87話 矢沢 栄光 その2
体温は徐々に下がっている。
息も絶え絶えで、ほとんど動かない。
ぶっさんから、託された泉は、もうすぐ死ぬ。
コイツがシャルロッテを一人で食い止めようとしたために、野田が犠牲になり、ぶっさんまで命がけで、ゾンビたちを食い止めている。
「くそうっ」
妙な正義感をかざすコイツがいつも気に食わなかった。
大山を庇い、俺たちと何度も喧嘩する。
弱いくせに一歩も引かない泉を、偽善者と罵った。
そして、泉はこんな世界に来ても、変わらない。
なんのスキルもなく、クラスで一番弱いくせに、自分を犠牲にして戦おうとする。
「くそったれがっ」
背中に感じる重さ以上に、泉を重く感じる。
すぐにでも、放り出して一人で駆け出したい。
それでも、何故か放り出せない。
こんな死にかけの泉が、この世界から俺たちを救ってくれる。
そんな馬鹿な妄想を抱いてしまう。
「焔っ」
走っている途中で、倒れている如月 焔を発見する。
炎のスキルを使いすぎて、動くことができないようだ。
「……矢沢、見なかったことにしろ、ここももうすぐ火が回る」
最初から、力尽きるまでスキルを使うつもりだったのか。
どいつも、こいつも、偽善者ばかりで嫌になる。
泉を抱えたまま、如月 焔は運べない。
二人を助けることは不可能だ。
「悪いな、泉、ここまでだ」
どちらを選ぶかなんて決まっている。
泉が生き残る確率などゼロに近い。
もし、生き残ったとしても、そのために新たな犠牲者を出すわけにもいかない。
そんなことは泉も望んでいないだろう。
光の矢を放ち、木の幹に大きな穴を開ける。
そこに泉をそっ、とおく。
「……また、お前と喧嘩したかったよ」
泉は、答えない。
腹に空いた穴からは止め処なく血が流れ、命の終わりが近いことを知らせている。
「じゃあな」
泉に背を向けて、如月 焔を背負う。
「よ、よせ、私はいい、泉をっ」
「黙れ、泉でも、きっと同じことをしたっ」
それ以上、如月 焔は何も言ってこなかった。
しばらくすると、気を失ったのか、だらん、と脱力した感触が伝わってくる。
一度だけ後を振り返ると、炎はさらに勢いを増し、森全体を焼き尽くそうとしていた。
巨大なドラゴンゾンビが焼けただれ、崩れていくのが見える。
ぶっさんが足止めしてくれたのか。
その位置は、俺と別れた時から変わってなかった。
ゾンビになった仲間たちも、みんな燃えたのだろうか。
加藤、佐藤、鈴木、いつも一緒にいた仲間たちを思い出す。
俺たちは、不良ではみ出しものだった。
クラスのみんなにも嫌われていた。
それでも、仲間といると、なんの不安もなく、いつでも笑って生きていけたんだ。
「お前らの仇は、絶対にとってやるからな」
もう後は振り返らない。
そのまま真っ直ぐ走っていき、砂漠の入口まで駆け抜ける。
「あらあらあらあら」
そこに、信じられないものを見る。
野田と共に炎に飛び込んだはずのシャルロッテが、森の出口で待っていた。
その足元には、焼け焦げた野田の死体が転がっている。
「感動の再会、といったところかしら」
出会った時に、シャルロッテをスキルで撃ち抜こうとした。
『当てても大丈夫ですよ。この身体はダミーで遠隔操作をしています。ただ、中に爆弾が入ってますので、気をつけたほうがいいと思います』
そう言われて、撃たなかったことをずっと後悔していた。
「シャルロッテっ!!」
今度は迷わず、俺はシャルロッテに向けて、光の矢をぶっ放した。