28話 口づけ
洞窟の入り口の前で倒れていた。
計算外なことが幾つも重なる。
いや、最初から大した計画などなかったのだ。
巣穴に火をつけて、リザードマンが出てきたところを倒す、単純にそれだけだった。
最初の誤算は思っていたより、はるかにリザードマンの数が多かったこと。
そして次の誤算は、自作した武器がまったく通用しないことだ。
朝の戦闘で逃げていったリザードマンは少数で、俺は勝手に壊滅状態だと甘く考えていた。
そしてリザードマンの鉤爪をつけた武器は、リザードマンの身体を覆う硬い鱗にダメージを与えることができない。
なす術もなく、俺はリザードマンにやられてしまった。
「無様ね」
まるで虫けらを見るような目で、俺を見下ろすシャルロッテ。
破壊された武器が、脇に転がっている。
俺の腹は、リザードマンの爪に引き裂かれ大量の血が流れ、出てはいけない臓器が大量にはみ出ている。
もう助かることはないだろう。
「仲間のためとか言って、一人で行動して勝手に死んでいく。ただの自己満足よ。残された者がどんな思いになるか、考えたこともないでしょう?」
もっともな意見だが、声を出すことも出来ない。
そんなシャルロッテの後ろからリザードマンが一匹、近づいてきている。
逃げろ、という言葉のかわりに口からは血が吹き出す。
その時、ぶーーん、という羽音が耳元で鳴った。
蝿だろうか?
もはや、それをふり払う力も残っていない。
「でも嫌いじゃないわ、そういう人」
いきなりシャルロッテが俺の唇を塞ぐ。
声が出せたら、なんと言っていただろう。
死の間際にファーストキスを奪われたことに混乱する。
俺の血で真っ赤に染まった唇で、シャルロッテはにっ、と笑う。
「そして、みんなも、あなたのことが好きみたいね」
どんっ、といきなり巨大な岩が落ちてきた。
シャルロッテに近づいていたリザードマンが下敷きになり、ひしゃげ、潰れる。
「ねー、ねー、今、キスしたよっ! さっさんっ! 泉くん、あのくそ女にちゅーされたっ!」
「うっさい、うっさー、今、それどころじゃないっ」
「洞窟の入り口、封鎖、優先」
空中から宇佐さん、佐々木さん、時任さんの声がした。
仲良し三人組、「うざっとき」だ。
三人が岩を落としたのか?
「外にいるリザードマンはあと何匹?」
「あと三匹、一匹は田中っちが動きを止めてる」
「あとの二匹は逃走、無視していい」
田中くんも来ているのか?
倒れたまま首だけ動かして辺りを見渡す。
田中くんだけじゃなかった。
河合さんと名波さんが俺の方に走って近づいてくる。
田中くんは手に槍を持ってリザードマンと対峙していた。
俺が作った武器よりもちゃんとしている。
田中くんが作ったのだろうか、どうやら俺より武器を作る才能があるみたいだ。
「泉くん、泉くんっ」
名波さんが俺に近づいて叫ぶ。目から涙が溢れていた。
「河合さんっ、スキル使ってっ、早くっ」
「いや、これやばいよ。傷変換したら、リザードマンに移す前に、わたし、死ぬんじゃない?」
「間に合わなかったら私に移してもいいからっ!!」
普段、大声を出さない名波さんが声を張り上げている。
「貸しだからねっ!」
そう叫んで、河合さんが俺のおでこに触った。
致命傷と思われた傷が一瞬で消えてなくなる。
だが、その代わりに河合さんが血を吐いて、俺の上に倒れてきた。
「イッターーイっ! 早くっ、早くしてっ!!」
「ここっ! 河合さんっ、ここ触ってっ!!」
田中くんのスキルでゆっくりになったリザードマンの首ねっこを名波さんが掴んで、持ってくる。
河合さんが倒れたまま、リザードマンの顔を触ると今度はリザードマンが血を吐いて俺の上に倒れてきた。
「成功したっ! 超怖かったし、痛かった! もう二度と使いたくない、このスキルっ!!」
河合さんが起き上がって、激しく泣きじゃくりながら喚いている。
俺も起き上がろうとしたが、まだ動けない。
血を流し過ぎたのか、頭がクラクラした。
「馬鹿っ、なんで一人で行くのっ!」
名波さんが泣きながら怒鳴る。
みんなが俺の周りに集まってくる。
俺は泣きそうなのがバレないよう、顔を隠して誤魔化した。
「みんな、ごめん」
それだけ言うのが、今の俺には精いっぱいだった。