93話 緑川 進
「緑川隊長っ! どうしますかっ!?」
副隊長の蘇我 郁子さんが僕に選択を迫ってきた。
やめてくれ、と叫びたいのをなんとか堪える。
これまでの人生で自分がリーダー的ポジションになることなど一度もなかった。
そんな僕が第六部隊の隊長に任命され、隊員の四人が全員女子になる。
自分がいつも書いている漫画みたいな展開だが、まったく嬉しくない。
あんなものは、空想上で楽しむもので、実際にはただただ苦痛でしかなかった。
「よ、様子を見よう。ぜ、全員、待機して」
弱々しい僕の言葉に、皆は力強く頷いてくれる。
また、やめてくれ、と思った。
こんな僕に信頼をよせないでくれ。
みんなの命をかかえるほど、僕の器は大きくない。
前方で第三部隊が、その右手で第五部隊がそれぞれ戦闘に入っている。
第三部隊は、漫画ではサンドワームとか呼ばれている巨大な芋虫たちと戦っていて、途中から第一部隊の大山 大吾くんが救援に駆けつけた。
第五部隊は、吸血鬼のような化物と戦い、苦戦している。
どちらの部隊も、すでに何人か犠牲者が出ているようだ。
敵の本拠地が近くなり、魔物の強さが段違いに上がっている。
僕の判断が悪ければ、部隊は簡単に全滅するだろう。
考えろ、考えろ。
こんな時、漫画の主人公ならどうしてる?
いや違う。
僕はどうみても主人公じゃない。
脇役だ。モブだ。ザコキャラだ。
そんな奴が生き残るにはどうしたらいい?
第三部隊か第五部隊を助けにいく?
いや、そうじゃない。
生き残って、敵の本拠地、城に辿り着くには……
「だ、第五部隊の左を抜けよう」
「わかりました、緑川隊長」
蘇我 郁子さん。
手嶋 遥さん。
九条 詩織さん。
山口 真由美さん。
四人がそれぞれ、スキルの準備をして戦闘に備える。
こんなところにくるまでは、女子とは挨拶ぐらいしか話したことがなかった。
いつも教室のすみで、一人の世界に入り込み、ずっと漫画を描いていた。
そんな僕が、今はみんなから信頼され、隊長と呼ばれている。
主人公なんかじゃなくていい。
生き残りたい。
いや、もし僕が死ぬことになっても、彼女たちだけは、生きて元の世界に帰ってほしい。
「な、なるだけ戦闘は回避してっ、逃げれるなら逃げて、敵の本拠地を目指してっ」
もし、本拠地の周りの敵がサンドワームと吸血鬼だけなら、僕らは無傷で辿り着くことができる。
そうすれば、最大戦力を持つ第一部隊も僕たちの後に続くはずだ。
主人公なら、第三部隊や第五部隊を見捨てないだろう。
でも、僕ができることは、全員を助けることじゃない。
せめて、一緒の部隊にいる彼女たちだけでも、助けることなんだ。
激しい戦闘を繰り広げる第五部隊の横を静かに慎重に、ゆっくりと進んでいく。
大丈夫だ。
もう敵はいない。
このまま、このまま、敵の城を制覇して、僕たちは家に帰るんだ。
砂漠にそびえ立つ城が目前に迫る。
辿り着いたっ。
いけるっ。彼女たちを無事に帰すことができるっ。
「緑川隊長っ! 前っ!」
郁子さんの声で、その姿にようやく気がつく。
少女だ。
城の目の前に、質素な布の服を着たおかっぱの少女が立っている。
敵には見えない。
敵に捕らえられてきた少女が逃げ出してきたのか?
「き、君、大丈夫?」
声をかけ、少女に手を伸ばそうとした瞬間だった。
ぶわっ、と少女の全身から茶色い毛があふれていく。
そして、小さかった口が、がぱぁ、と大きく開き、そこから鋭い牙が飛び出してくる。
「あ、あ、うぁ」
獣人。
少女は、一瞬で狼人間に変形した。
「ガァアアアアアアッ!!」
驚いて尻もちをついた僕の頭に、狼人間の牙が食い込んだ。