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第五章 怪しげな森

 一体どれ程の距離を進んだのだろうか。

 一体どれ程の時間が経過したのだろうか。

 俺達はトロッコ終着駅にあった隠し扉を開けて、更に洞窟の奥へと足を踏み入れた。

 そこは、洞窟にいるとは思えない幻想的な空間。

 岩でゴツゴツしていた今までの通路とはうって変わり、地面には草や花が咲き乱れていて草原のようだ。

 至る所には青々とした葉を山の様につけている巨大な樹木がある。

「わぁ、何か落ち着く所だニャン」

 シャインが地面の草花の匂いを嗅ぎながら言った。こいつらまだまだ子供なんだなぁ。

 クロノは少し離れた所で金色の虫を追い掛けている。まるでおもちゃにじゃれている子猫のようだ。

 俺達がこの部屋に入ってきてから少しして、別ルートを通っていたジェット達が追いついた。

「茶が美味いですなぁ」

 どこから取り出したのか、ピクニックシートを草原に広げてジェットがお茶を飲んでいる。隣には秋留も座って一緒にお茶とお菓子を食べていた。

「ここが目的地かな?」

 秋留が辺りを見渡しながら呟いた。確かに少し離れた所に小さな滝と川が見える。その川の水はここいらの草木に力を与えているようだ。

 遠くから額に怒りマークを掲げたカリューが、全身ずぶ濡れになって歩いてきているのが見える。獣人の姿のままのところを見ると、滝から流れる水は何の効果も発していないようだ。

「あの魔法医! だましやがったな!」

 カリューは身体をブルブルと震わせ、身体中の毛が吸い取ってしまった水を払っている。いよいよ獣人街道まっしぐらといった具合だ。

「ゆっくりしている場合じゃないよな。これからどうする?」

 俺はビスケットを口に頬張っている秋留に問い掛けた。

「この部屋では絶対、何か起きると思うんだけど。ブレイブはどう思う?」

「そうだな……」

 俺はそう言うと秋留の隣に腰掛け、小さい声で続けた。

「絶対に追跡者はいるはずなんだ。何か仕掛けてくるに違いない」

 風に揺れて辺りの木々が揺れた。

「ブレイブ!」

 秋留が杖を構えて立ち上がった。

 俺も気づいてネカーとネマーを構えて立ち上がる。

 その俺達の動作を見て気づいたのか、ジェットと三匹の獣人も戦闘体勢を取った。

「洞窟の中に木々の葉が揺れる程の風は吹かないぞ」

 俺は全員に注意を促す。

 その時、俺達の近くにあった木が大きく揺れて木の根っこが地面に飛び出した。

「な、何事ニャ?」

 動き出した木に一番近かったクロノが後ずさる。

 目の前の木の太い幹に一本横に切り込みが入っていく。

「こ、こいつはまさか……」

 ジェットは身体をブルブルと震わせながらマジックレイピアを構えて言った。

 今や、一本の切り込みは一つの大きな口へと変化していた。

「マウスラフレシア!」

 秋留が叫ぶ。

 ジェットと銀星を亡き者へと変えた邪悪なモンスター。

 この部屋中にある木々全てが、そのマウスラフレシアという事か!

「来るぞ!」

 カリューの叫びと共に部屋中のマウスラフレシアが一斉に雄叫びを上げた。


『フオオオオオオ!』


 野生的な咆哮にクロノ、シャイン、それにカリューまでもが怖気づいた。

 目の前のマウスラフレシアの太い枝がクロノに向かって振り下ろされる。

 俺はネカーをぶっ放し、その枝を粉砕した。

「ビビッてんな! 次々襲ってくるぞ!」

 震えている三人の獣人に向かって怒鳴りつける。

 俺の隣にいたジェットが、鬼の様な形相でマウスラフレシアにマジックレイピアを突き立てた。小さな爆音と共に一体のマウスラフレシアが木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 ジェットの持つマジックレイピアは魔力を込める事により、威力がアップするという珍しい武器だ。

