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箱壊しの玄武  作者: ゆまち春
二章 妥協者の望み
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コーヒーカップも無重力


「さてさて。乗る前に提案があるんだけどいいかな」


 アトクラションに並ぶ長蛇の尻尾を逆流して、待ちくたびれてやっと喉元まで順番がやってきた時に、数葉が俺たちを見据えた。


「このアトラクションはコーヒーカップだ。四人ともが同じカップに座ることはできるだろう」


 何をもったいぶっているのか、楽しそうに指を回す仕草。

 かなり上機嫌らしい。


「その席順だけど……木野ちゃんは、甲希の対面と横のどっちがいいかな?」


 突然に話を振られた琴依ちゃんは体を太刀魚のように跳ねさせた。


「わ、私は……赤寝先輩から決めてください!」


 爆弾のように回される席順。


 これは遠まわしに俺に乗るなってことなのかな。


「……そうだね。みんな嫌なら、私が隣に座るよ」


 文句も言わずに俺の横を選ぶ赤寝さん。


 そもそも、コーヒーカップなんでずっとぐるぐるしてるんだから隣とか前とか関係ないだろうに。


 いや、待てよ。


 隣だと遠心力で吹っ飛ばされてきた赤寝さんが偶然俺の体に倒れこんでくるんじゃないか。


 合法的に赤寝さんに触れることができる! 

