16話 暁 弥生
指先が震えていた。
シャルロッテの額に標準を定めた時、すぐに撃てなかったのは、私に戸惑いがあったからだ。
それは小日向の命令下でも、動作を鈍らせるほどのものだった。
その遅れがすべてを狂わせる。
スコープ越しにシャルロッテは、私に向かって笑いかけてきた。
慌てて、引鉄を引く。
だが、シャルロッテはその前に身を屈め、銃弾は背後にいた森山の頭に命中した。
大盛り山。
彼のあだ名を思い出していた。
いつも授業が終わるたびにパンを2個ずつ食べる。
昼休みまでにパンを8個食べ、昼休みに巨大なお弁当を食べた後、食堂でうどんとカレーを食べる。
相撲取りのように太った森山の事を、皆は森山と呼ばずに大盛り山と呼んで馬鹿にしていた。
「お前、お昼食べてないだろ」
森山が私に話掛けてきたのは、後にも先にもその一回だけだ。
その日、弁当を忘れた私は、昼ご飯を抜いて、モデルガンを磨いていた。
教室には次の授業が音楽で、皆、音楽室に移動していたので、私と森山の二人しかいなかった。
「別に一食抜いたくらいで死なないから大丈夫よ」
「そうか、俺は一食抜いたら死んじまうけどな」
そう言って森山は私の机にあんぱんを一つ置いていく。
「間違えて一個多く買ったんだ」
「えっ」
森山は午後の授業の後もパンを2個食べる。
いつも10個のパンを買っていることを知っていた。
森山の机の横にある袋の中には、もう一個しか入っていない。
多く買ったというのは嘘だとわかったが、私はそれについて何も言わず、礼を言う。
「あ、ありがとう」
森山は無言で教室から出ていった。
甘いものは苦手で、あんぱんは嫌いだったが、無理矢理口に入れる。
なぜか、そのあんぱんはとても美味しくて、後日、同じ物を買ったが、次は不味くて食べられなかった。
「暁一等兵っ。次だっ。続けて撃てっ!」
小日向の声で目が覚める。
あの時の森山の顔が消えて無くなった。
パンをくれた時の森山はどんな顔をしていたのか。
思い出せないっ。
その顔は私が吹き飛ばしてしまった。
スコープ越しの景色がボヤけて見える。
私が泣いていることに気付くまで時間がかかった。
私には、人を思う感情などまったくないと思っていた。
いつも一人で生きてきたし、これからもずっと一人だと思っていた。
それが思い上がりだと気がつく。
私は全然一人でなかったのだ。
「ウワァアアアぁ!!」
子供のように泣き叫びながら、引き金を引く。
その銃弾はシャルロッテに届く前に、急速に速度を落としていく。
「田中四等兵のスキルかっ。田中四等兵と名波四等兵はスキルを使わないと思っていたが、誤算だったかっ!」
泉に引っ張られ、シャルロッテが岩影に隠れる。
「撤退だ、暁一等兵。これより、第八部隊は破棄。我々は彼らと一定の距離を置き、切り離すっ」
最後に頭のない森山の姿を確認する 。
「……ごめんなさい」
私は、二度と森山の顔を思い出す事はできなかった。




