ウミガメとダーツ
ウミガメとダーツをすることは楽しい。もとよりダーツが楽しいのだ。たとえ癇癪もちで賭けダーツに我を失うウミガメが相手だとしても、ダーツをすること自体はとても楽しい。
「今日はとことん付き合ってもらうからな」
そう言ってウミガメは左手首の腕時計をテーブルに置いた。とうとう財布の中身が尽きたのだ。ウミガメは賭けダーツに負け続け、所持金がなくなると今度は自分の私物を賭け始める。いつだってそうなのだ。これまで25年生きてきたけれど、ウミガメほどあきらめの悪い奴を僕はまだ知らない。
「もうやめにしないか」
僕はそう提案してみた。しかしウミガメはすでにスローイングラインに立ち慎重にフォームを確かめていた。こうなったらウミガメはパンツ一丁になるまで止まらない。内心やれやれと思いながら、僕も仕方なくコークをした。僕の先行で701が始まった。
そして一時間後、これはなんとなく分かっていたことだけど、ウミガメはついにパンツ一丁になった。考えてみれば当たり前のことなんだ。冷静さが求められるダーツでは一旦熱くなったが最後、ブルから嫌われる。勝てるはずがないんだ。
「もうやめにしないか」
僕はウミガメの金色の腕時計やら、穴の空いたくつしたやら、くすんだ甲羅やらを腕に抱えながら提案した。パンツ一丁のウミガメは手を組みながらぶるぶると体を震わせていた。とても寒そうだ。
「まだだ、まだまだ」
「でももう賭けるものなんて、何もないじゃないか」
僕がそう言うと、ウミガメは黄ばんだパンツから一枚の写真を取り出した。
「どうだ、かわいいだろう」
写真にはピースサインをした、一匹の若いウミガメが写っている。
「俺の彼女だ。勝ったら好きにしていいぜ」
………
そういうわけで今、僕の右腕にはウミガメの女が抱かれている。僕はウミガメと付き合う趣味はないのだけれど、賭けに勝ってしまったのだから仕方がない。好きにしていいと言われて、好きにしないのもなんだか悪い気がするし。
「私、あなたと出会うために生まれてきたのかもしれない」
ウミガメの女性は僕の胸に指をあてながら、うっとりとささやいた。
「それはどうも」
と僕は言った。なんだか面倒臭いことになりそうだ。
ウミガメとダーツをすることは楽しい。賭けダーツじゃなければもっと楽しいのになあ。