35話 久米 浩信 その2
左右に切り立った崖があり、幅5メートル程の道が真っ直ぐに伸びている。
中はゴツゴツとした岩で囲まれ、太陽の光もあまり届かず薄暗い。
待ち伏せするには持って来いの場所だろう。
それをわかっているのか、いないのか。
鰐淵は自分の庭を歩くように、一人、平然と歩いて行く。
それを僕たち四人が見送る形になった。
「ギギャーー」
それは奇声と共に上空からやってきた。
「ハーピーだ」
思わず、その名前を口に出す。
ネットゲームでよく見る魔物だった。
女面鳥身の魔物で、顔から胸までが人間の女性。腕が鳥の羽になっており、下半身も鳥の様になっている。
ゲームで見たハーピーは綺麗な女性の顔だったが、その魔物はとても人の顔に見えないほど醜悪な顔をしていた。
「うわぁ、女は欲しいけどアレはないわ」
「いや、オレ、なんとかいけるかも」
加藤と佐藤がアホな会話をしている。
そんな場合ではない。
鰐淵の頭を狙い、ハーピーが物凄い速さで、急降下してきた。
鋭い足爪が鰐淵に襲いかかる。
ガィン、と金属が弾けるような音がして、ハーピーの足爪が弾かれた。
鰐淵の肌が黒くなっている。
「きかねえよ」
鰐淵がハーピーの首を鷲掴みにする。
硬質化。
鰐淵のスキルは息を止めている間、自分の身体を鉄のように硬くできる。
ぼきん、という嫌な音が響き、ジタバタしていたハーピーが動きを止めた。
軽く力を込めたようにしか見えないが、首の骨を折ったのだろう。
「ギャーーッ! ギャッギーーッ!!」
仲間をやられたことに気づいた他のハーピー達が騒ぎ出す。
すぐさま、もう一匹が鰐淵に向かって突進してきた。
「はっ」
今度は足爪が届く前に、まるでキャチボールのボールを軽く取るようにハーピーの頭を手で掴む。
そのまま地面に叩きつけると、粉々になったスイカのようにハーピーの頭が砕け散った。
「すげえ、さすがぶっさんっ」
「くぅ、本当に一人でやっちまうぜ」
相変わらず楽観的な加藤と佐藤が興奮する中、冷静な鈴木だけは崖の上をじっ、と観察している。
「不味いな、甘く見ていた」
鈴木の声に反応し、僕も上空に視線を送る。
ぞっと、背筋が凍りついた。
岩に囲まれて暗くなっているのではなかった。
空を覆うほどのハーピーの群れが所狭しと飛んでいたのだ。
「無理だっ! 逃げるぞ、ぶっさんっ!!」
鈴木が叫ぶが、ほんの少し遅かった。
大量のハーピーが鰐淵めがけて飛んでくる。
あっ、という間に無数のハーピーに囲まれ、鰐淵の姿が見えなくなった。
目の前に鳥人間の山が積み上がる。
鳥に人間が襲われて死んでいく。
そんな映画のような光景に、思わず目を背ける。
「う、わあぁああっ!!」
さっきまでバカ騒ぎしていた加藤が、突然悲鳴をあげて、手から槍を出す。
長槍のスキル。
加藤のスキルは、槍をどこまでも長く伸ばせる能力だ。
槍は鰐淵を囲んだハーピーの山まで伸びていき、その中心に、ぐさり、と突き刺さる。
「ば、馬鹿野郎っ、なにしてるんだっ!!」
いつも冷静な鈴木が加藤に声を荒げて叫ぶ。
加藤の槍攻撃を受けたハーピーの大群が、こちらに向かって一斉に飛んできたのだ。
「うぁああああぁがぁああっ!!」
一瞬だった。
槍を持ったまま、加藤が鰐淵と同じようにハーピーの群れに包まれる。
それはすでに断末魔の叫びだった。
「か、加藤っ! うわぁぁぁあぁっ! 加藤っ!!」
加藤と仲のいい佐藤が、半狂乱になりながら叫ぶ。
「あきらめろっ! もう無理だっ! 逃げるぞっ!!」
「嫌だっ! 加藤は親友なんだっ! 俺達はずっと一緒だったんだっ!!」
鈴木が止めるのも聞かずに、佐藤がハーピーの群れに飛び込んでいく。
僕はその時には、すべての荷物を投げ出して、駆け出していた。
コイツらが食べられている間に逃げてやるっ。
一分一秒でも稼いでくれたらそれでいいっ!
後ろを振り返る事なく、僕はただ一心不乱に走り続けた。