「な、なんじゃと!」

 ジェットが小さく呻く。

 今、爆破したばかりのマウスラフレシアの根っこから小さな芽が出て、あっという間に周りの木と同じ大きさの樹木に成長した。

 その成長したばかりの樹木の枝がジェットの身体を吹き飛ばす。

「火炎の王を守りしサラマンダーよ……」

 続いて秋留が呪文を唱え始めた。その秋留に向かって別のマウスラフレシアが根っこを器用に動かし歩を進める。

「ウニャー!」

 クロノがマウスラフレシアの大きな口の上方に向かってドロップキックをお見舞いした。

 それに合わせて、シャインがマウスラフレシアの貧弱な根っこの足を払う。

 ドオン、という大きな音を立ててマウスラフレシアが倒れた。

「炎の槍となり我が意に従え……フレイムスピア!」

 秋留が残りの呪文を詠唱し終わり、手近のマウスラフレシアに向かって炎の槍を突き立てる。

「フオオ……」

 目の前でマウスラフレシアが燃え尽きた。

「やったかな?」

 秋留がメラメラと燃え尽き様としているマウスラフレシアから少し距離をとった。

 しかし、燃え尽きた根っこから再びマウスラフレシアが急成長して秋留を襲った。

「ウオオン!」

 秋留を襲おうとしたマウスラフレシアの枝をカリューが鋭い爪で弾き飛ばす。

 こ、ここいら一帯のマウスラフレシアは何なんだ?

 そもそもマウスラフレシアにこんなに急激な再生能力があるとは聞いていない。実際、俺達が以前倒した事のあるマウスラフレシアには、こんな再生能力は無かった。

「品種改良でもしたのかな?」

 四方八方から襲ってくるマウスラフレシアの攻撃を、何とか避けたりブラドーが防御しながら秋留はかわしていく。

「とりあえず、三十三体ってところかな?」

 俺はワラワラと動き出しているマウスラフレシアの数を数えた。まず何よりも先に、こいつらの弱点を見つけなくてはならない。

「け、剣ないのか?」

 カリューが慣れない爪で必死にマウスラフレシア達の攻撃を捌きながら叫ぶ。

「これしかないぞ!」

 俺は腰に装備していた黒い短剣を抜き出し、カリューに放り投げた。

「おう! ないよりマシだ!」

 カリューは俺から受け取った黒い短剣を右手に握り締めると、近くのマウスラフレシアを刻んでいった。

 剣を持っているとあんなに動きが変わるんだなぁ。

「うおっ!」

 俺の目の前をマウスラフレシアの枝がかすめる。よそ見をしている場合じゃなかった。

 俺はネカーとネマーでマウスラフレシアの枝を打ち砕いたが、すぐ後から同じような枝が再生している。

「この洞窟と一緒でこいつらキリがないニャン!」

 シャインがクロノとの素晴らしい連携攻撃の合間に叫んだ。確かに何とかしないと、いつかはこちらの体力が尽きて負けてしまう。約一名、底なしの体力の奴がいるが。

「ウィンドボム!」

 後方では秋留がマウスラフレシアに向かって呪文を唱えている。

「きゃああ!」

 どうやら、またしても魔法は効果が無かったようだ。先程から秋留は色々な呪文をマウスラフレシアに向かって唱えているが、どれも効果は得られないようだ。

「ちょっと観察〜」

 俺はネカーとネマーで進路を切り開いて、マウスラフレシアのいない空き地まで走り抜けた。

 その途中にいたクロノの腰にぶら下がっていた金袋をついでに拝借する。

「ん〜」

 俺は振り返り、仲間達の戦いを観察する。相変わらずジェットは怒りに任せてマジックレイピアに魔力を込めての攻撃を繰り返している。あんな戦い方じゃあ、いつか魔法力が尽きてしまうに違いない。

「ん!」

 俺は一つ、思い出した。

 俺達のパーティーには攻撃魔法が得意な秋留の他に、聖なる魔法である神聖魔法を唱えられる仲間がいる!

