1話 救世主
修学旅行中のバスの中だった。
沖縄観光に心を躍らせる高校2年の夏。
隣の席に座る大吾とくだらないバカ話をしていた。
話と言っても俺が一方的に話しかけているだけだ。
2メートル近い大きな身体の大吾は、寡黙であまり言葉を話さない。だが、俺の話にたまにうなづいてくれる。
気は優しくて力持ち。小学校から付き合いのある自慢の親友だった。
バスの窓から沖縄の海を見る。
どこまでも続く透明な青い海に、東京の密集した高層ビル群の中では味わえない解放感を得て、俺のテンションは上がっていく。
その光景が一瞬で入れ替わった。
バスが消えていた。
何故か、いきなり教会のような場所に移動している。
歪な形の頭が欠けたマリア像。無数の天使が舞うステンドグラス。誰もいないのにクラッシックの音楽が流れるオルガン。
それは異様な教会だった。
クラスメイト達が騒めいている。
誰も状況を把握出来ていないようだ。
わけがわからないままに、皆が騒いでいると教会の扉が開き、黒いドレスの女が入ってきた。
ゴスロリというのだろうか、ヒラヒラでフワフワの可愛いらしい服を着た女は、俺たちと同じ高校生くらいの年齢に見えた。
だが、日本人には見えない。金髪に少しツリ目の紅い瞳、顔は美人だが、キツそうな印象を受ける。
女はスタスタと、クラスメイトの間を抜けて、奥のマリア像の前まで歩いていく。
その前で振り向き、スカートの両端をつかみながら女は、大袈裟にお辞儀をした。
「はじめまして、ようこそ、救世主のみなさん。私の名はシャルロッテ。シャルロッテ・シャルル・シャリア・デン・シャトーブリアン18世です」
なんだか高貴そうな名前を述べるシャルロッテ。
「救世主? どういうことですか? ここは一体どこなんですか?」
質問したのはクラス委員長の本元君だ。
こんな状況でも冷静に素早く行動をする彼に皆が感嘆の声をあげる。
「こういう時、最初に声をかけた奴って、死ぬ確率高いんだぜ」
後ろのほうで、不良の矢沢君が余計な事を言い、動揺が広がり騒めきが大きくなる。
「はいはい、騒がないでください。大丈夫ですよ。私はあなたたちに助けてもらうために来てもらったんです。大事な戦力である救世主のみなさんを殺すわけないじゃないですか」
シャルロッテがニコニコと笑いながらそう言う。
「助けてもらうために? 僕たちに何かして欲しいのですか?」
「さすが、救世主さま。理解が早くて助かります。これから、みなさんにはちょっと戦争をしてもらいます」
映画かなにかで聞いたようなセリフだが、実際に聞くと身の毛もよだつ嫌なセリフだ。
騒いでいたクラスメイトが静まりかえる。
息を殺して泣いている女子の声も聞こえてくる。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。救世主であるみなさまには、こちらに来る際、一人に一つずつ、強力なスキルが授けられています」
スキル? ゲームでいうところの特殊能力みたいなものか?
「何か変わった感じがあるか?」
隣にいる大吾がゆっくりと首を振る。
確かに何も変わっている気がしない。
「携帯電話を見てください。そこにスキルの種類と説明をラインでお送り致しました」
クラスメイトが一斉に携帯を見る。
「何、このスキル。意味わかんないっ」
「うわっ、なんだよ、これ、ハズレだろ!」
「防御スキルか、攻撃系じゃないのかよっ」
クラスメイトの様々な声が聞こえる中で、俺は携帯の画面を見て呆然となる。
『出席番号 男子2番 泉 涼 』
『スキル 無し』
嘘だろ、これって致命的なんじゃないだろうか。
マリア像の前のシャルロッテを見る。
こちらの視線に気づいたのか、彼女は俺にウインクしてニコリと微笑んだ。
「さあ、戦争を始めましょう」
それは長い長い悪夢の始まりだった。