95話 安藤 優一
「小日向軍曹っ、現在の戦況を報告しますっ!」
「安藤三等兵。報告を許可する」
こちらを見ずに、小日向くんが返事する。
目の前で、繰り広げられる戦いから目を逸らさない。
索敵のスキルで知り得た状況を、簡潔に報告する。
「第三部隊は、サンドワームと交戦中。大山一等兵が救援に向かいました。現在、犠牲者は一名。橋下三等兵が戦死。残りの敵数は五匹です」
巨大な魔物だったが、勢いは第三部隊にあった。
このまま犠牲者を出さずになんとか勝つことができるだろう。
「続いて第五部隊は、吸血鬼と交戦中。犠牲者は二名。古橋二等兵と渡瀬三等兵が戦死。敵は一人ですが、かなり手強い模様です」
これまでの魔物とはあきらかにレベルが違う。
敵の本拠地が近くなり中ボスクラスがでてきたようだ。
「さらに第六部隊は、狼人間の群れと交戦中。その数、52体。まだ犠牲者は出ていませんが、囲まれており、絶体絶命ですっ!」
「……そうか。了解した」
小日向くんは、いつものように冷酷に感情のない声で、戦況報告を受け止める。
こっちの世界に来る前の、気弱で不良たちに、いじめられていた面影は、欠片すら見当たらない。
「どう動きますか、小日向軍曹」
これまでの傾向から、すでに聞かなくても彼の選択は決まっているように思えた。
一番有利な戦況である第三部隊に合流し、第五部隊と第六部隊を見捨てて、敵の本拠地に向かうだろう。
多くの屍を超えてこれまでやってきたのだ。
「安藤 三等兵、音峰三等兵、暁弥生一等兵は、第五部隊の救援に
向かえ」
一瞬、耳を疑った。
かなり遅れてなんとか「サー、イエッサー」と返事する。
「自分と真壁二等兵、本元二等兵は、第六部隊の救援に向かう。それぞれ敵を撃破後、本拠地の城で合流するっ!」
「サ、サー、イエッサーっ!」
いままでの小日向くんとは明らかに違う。
そうだ。いつもの小日向くんなら、大山くんが第三部隊の救援に向かうのも許さなかった。
「……ここまで来たんだ。……少しでも多く生き残って、うちに帰ろう」
それは、スキルによる、いつもの命令じゃない。
だけど、小さな小さな声でつぶやいた彼の言葉は、いままでのどんな命令よりも、深く心に突き刺さる。
クラスの司令塔となり、常に残酷な命令を下してきた小日向くん。
昔の彼は、もういなくなったと思っていた。
だが、そこにいたのは、昔から変わらない、気弱で背の低い、心優しいクラスメイトだった。
「サーっ! イエッサー!!」
小日向くんの独り言に、大声で返事をした。
全部終わらして、みんなでうちに帰る。
目の前に、いつもの教室が広がっていた。