「ジェット! 少し落ち着いて、神聖魔法を適当に試してみてくれ!」

 俺の叫び声が何とか耳に入ったのか、ジェットはマジックレイピアを鞘に収めて魔法を詠唱し始めた。

「小鳥の囀り、川のせせらぎ……」

 ジェットが渋い落ち着いた声で呪文を唱え始める。その隙を突いて後方からマウスラフレシアが攻撃を仕掛ける。それを俺は硬貨を詰めなおしたネカーとネマーで打ち砕いた。

「大地の恵み、この自然に溢れるガイアの力よ……」

 更にジェットは呪文の詠唱を続ける。それを援護する俺。

 神聖魔法は秋留が使っている攻撃系を主体としたラーズ魔法とは違い、詠唱中にあまり避けたり攻撃したりする動作は出来ない。

「この者の呪いを解きたまえ……」

 ジェットの両手が淡く輝き始める。と同時にジェットの身体から白い湯気が立ち上った。

 死人であるジェットは、その身体で神聖魔法を唱えようとすると自分自身にも影響を受けてしまう。だから滅多に神聖魔法は唱えない。今回は特別だ。

「浄化の光!」

 ジェットが詠唱を終え魔法を発動させる。浄化の光は呪いを解く呪文だ。ジェットも呪われていると間違われて危うく死人としての人生を終えそうになった事がある。

 魔法の淡い光が対象のマウスラフレシアを包み込んだ。

 しかし何の効果も無かったらしく、光の中から飛び出した長い枝がジェットの身体を弾き飛ばした。

「ぐふぅ」

 ジェットが肩膝を地面につける。追い討ちを掛ける様にマウスラフレシアの身体から伸びた数本の枝とツルがジェットを襲う。俺はマウスラフレシアの全てのツルと枝を打ち落とした。

「大丈夫か?」

「大丈夫ですじゃ。神聖魔法が少し身体に痛かっただけですじゃ」

 ジェットが大きく息を吸って立ち上がり、周りの敵をレイピアで軽く薙ぎ払ってから再び別の神聖魔法を詠唱し始めた。

「ガイアに存在する事を許されぬ者達に……」

 死人の存在はガイアに許されるのか疑問に持ちながら、俺はジェットの援護を続ける。

「大いなるガイアの光によりその存在を打ち消したまえ……破邪の風!」

 ジェットの目の前のマウスラフレシアが強くて赤い風塵に包まれた。と同時にその場から吹っ飛ぶジェット。

「ぬああああ」

 空中を舞うジェットの叫び声が聞こえる。その身体からは白い湯気と共に灰が舞っていた。

「ああ! ジェット! 死人の癖して、そんな魔法使っちゃ駄目だよ」

 宙を舞うジェットの方に駆け寄りながら秋留が言う。

 地面に落ちてきたジェットにすかさず秋留がブツブツと呪文を詠唱し始める。

 秋留が何の魔法を唱えようとしているのか聞き取れないが、辺りの空気が少し禍々しくなった事を考えるとネクロマンシーだろうか。俺はネクロマンシーの様な魔法は怖くて嫌いだ。

「もう大丈夫ですじゃ、助かりました」

 ジェットがレイピアを杖代わりにして立ち上がる。杖をついているジェットの姿はどことなく様になっている。

「ブレイブもあんまりジェットに無理させないでよね!」

 怒った秋留はそのまま軽い身のこなしとブラドーの攻撃の合間に色々と魔法を唱え始めた。

 隣にジェットが歩いてくる。

 俺は相変わらず少し離れた所から仲間達、主に秋留の援護を続けていた。

「何か分かりましたかな?」

「駄目だな〜。色々見ているんだけどイマイチ分からない」

 ジェットは俺の意見を聞くと、こちらに向かって進んでくるマウスラフレシア目掛けて再び神聖魔法を唱え始めた。

「我が神、ガイアよ、この者に癒しの力を……」

 冒険者なら誰でも知っている様なポピュラーな魔法を唱え始める。神聖魔法でも初級の初級、体力を回復させる魔法だ。

癒合ゆごうの雫!」

 ジェットの突き出した両手からシャワーの様な光がマウスラフレシアを包み込む。

 やはり何事も無かったかの様に目の前のマウスラフレシアがジェットに攻撃を仕掛けてくる。

 しかしその時、丁度俺がいる場所とは正反対の壁際の所でワラワラと動いているマウスラフレシアのうちの一匹が光った。今の光は癒合の雫の効果?