 数葉め、わかってやったな。


 数葉にウインクを飛ばす。褒めてつかわそう。


 ウインクを返してきた数葉が、そのまま赤寝さんに促す。

「皆が嫌がってるのは甲希の対面なんだ。ゾンビのように悪い顔色を見たくないからね。もし引き受けてくれるならそっちに移動してくれないか」


「な、数葉!」


 裏切りやがった! 赤寝さんは首を傾げたが、どうでもいいのだろう、すぐに頷いた。


「じゃあ両横は私と木野さんだ。まあ、コーヒーカップはこれでいいだろう。

 アトラクション毎に席順は変えたほうが面白みがあるだろうから、その都度決めようか」


 そう言って、俺が文句を言う前に数葉は開いたゲートを通った。


 一直線に向かった奥にあるカップにどかどか入り込む。予め決めておいたのかもしれない。

 モザイクや斑の模様ではなく、黒と水色のストライプ柄のカップだった。


 追った俺たちを満足げな顔で待つ数葉。


 不思議だったが、俺は理由を聞かずに数葉の隣に座る。

 けれど、赤寝さんは首を突っ込んだ。


「このカップ、思い出のカップだったりするの?」


「いいや。今日の私のラッキーカラー」


『間もなく開始いたします。手をドアの外側に出さずにお楽しみください。並びに、コントロールキーは決してお手元から離されないよう・・・・・・』


 馬が出馬するときのようなファンファーレがテント状の屋根に反響する。ドアが固定される。


 隣の琴依ちゃんがお尻だけでじりじり寄ってくる。

 どうしようか迷い、気付かないふりをする。


 前に座る赤寝さんが膝の上でリズムを取っていた。

 おもむろに、手を上にあげたり下にさげたり。楽しんでくれているといいな。


「琴依ちゃん、回す?」


 真ん中のコントロールキーを回せば、回した分だけこのカップも回転する。


「! いえいえ。私は非力ですから、先輩どうぞ」


「無重力設定だから力は要らないけど。じゃあ赤寝さん、一緒に回しま――」


「数葉先輩、一緒に、回しましょう!」


 身を乗り出した琴依ちゃんに俺の言葉は持っていかれた。


 まあ、誰かがやってくれるならいいか。

 こういうのって見ているほうが楽しいし。


 数葉もそのくちらしく、


「えー……。自動に任せようじゃないか。回したい人が回せばいいよ」


 真ん中のキーを数葉が弄る。

 カップの中心を浮いているからUFOとか呼ばれてる。


 長いビープ音が、開始を告げた。


 コーヒーカップがゆっくりと回転を始める。


 初速をのろいと感じたけど、一向にスピードは上がらない。周りの絶叫するカップたちの半分の速さもないだろう。

 数葉が弱めに設定したのだ。俺たちだけがゆるく回転している。


「これじゃあ俺の部屋のイスでまわってるのと同じぐらいだろ」


「いいじゃないか。ぐーるぐーる。ほら、二拍で一回点。そういえば、甲希の部屋の椅子はそろそろリペアが必要だよ」


「だとしてもなんで家具の耐久具合まで知ってるんだよ。入り(びた)り過ぎだ」


「一年生の同じ頃に買っただろ。私の方は一昨日壊れたよ」


「……数葉先輩って、こうき先輩の家に行ったことあるんですね……」


「いやー、このコーヒーカップはちょっと遅すぎるんじゃないかなー」


 地雷を踏み抜いたか確認するのも恐ろしく話を逸らそうとする。


 真ん中にあるはずのコントロールキーを見ると、そこには何もなかった。


 どこかに吹っ飛んだのか? それはありえない。


 そんなことしたら、今頃俺たちは遠心力でミンチになっている。


「ねえ、遅いんだよね? 冬森くん」


 声のした方を見やる。


 俺の対面には、ジーンズなのに内股をしている赤寝さんが円盤を持っていた。

 全面に嬉々とした顔を押し出しながら。


「遅いって、冬森くん言ったよね?」


 返答は期待されていない。

 いや、一つに絞られたその言葉をただ言えとせがまれている。


「……言いました」


「うん。わかった」


 子どもみたいな声。

 影の薄まったハスキーボイスじゃなくて、親の手伝いをする心優しい少女みたいな声。


 善悪よりも楽しさを追求する子どもの声。


「えいっ!」


 円盤が、フリスビーとなってどこかに投げられる。


「あはははははは!」


 ルチアの警告も間に合わず、カップは台風の日の風見鶏より早くまわってまわってまわって――緊急停止した。





 精神的負傷者三名はピザ屋のテーブル席に座り、天板に涎を垂らしていたりコの字の椅子でぐったりしていた。


 艶とした顔でピザを食べるのは無垢な笑い声を出していた赤寝さん。


「……助け、必要?」


 テーブルに頬杖をついて前のめりに体を曲げている。

 行儀が悪いけれど、それすら様になっていた。


 そういえば地獄が見えるほど回転してたときに気付いたけれど、赤寝さんはネクタイをしていなかった。


 ネックレスのアクセサリーの部分がネクタイになっているのだ。


 着ているのがワイシャツだからついつい結ばれたネクタイだと錯覚していた。

 ネクタイが結べない人にはいいネックレスだと思った。


 現実逃避に苦笑い。

 気にしないで、と強がろうと赤寝さんを見ると、俺なんか視界にも入れないでピザを食べるのにご執心でした。

 なけなしの自尊心が崩れる。


「赤寝さん! 膝枕をしてください!」


 どこかでテーブルが鈍い音を立てた。


 が、俺は赤寝さんに一矢報いるのに必死だ。


 文字通り、必死だ。


 ピザを唇でキープさせたまま硬直した赤寝さんは、それを噛み切り、体を斜めにする。


「……どうぞ」


 天板に頭がぶつかる。鈍い音が脳に響いた。


「いえ、気にしないでください。出来心です。そうだルシフェルがあのコーヒーカップから半身を出して俺を食べようと睨みつけて――」


 現実逃避。もとい、夢想中。


 俺と入れ替わりで立ち直った数葉の、枯れた声が聞こえる。


「……赤寝は、コーヒーカップが好きなのかな?」


「遊園地は、結構好き」


「そうか。なら楽しまないとな。そのピザを食べ終えたら次に行こうか。他に好きなアトラクションはあるかい。溶岩の中を思い切り走るデスランかい? 乗り物がないジェットコースターかい? 宇宙から落下するダイブかい?」


「私、真空空間を運転するゴーカートが好き」


「……数葉先輩、もう少し、休みましょう、お願いです」


 しばらく、ピザ屋の席には(こけ)むした三人が居た。





 太陽もどきは定刻で山の(ふもと)に帰っていった。


 遊園地で遊ぶ高校生も同じく帰る時間だろう。


 一人だけ、子供心が病気みたいに再発していた人もいるけど……。


 高校生が夜遅くまで遊ぶのはよくない。


 条例なんて適用されないし、なんだったら閉館時間まで遊んでいても補導されないけれど、よくない。

 主に精神に。


「……楽しかった」


 しみじみと、しかも名残惜しそうに、なんでか俺を見ながらうっとり呟く赤寝さん。


 赤寝さんが喜ぶためなら、俺は自分を殺すことだって出来る気がした。


「ま、まだ時間はあるからもう一周――」


「ざんねんだな~! もう閉館まで(わず)か。これからはカップルなんかの大人のための時間だ。

 ハーレム所帯は帰る時間だ。私ももっとアトラクションに乗りたかったけど、こればっかりは仕方ない。彼ら彼女らのムードを壊すのは申し訳ない」


「そうです数葉先輩の言うとおりですよ赤寝先輩! マントルチキンレースだけは、もう、ぐすっ……」


 瞳からドロップみたいな大粒の涙を漫画のように流す琴依ちゃんを、数葉が保母さんみたいに中腰で宥める。


 操作系のアトラクションを制覇、運が悪ければ数回乗ろうとする共通の敵を食べ物やパレードで邪魔する内に、二人の間には何かが芽生えていた。


 数葉はそれを友達と呼ばないだろう。でもそれは個々人の自由だ。


 琴依ちゃんもきっとそうは思っていない。


 でも、その理由はわからない。


 大勢の友達と喧嘩別れしたと聞いた。

 今日のデートで、俺は「付き纏わないで」もしくは「近寄らないで色情魔」みたいなことを言われて、琴依ちゃんは俺から去っていくのだと予想していた。


「もう暗闇の中で深海圧で閉じ込められるのは、もう温度計が壊れるまで核に近づくのは!」


「琴依ちゃん安心するんだ。ここは地上だ。もうトライデントを持った人魚もリヴァイアサンも巨大ワカメも襲ってこないんだ」


「うぅ……数葉先輩……」数葉に涙を拭かれる琴依ちゃん。


 結果はどうだろうか。


 新しい交友関係を広げていた。


 友達と別れるのが命令じゃなかったのか? 

 本当は、嫌いになったからお別れしたのか?

 

 わからないことだらけだ。


 でも、やっぱし――琴依ちゃんの笑顔を見る――楽しんでいるならそれでいいと思った。


 彼女が選んだ選択肢を俺が外野からとやかく口出ししても仕方がない。


 琴依ちゃんが件の友達と仲直りを望んだときに頭を下げなくちゃいけないのは琴依ちゃん自信だし、仲直りを望んでいないなら詮索したことを露呈させてまで聞くことはない。


 だから俺は琴依ちゃんの心情を聞かなかったと同時に、勘ぐることもやめた。



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