34話 久米 浩信
「行くぜ、出発進行だっ」
鼻唄を歌いながら鰐淵が先頭で草原を歩く。
かなり、上機嫌のようだ。
はだけた学生服のタンクトップから、いまにもはちきれそうな筋肉が見える。
僕と同じ人間とは思えないような肉体だ。
その後ろを佐藤と加藤の二人が小判鮫のようにぴったり付いていく。
佐藤は短い髪を赤く染め、加藤は金髪のソフトモヒカンだ。
鰐淵と比べるとまるで迫力がなく、世紀末漫画のチンピラにしか見えない。
「ぶっさん、魔物を退治したら本当に女子が隊に来るんだよな?」
「オレ、野田さんがいいなぁ。やって来たらちょっと触ってもいいかなぁ」
言ってることも、不良というよりチンピラだ。
佐藤と加藤は女子が来るという餌に釣られてやる気満々になっていた。
馬鹿な奴らだ。小日向くんがそんな約束を守るとは到底思えない。
「お触り禁止だ馬鹿野郎。いいか、来たらちゃんと紳士的に会話して仲良くなるんだぞ」
「わ、わかったよ、ぶっさん」
「女子とちゃんと話したことねえからな、緊張するぜ」
クラスの不良グループは矢沢くんをリーダーに、鰐淵、佐藤、加藤、鈴木の五人で構成されていた。
喧嘩なら矢沢よりも鰐淵の方が圧倒的に強かったが、リーダーは矢沢だった。
その理由は実に簡単だった。
鰐淵はグループにはいるが、不良ではないのだ。
その野生的な風貌と言動からクラスのみんなには誤解されているが、基本的にはただの喧嘩好きだ。
矢沢が上手く用心棒がわりに使っているが、立場的には矢沢と対等だった。
「なあ、ぶっさん、作戦はあるのか?」
3人とは少し離れたところを歩く鈴木が鰐淵に質問する。
茶髪のロン毛で、一見、普通の生徒に見える鈴木は、いつも冷静な不良グループの参謀役だった。
「ああ、俺様が一人で突っ込んで全滅させる。お前らは逃げた奴らにトドメを刺せ」
「そ、それだけか? もう少し何か考えたほうがいいんじゃないか?」
「はっ、大丈夫だよっ、俺様一人でほとんど片付けてやる」
鈴木が一瞬、呆れた顔をしたが、諦めたのかそれ以上何も言わなかった。
「さすが、ぶっさん」
「完璧な作戦、そこに痺れる、憧れるぅ」
佐藤と加藤が無責任なよいしょをしている。
冗談じゃない。そんなのは作戦と呼ばない。たった五人で数も強さもわからない未知の魔物と戦いに行くなんて、自殺行為にしか思えない。
「おい、クズ米 、遅れてるぞ、ちゃんと付いて来いよ」
「あ、ああ、わかったよ」
加藤に名前を呼ばれて、少し歩く速度を上げる。
ふざけやがって。
僕が遅れているのは、お前らの荷物を全部持っているからだっ。
ここに来る前から、僕を含め、3人がコイツら不良グループのパシリにされていた。
大盛り山と呼ばれていた森山くん。
チビヒゲと呼ばれていた小日向くん。
そして、クズ米と呼ばれる僕、久米 浩信の3人だ。
小日向くんは、どうして矢沢を抜いて、僕を不良グループの隊に入れたのか。
そして、森山くんを何故、お荷物グループに入れたのか。
パシリにされていた僕ら3人は、決して仲良くはなかったが、どこかで仲間意識があると思っていた。
小日向くんがクラスを仕切り出した時、僕と森山くんを保護してくれるとどこかで信じていたのだ。
だけど、小日向くんは僕らを切り離した。
多分、それは弱い自分との決別なんだろう。
共にパシリにされていた僕らを仲間とせず、忌むべき過去の醜態として消し去ろうとしている。
自分をいいように使っていた不良グループと共にだ。
(このまま、死んでたまるかっ)
すでに置き去りにされた森山くんが死んでいるという噂が流れていた。
こんな所でパシリのまま、惨めに死ぬわけにはいかない。
第四部隊は魔物に遭遇せずに草原を抜け、切り立った崖のある山岳地帯に辿り着く。
背筋がゾクリと震えた。
いる。確実に魔物が待ち構えいる。
「さて、はじめるか」
こんな時でも笑っていられる鰐淵が信じられない。
みっともなくていい。何がなんでも死にたくない。
コイツらを犠牲にしてでも、僕だけは絶対に生き残ってやる。そう心に誓った。