「ぬおう!」

 俺が余所見をしているところに襲ってきたマウスラフレシアの枝を、ジェットが気合と共に切り落としていた。

 俺はジェットに礼を言うと、ネカーとネマーを構えて再び戦禍へと飛び込んだ。

 目指すは癒合の雫の後に光ったマウスラフレシア。

 しかし、目指すマウスラフレシアに近づこうとすると、一層敵からの攻撃が厳しくなる。俺は諦めて再び戦禍の中心から逃れた。

 周りを見渡すと相変わらずカリュー、クロノとシャインのペアが全速力で戦っているが、どちらもかなりの傷を負ってきている様だ。ジェットはともかく、秋留まで小さな傷を負いはじめている。

 俺は再びジェットの隣に舞い戻り、小さく耳打ちする。

「また観察するから、暫く援護してくれ」

「了解ですじゃ」

 俺はジェットに援護は任せて辺りに集中し始めた。

 遠くのマウスラフレシアが癒合の雫の効果を受ける……。これはどういう事なのだろう。

 それにあの奥のマウスラフレシア……。あまり俺達を襲ってくるような気配を見せない。逆に回りのマウスラフレシア達が壁際の奴の事を守っている様にも見える。

 あいつが怪しいのは確かなのだが、それだけではこの洞窟を抜け出せる事は出来ない。

 何とかしてこの洞窟の主を引っ張り出さなくては……。

 集中するために瞑っていた眼を再び開ける。目の前ではジェットが怒涛の様にマウスラフレシアを切り刻んでいる。それ程の恨みがマウスラフレシアにはあるという事か。

「うにゃああああ!」

 クロノの叫び声が響き渡った。どうやらマウスラフレシアの強烈な一撃を食らった様だ。クロノは左脇を抑えて呻いている。

「さっきから変な虫が飛んでて気が散るニャ」

 虫?

 そういえば、いつからか金色の虫と戯れているクロノの姿を目撃していたな。

 俺はクロノが気にしている金色の虫を探すために眼に力を入れた。

 部屋をグルリと見渡すと丁度、秋留の後方に金色の虫が飛んでいるのが見えた。盗賊としての俺の眼に見えない物はない!

 暫く虫の動きを追っていると、パーティーのメンバーの傍を暫く浮遊してから次のメンバーの傍へと浮遊している。

 俺はあまり金色の虫を凝視しないように無視しつつ仲間達の援護をする。

 今、金色の虫は俺の横を浮遊している。

 ネカーとネマーをマウスラフレシアに乱射しながら、視界を通り過ぎる金色の虫に集中する。

 カメラ?

 俺は動揺しない様にネカーとネマーでマウスラフレシアを攻撃し続けた。

 金色の虫の頭はカメラの様な形をしていた。

 魔族討伐組合では依頼を達成した事を証明するために、インスペクターという頭にカメラがついた妖精を貸してくれる。今の虫はまるでインスペクターの小型版の様だった。

 金色の虫は俺達を監視しているのか?

 なぜ?

 それは、あの虫で俺達の洞窟の進み具合を監視して罠を作動させていたからだろう。

 誰が?

 マウスラフレシアが最終目的なら、洞窟の主の目的は高価な魔楽果……。

「な〜るほど」

 俺はネカーとネマーを乱射しながら一人呟いた。

「何か分かったんですかな?」

 肩で息をしながらジェットが小声で聞いたきた。全身がマウスラフレシアから浴びた茶色い返り血で染まっている。

 俺は背中に背負っているバックから小さな玉を三個取り出した。

「これをまた使ってみるか……」

 バックの底の方にあった小型の黒い物体も同時に取り出す。

 準備を終えた俺はネカーとネマーを構えながら再三のチャレンジとなる戦渦へと飛び込んだ。

 俺の意図を察したかの様に辺りのマウスラフレシアが一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 俺はネカーとネマーを構えて片手に持った小さな三個の玉を地面に投げつけた。

 地面に叩きつけられた玉が破裂して、辺り一面が真っ白い煙に包まれる。

「こらあああ! ブレイブ! お前はいつも何かやる前に一言俺達に言ええええ!」

 カリューが煙に覆われた中から大声を出す。

 辺りの視界はゼロの筈なのに、マウスラフレシアの混乱した攻撃をかわして、俺が渡した短剣で切り刻んでいるのは野生の勘が成せる技か。

「こっちに来て」

 俺は真っ白い煙で覆われた中で秋留の手をしっかりと掴んで、煙の外へと連れ出す。

「ちょっと、ムググ〜」

 秋留が叫び出すのを口を押さえて止める。

「聞いてくれ」

 小声で話す俺の意図を察したのか秋留が黙って頷く。カリューだったらこうはいかないだろうな。

「つかぬ事を聞くようだけど、インスペクターの映像に幻を見せる事は可能?」

「インスペクターにはそういう詐欺が出来ないようにガードがかかっているの」

 な、何てこった! 俺の作戦は実行前から失敗か?

