88話 カウントダウン30、そして29
ライン通知の音で目が覚める。
シャルロッテによって腹に穴を開けられたことを思い出す。
もう二度と目を覚ますことはないと思っていた。
しかし、どちらでも同じことだ。
どうせ、そう長くは生きられない……
「えっ!?」
声を出して飛び起きる。
誰かが運んでくれたのか。
木の幹にえぐられたような穴が開き、そこに寝かされていた。
「なんでだ?」
確かに俺はシャルロッテの大砲によって、腹をぶち抜かれていた。
なのに、腹を触ると服が破れているだけでキズ一つない。
誰かが回復してくれたのか?
いや、あの傷は確実に致命傷だった。
音峰さんの回復スキルぐらいじゃ治らない。
可能性があるとすれば……
寝かされていた木の後ろに回り込む。
悪い予感が当たってしまった。
そこに、腹に大きな穴を開けた河合さんが横たわっている。
「どうしてっ!」
傷変換のスキル。
河合さんは、俺の傷を自分に変換していた。
「どうして、こんなことをっ!!」
「……残念、見つかっちゃった」
俺が叫ぶと、河合さんはうっすらと目を開ける。
ま、まだ、生きているっ!
俺は慌てて、河合さんを抱き寄せる。
「河合さんっ! もう一度、スキルを使ってくれっ! 早くっ!! もう、もう時間がないっ!!」
今にも、死んでしまいそうな河合さんに、必死に呼びかけた。
だけど、河合さんは力なく首を振る。
「……ダメだよ。そんなことしたら泉くん、死んじゃうよ」
「いいんだっ! 俺はもう何もできないっ! 名波さんを救うことも出来なかったっ! 俺なんかより、河合さんがっ!!」
ぴと、と唇に河合さんの人差し指が当たった。
まるで、氷のように冷たい。
死がすぐそこまで近づいている。
「……違うよ、今じゃないよ。泉くんは、後から大活躍するんだよ」
意識が朦朧としているのか。
河合さんが何を言ってるかわからない。
「へ、へへ、盗み聞きしちゃった。時任さんの予知の話」
息もまともにできないのに、河合さんは、俺に向かって必死に笑いかける。
「いやだ、やめてくれっ、死なないでくれっ、俺は何もできないんだっ、頼むから、頼むからもう一度、スキルを使ってくれっ!!」
もう聞こえていないのか。
河合さんは、目を閉じて、それでも口元から笑みを絶やさない。
「……楽しかったよ、泉くん。わたし、第八部隊でよかった」
「ああ、ああ、俺もみんなと一緒で楽しかったっ! だから、だからっ! 死なないで、お願いだからっ!!」
痛がりで怖がりの彼女が、俺のために、最後まで笑っている。
「……わたしの分まで頑張ってね」
それが彼女の最後の言葉だった。
静かに、眠るように、河合さんの命は消えていった。
ぽつん、と小さな雫が顔に当たる。
その後、大粒の雨が叩きつけるように降り出す。
俺はその中で、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。




