32話 メッセージ
ようやく身体を動かせるようになったのは昼過ぎだった。
名波さんが朝に作ってくれた食事は、トマトジュースで煮込んだお粥で、かなり美味しかった。
ここに来てから初めてまともなものを食べた気がする。
名波さんにお礼を言ったが、「無茶する人は嫌いです」と言われ、そのまま立ち去られた。
後でもう一度、いや何度でも謝ろう。
洞窟の外に出ると照りつける日差しに、身体が少しふらついた。
昨晩、ここで死にかけたことを思い出し、ぞっ、とする。
「洞窟に残ったリザードマンは、中にガンガン火をつけて、岩で蓋をして、全部蒸し焼きにしたんだ」
田中くんはそう言って、洞窟の奥を指した。
「奥にあった卵も全部潰した。この地帯をリザードマンが支配していたなら、もう魔物に怯えなくていいかもしれない」
小日向くんや大吾に城の奪還を任せ、ここでずっと戦わずに暮らしていく。
本当にそれが正しいのかはわからないが、少なくともスキルの使えない俺は、無理に戦っても、みんなの足手まといになるだけだ。
皆は上流のほうに落ちているカバンや、食料になるものを探してくると言っていた。
俺もずっと寝ているわけにはいかない。
川辺を歩きながら、自分も探索に加わると、少し離れた岩場の影から声が聞こえてきた。
「えー、テステス、聞こえますか? うっさーです」
「さ、さっさんです」
「とっきー、です。三人合わせて、うざっときです」
宇佐さん、佐々木さん、時任さん、「うざっとき」の三人の声だ。
なんだろう、漫才の練習でもしているのだろうか?
「敵の女兵士の頭を潰したくなる、そんな時が来たら」
「やめといたほうがいいと思います」
「後味が悪くなりますよ。ではまた来週」
いや、なんだろう、これ。すごくシュールな漫才だ。
「どう? いけたかな? 届いたかな?」
「わからない。もともと三つのスキルを合わせるなんて無茶苦茶だしね」
「でも、届いたような感覚がある今日この頃」
よくわからないが、なんだか話しかけてはいけない雰囲気だ。
助けてくれたお礼は、また後にしよう。
昨日、死にかけていた時、俺の周りを飛んでいた蝿は、宇佐さんのスキルだった。
あれで俺のピンチを知り、佐々木さんの飛翔スキルで飛んできてくれたらしい。
仲間がいることに感謝する。
そして暁さんに撃たれて死んだ森山くんのことを思い出す。
もう一人も犠牲者を出さず、帰りたい。
力のない俺にはもう祈ることしか出来なかった。
「あら、起きたのね」
そんな俺を嘲笑うかのように、ニヤニヤしながら、シャルロッテが現れる。
水浴びでもしたのか、金色の髪が濡れてキラキラと輝いていた。
死にかけた俺にキスをしてきたことを思い出し、急に照れ臭くなって目線を逸らす。
不覚にも俺は、すべての元凶である彼女を美しいと思ってしまった。