 俺の作戦を見抜いたのか、秋留がニヤリと笑いながら言う。

「でも小さな虫とかにはそんなガードかけれないはずだけど」

 さすが秋留。元盗賊という事を差し引いても素晴らしい洞察力と理解力を持っている。

「幻想術以外には何も出来なくなるけど、大丈夫?」

「俺がしっかりフォローするから安心しろ!」

 俺が男らしくガッツポーズで答える。

 秋留も魔法の連発で疲れているはずなのに、笑顔で頷いてくれた。

 暫くすると秋留が小声で何か言い始めた。

 普通の攻撃魔法と違い、幻想術やネクロマンシーは呪文の詠唱の内容を聞き取る事は出来ない。

 今まで白い煙の中で右往左往していた金色の虫が急に落ち着いて、その場をクルクルと回り始めた。さては秋留の幻想術に掛かったに違いない。

「さてと」

 俺は右手にネカー、左手にカバンの奥から取り出した真っ黒の丸い物体を掴んで壁際に向かって走り出した。途中でマウスラフレシアの攻撃を右足に食らって倒れそうになるのを堪えて猛ダッシュする。

「チェックメイトだ」

 俺は格好良く決め台詞を言うと、目的のマウスラフレシアの身体に上って大きな口の中に小型の爆弾を放りこんだ。木っ端微塵に吹き飛べ!

「フオオオオ」

 自分の危機を察したのか、爆弾を飲み込んだマウスラフレシアのツルが俺の左脚を掴んだ。

「お前と心中なんて、まっぴらゴメンだな」

 俺はネカーで左脚に巻きついたツルを打ち落とす。と同時に空中に向かって大きく飛ぶ。

 強大な爆発力で部屋の空気が振動した。爆風により俺が起こした白い煙が晴れる。俺は爆風で宙を舞いながら、眼を細めて吹き飛んだマウスラフレシアの方を見た。

 爆発の中心に真っ黒い果実が見える! しかもその果実の元に吹き飛んだ木片やツルが集まりつつあった。

 俺はネカーとネマーを構えてトリガを引いた。「カチン」と軽い音が両方の銃から聞こえる。玉切れだ!

 尚も宙を舞いながら辺りを見渡すと一番近くにカリューがいるのが見えた。カリューは小型爆弾により発生した爆風から既に立ち直っているようだ。

「カリュー! 爆風の中心の黒い果実!」

 大声で叫ぶ。

 黒い果実の周りには次々と散っていったはずの木片が集まっている。並みの再生力ではない。おそらく、この部屋全てのマウスラフレシアと黒い果実を持つマウスラフレシアはつながっていたのだろう。

