102話 矢沢 栄光 その3
俺の放った光の矢は、シャルロッテの左目に直撃した。
なのに、彼女は何事もなかったように涼しげな顔で笑みを浮かべている。
「矢沢 栄光と如月 焔か。運がいいわね、あなたたち」
二発目を放つことができなかった。
異様な、ドス黒いオーラのようなものが、シャルロッテから漏れ出ている。
気がつけば、俺は一歩、二歩と後ろへ後退りしていた。
「怯えなくていいわ。私、すごく機嫌がいいの。二人共、見逃してあげようと思っているわ」
左目に矢が刺さったまま、ニコニコと笑うシャルロッテの言うことなどまるで信用できない。
足元で転がる焼け焦げた野田の死体を見て、強くそう思う。
「警戒しなくていいわ。貴方達はここで死ぬべきでないと思うの。大切な人がいるんでしょう? 如月 八千代に、瀬能 梓。二人とも、もうすぐ大ピンチになりそうよ」
八千代の名前を聞いて、背負っている如月 焔がピクリと動く。
俺も瀬能 梓の名前に動揺を隠せなかった。
「ふふふ、本当にね。せめて死ぬときは、愛する人の側がいいと思ってるのよ。今回はうまくいってるの。ちゃんと名波さんも、泉くんのところに届けてあげたわ」
「……泉は、生きているのか?」
シャルロッテはそれに答えず、ただ嬉しそうに笑う。
「私ね、何回かやり直してるのよ、この戦いを。貴方達のクラスメイトに紛れてかき回したこともあったわ。クラスメイト同士戦わせて、ぐちゅぐちゃにしてみたの。でもね、思ったよりつまらなかった。貴方たち、あまりドロドロしてないから。やっぱり、みんなで助け合って、頑張って、それでも愛するものが死んでいく、こっちの物語があってるみたい」
シャルロッテが何を言ってるのかよくわからない。
しかし、俺の脳裏に、経験したことのない映像が映り込んだ。
ありえない。あの虫も殺せないような大山が、クラスメイトを握り潰して斬殺している。
「ああ、思い出した? 過去に戻ってやり直しても、記憶はどこかに残るみたい。ちょっとしたバグみたいなものね」
「スキルか? ……お前は過去に戻って何度でもやり直せるのか」
「それは無理よ。すごいポイント使うから。もう過去へは戻れない。でも、大丈夫。今回が一番、うまくいってるの。きっと、素敵なエンディングを迎えることになるはずよ」
頭がおかしくなりそうだ。
俺たちはコイツの手のひらの上でずっと踊らされているのか。
「さあ、行きなさい。フィナーレは近いわ。もうすぐ、もうすぐなのよっ! 全てが収縮するあの場所にっ! いったい、何人が辿り着くことができるのかしらっ!!」
恍惚の表情を浮かべながら、踊るようにクルクルと回るシャルロッテ。
今の俺では彼女を倒すことができない。
いや、クラスメイトの誰も、倒すことはできないのではないか。
「……城に、俺たちを地球に帰す、返還装置があるのは本当だろうな?」
「もちろんよ、希望のないゲームなんてつまらないでしょう」
ぐっ、と唇を噛み締める。
シャルロッテの言葉を信じるしか希望がないことが、あまりにも絶望的だった。
「いつか、いつか絶対、殺してやるからな」
捨て台詞を吐きながら砂漠へ向かう。
背中の如月 焔も、悔しさで震えている。
「いいわね、楽しみにしておくわ」
出会った時と同じように、スカートの両端をつかみながらシャルロッテは、大袈裟にお辞儀した。




