んできてぶち当たる。
「スキルを理解してない人、回復系の人は後ろに下がって! 防御系の人はその人達を守って! 攻撃系、補助系の人はサポートして!」
そう叫びながら再び炎の塊をドラゴンに投げつける。
如月 焔。
ソフトボール部のキャプテンで、熱血スポーツ女子の彼女が大声で叫ぶ。
フルネームで名前を覚えている数少ない女子の一人。
クラスに馴染めなかった時、俺に真っ先に話しかけてくれたのが焔さんだった。
「ギィヤァアアアア」
ドラゴンが焔さんの方に向かっている。
助けたい。でも、スキルのない俺には何も出来ない。
「行ってくる」
隣にいた大吾がそう言って大きく息を吸い込んだ。
見る見るうちに大吾が巨大化していく。
あっ、という間にドラゴンと同じくらいの大きさに膨れ上がった。
「大山くんっ」
ドラゴンの前に立ちはだかり、焔さんを守る大吾。
突進してくるドラゴンを身体全体で受け止める。
「今よっ、みんな攻撃してっ」
焔さんが大吾の身体を避けるように炎を投げつける。
「くたばれ、この野郎!」
その次に不良の矢沢くんが光の矢を放った。
「大山くんに当たらないよう気をつけてっ」
続けて様々なスキルの攻撃がドラゴンめがけて飛んでいく。
「ギィヤァ、ギィヤァアアアア」
ドラゴンが苦しそうに暴れている。
ドラゴンを押さえつけている大吾の身体が爪痕で傷だらけになっていた。
しかし、大吾は痛そうな顔一つせず、耐えている。
「癒しを」
後方でそう呟いて歌い出したのは、保健委員の音峰さんだった。
彼女の声が光る音符となり大吾を優しく包み、傷が治っていく。
なにも出来ず、クラスメイトの陰に隠れているだけの自分が恥ずかしかった。
頑張れ、そうやって祈ることしか今の俺には出来ない。
「大山くん、退いて、トドメを刺す」
そう言ったのは焔さんの双子の妹。 如月 八千代さんだった。
熱血タイプの焔さんと真逆の性格。
冷静沈着なクールタイプの八千代さん。
その手に鋭い氷柱が握られている。
大吾がドラゴンから離れたと同時に、雄叫びをあげるドラゴン。
その口をめがけて八千代さんが氷柱を投げつけた。
氷柱はドラゴンの口から後頭部を貫通する。
暴れていたドラゴンの動きがぴたりと止まる。
ゆっくりとスローモーションのようにドラゴンが崩れていく。
「勝った、勝ったのかっ」
「落ち着いて、怪我人がいないか調べて」
「大丈夫、みんな大丈夫」
ドラゴンを倒した事で一瞬、みんなの気が緩む。
だが、それはまだ、始まりに過ぎなかった。
「はい、はーーい、まだ一匹倒しただけですよーー。まだ前座も終わっていませんよーー。気合い入れなおしてくださいねーー」
シャルロッテがそう言ってパンパンと手を叩く。
「やばいぞ、これ、何匹くるんだ」
そう呟いたのはクラス成績トップの安藤くんだ。
分厚い黒ぶち眼鏡をトントンと右の薬指で叩いている。
どうやら索敵のスキルは彼が持っているようだ。
眼鏡から敵の位置が検索できるのだろうか。
「気をつけろ、100匹以上だ。囲まれているっ!」
教会の窓が一斉に割られ、砕け散る。
醜悪な姿をした汚い子供のような魔物がわらわらと教会に入ってくる。
「ゴブリンだ!」
神に祈ろうとした時に、崩れたマリア像が目に入る。
ここに神はいないことを実感する。
ただ果てない絶望がそこに渦巻いていた。