 カリューは口に黒い短剣を加えて四本足で大地を蹴った。普段のカリューの素早さの二倍はありそうだ。

 ダッシュの途中でカリューは両手で短剣を構えた。

「ウオオオオオオン!」

 獣人と化したカリューの雄叫び。

 カリューが突き出した短剣は見事に黒い果実を貫いていた。

 今までクロノやシャイン、ジェットを襲っていたマウスラフレシアが一斉に枯れ落ちる。

「ニャン?」

 シャインは繰り出した蹴りが空しく宙を舞っているのに疑問を持っているようだ。

「ニャ?」

 クロノの左手の突きも風を切る。

「終わったんですかな?」

 マジックレイピアを構えてジェットが聞いてくる。

「いや、まだだ」

 俺は地面に落下した時に痛めた左肩を押さえつつ秋留に近づいていった。

「秋留、呪文中でも会話は出来るのかな?」

 秋留はブツブツと呪文を発しながら小さく頷いた。

「金色の虫に、俺達がマウスラフレシアに食われて魔楽果が生っている幻を見せられるか?」

 再び秋留は頷く。内容は分からないが、今までの呪文とは少し違う感じでブツブツと喋り始める。

 さて、この洞窟の主が出てくるまでどれ位の時間が掛かるだろうか。

 俺はその間に仲間達に対してマウスラフレシアと金色の虫についての説明を行った。

「へ〜、ブレイブ凄いニャ」

「同じ盗賊として見習わないといけないニャン」

 クロノとシャインが関心して言う。

 全員への説明を終えて俺は一人魔法を唱え続けている秋留の方を見る。あまり表情を顔に出さないが、魔法を唱え続けているせいで、相当疲れているに違いない。

 生憎、魔法力を回復させるようなアイテムは持っていないため、ただ見守る事しか出来ない。

 この洞窟の主には早々に登場してもらう必要がある。

「で、黒幕は誰なんだ?」

 脳みそも筋肉で出来ていそうなカリューが聞く。自分で考える気があるのだろうか。

 答えようとした時に、壁の向こうから何者かが近づいてくる気配を感じた。

「黒幕登場の様だぞ。カリュー、ついて来てくれ」

 俺は小声で秋留を含めて全員に言うと、気配を殺しつつ壁際に近づいた。壁に耳を当てると明らかに人の近づいてくる足音が聞こえる。

 壁際を調べながら歩くと、洞窟の中を流れる川岸の岩壁に扉らしきものを発見した。どうやら、壁の後ろの通路はここに繋がっているらしい。

 壁の向こうの阿呆は陽気にスキップしながら近づいてくる。お仕置きタイムが待っているとは知らずに。

 暫くすると目の前の岩壁が音を立てて開いた。岩壁の影で待ち構えていたカリューが出てきた五十歳位の男のみぞおちに拳を叩き込む。

「ぐっ!」

 腹を押さえてうずくまった男を手早くロープで縛り上げると、仲間の待つ場所まで引きずっていった。

「秋留、お疲れ」

 魔法を唱え続けていた秋留に声を掛ける。俺の声を聞いた秋留は「ふう〜」と大きく息を吐くと、今まで瞑っていた眼を開いて俺の引きずっている男を睨みつけた。

「どうしてくれようか……」

 秋留が魔法のロッドを頭上でグルグルと回す。

「やはり、魔法医のジジイでしたか」

 ジェットも男を睨みつけて言った。ジェットの死臭が漂って来たのか、魔法医のドルイドは顔をしかめる。

「ど、どうしてなのよ! 映像ではしっかりとやっつけられて、マウスラフレシアの木に生る一杯の魔楽果が……」

 そう言ってドルイドは辺りを見回す。

「い、いない! あたしのマウスラフレシアちゃん達が!」

 いい歳をしたドルイドが泣きそうな顔で言う。

「日当たりが悪かったから切り倒したニャン」

 シャインが初対面のドルイドを見下ろす。シャインの眼にも憎悪の炎が見える。

「アホな事言ってんじゃないわよ! このバカネコ!」

「シャッ」

 シャインの爪がドルイドの頬に五本の傷を作った。

 ドルイドは「あたしの美しい顔を」やら「見てらっしゃい」等と怒鳴っているが、どれも負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

「とりあえず、黙ってもらおっか」

 何事も忘れずに根に持つ秋留がドルイドの前に出た。

「な、何をするつもり!」

 身体をロープで縛られて身動きの取れないドルイドは、唾を飛ばして秋留を牽制している。こいつはガキか……。

 秋留は少し離れると真っ赤なマントが大きく揺れ、鋭い爪となってドルイドに襲い掛かった。

 声にならないドルイドの叫び。

「半分位いって良いよ」

 秋留が言うと、ブラドーはドルイドの身体に巻きついた。「ドクン、ドクン」と言う不気味な音が聞こえてくる。

 ちなみに人間は半分の血を抜かれて生きていけるのだろうか……と疑問に思いながら見守る。

 暫くすると、ブラドーは秋留の背中へと戻っていった。残されたドルイドは心なしか以前よりも痩せこけた様に見える。

「引きずるのも楽になったし、こいつが出てきた通路から地上に戻るか!」

 俺は大声で叫ぶとドルイドを引っ張って歩き出した。

『お〜〜〜!』

 仲間達はやっとこの洞窟から解放される喜びを表す様に元気に答えた。

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