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第三章 地下洞窟

 あの人口の通路から歩き始めて何回目だろうか。俺の後方で再び爆発音が聞こえた。

「あ〜クロノ! また罠を踏んだニャン!」

 シャインが自分の罪をクロノに着せる。煙の中からは身体のあちこちが欠けたジェットが出てきた。その欠けた部分はミミズが這い回る様に自然修復されていく。

「さっきから痛いですぞ!」

 いくら不死身のジェットでも、いい加減うんざりしてきた様だ。

 シャインとクロノはジェットの不死身っぷりが面白いらしくて、わざと罠を踏んでいる様だ。ゾンビと言えども痛みを感じているという事を、二人はまだ分かっていない。

「シャイン! クロノ! あんまりふざけてると魔法で吹っ飛ばすよ!」

 秋留が二匹の獣人を叱った。さっきからシャインとクロノは辺りを飛び跳ねているからだ。パーティーに加えた事を後悔しているのだろうか?

 しかし、どこか秋留も楽しそうだ。

 隣には「滝はまだか」と何回も聞いてくるカリューがいる。俺の耳には滝が流れる豪快な音などは全く聞こえてこない。

「お! 敵だニャ!」

 これも先程から何回か繰り返されてきた事だ。シャインとクロノはモンスターを見つけると、まるで遊んでいるかの様に戦闘を始める。

 弱気でのん気なクロノと強気でお嬢様気質のシャイン。まるで正反対の性格の二人がピッタリと合った呼吸で出現したモンスターを即行で倒していく。

「実際凄いもんだな」

 カリューが二人の戦闘を見ながら関心して呟いた。

「さっき聞いたんだが、シャインとクロノのレベルは七とか八らしい」

 カリューの今のレベルが四十二だから数値的に見ると到底敵うようなレベルの差ではない。カリューとの戦闘を考えると、なかなか良い線をいっていた様に見える。

「二人の息がピッタリなら、その力は足し算ではなく掛け算になるという事かな」

 俺は頭に思い浮かんだ格好良い台詞を秋留に聞こえるように少し大きめの声で言った。

「ガウウウウウ……」

 俺の声に反応する様に、洞窟の奥から灰色の身体をした熊の様なモンスターが現れた。

「ブレイブ! 大きい声出しすぎだよ!」

 うっ、秋留に注意されてしまった。

 再びシャインとクロノは喜びの声を発しながら灰色熊モンスターに攻撃を仕掛けた。シャインが右手を灰色熊に繰り出す。しかしその攻撃がまるで水を切るかの様に身体の中をすり抜けた。

「フニャーーー!」

 シャインが灰色熊の体の中をすり抜けた右腕を叫び声と共に素早く引き抜く。その腕からは白い煙が上がっている。

 それを見たクロノは、足元にあった岩を熊の顔面に蹴りつけた。顔面へ飛んで行った岩が体内に取り込まれて一瞬の内に溶かされる。

 その間にクロノはシャインを抱きかかえて熊の目の前から離脱する。そして少し離れた所に着地すると手早く回復魔法を唱え始めた。

 俺は松明を熊の前方に落とした。灰色をしていたはずの熊の毛並みが真っ赤に変わる。

「液体だ」

 俺が見た灰色の毛並みは、熊の身体の向こう側の岩が見えていたに過ぎなかった。

 その熊の身体から垂れた液体が足元の松明を消す。

「また厄介なのが出てきたな」

 カリューが剣を構えて言う。しかし奴に攻撃をしかけた時点で、剣が溶かされる事は眼に見えている。しかもダメージを与える事が出来るかも分からない。

「任せて」

 秋留が両手に杖を構えながら全身する。

「女王シヴァの口づけは全てを凍らし、その抱擁は全ての自由を奪う……」

 秋留の呪文の詠唱と共に周りの気温が低下していく。隣にいる俺も寒くなってきた。

「アイスバインド!」

 秋留の呪文と共に氷の塊が液体熊目指して進んでいった。

 氷の塊が液体熊に当たった途端に熊の氷像が完成した。

「やったか?」

 カリューが氷像を見つめながら言う。だが氷像からうっすらと湯気が立ち始めているのが見える。

「駄目! 伏せて!」

 秋留の叫び声と同時に氷の塊が四方八方に飛び散った。

 俺はその一瞬に全神経を集中してネカーとネマーをぶっ放した。

 秋留と、シャインを回復しているクロノに飛んでいく破裂した氷の塊を片っ端から打ち落とす。

 俺に飛んできた氷の塊はカリューが剣を振り回して落としたが、カリューが俺を守って何発か食らったようだ。

「サンキュー」

 俺は尚もネカーとネマーを構えながらカリューに言った。

「弱者を守る事こそ正義!」

 カリューは背中で語っている。相変わらずな性格は獣人になっても変わらないようだ。

 ちなみにジェットは不死身のため、弾丸のフォローはしなかったが、まぁ大丈夫だろう。

 俺は液体熊に再び視線を移した。

 氷と化したのは周りだけだったようだ。サイズが一回り小さくなったが、まだまだ襲ってくる気満々らしい。

「何回か凍らせればそのうち無くなるんじゃないか?」

 カリューが無神経な事を言っている。

 俺が氷の塊を打ち落とすのに相当な精神力を要した事を分かっていない。

「もっと強力な奴ないのか?」

 俺は秋留に聞いた。

「氷系の魔法はあんまり得意じゃないの。かといって風とか火はどうなるか分からないし」

 その台詞を聞いていたのか、右手を抑えながらシャインが立ち上がった。

「まだ回復終わってないニャ!」

 隣でシャインを回復していたクロノが言う。

「やられっ放しじゃ、獣人として情けないニャン!」

 シャインは気合を入れると魔法を唱え始めた。

「迫り来る影は凍える吐息、生命の息吹を止めるクサビとなれ」

 俺と秋留がヤードの通りを逃げている時にシャインが唱えた呪文だ。どうやらシャインは氷系の魔法を得意としているらしい。

「チェイスフリージング!」

 シャインの両手から眼に見える程の濃い冷気が、液体熊に向かって突き進む。

 その冷気が液体熊を取り巻き、一瞬のうちに氷の彫像を作った。暫くしても氷の彫像はそのままだ。

「やったニャン」

 それだけ言うとシャインはその場に倒れた。


「シャイン、大丈夫ニャ?」

 シャインを背負っているジェットに向かってクロノが尋ねた。

 俺達は氷漬けとなった液体熊を後にして、更に洞窟の奥へと進んで歩いている。

「大丈夫だよ、気を失っているだけだから。クロノは回復魔法が得意みたいだね」

 秋留がクロノの隣を歩いて言う。

「そ、そんな事ないニャ」

 真っ黒な毛に覆われた顔を赤らめながらクロノが言った。

 あれから特に危険なモンスターが出現する事もなく、一時間程洞窟を歩いている。

 途中で松明が燃え尽きたが、道具袋にはまだ予備の松明が入っている。

 シャインの性格や癖をクロノが暴露しながら歩いているうちに、俺達は再び人の手で作られたと思われる通路へと辿り着いた。

 通路は三人が並んでやっと通れるくらいの幅しかないが、奥行きは百メートル位ありそうだ。魔法の力で輝いていると思われる松明程の大きさの石が通路の所々を照らしている。

「あ、明らかに怪しいな」

 正義しか頭にない阿呆なカリューでもこの通路の危険さは分かったようだ。通路の左右の壁には、硬貨大程の不気味な穴がびっしりと開いている。

 俺は他のメンバーに待っているように合図すると、一人通路に進んで壁や床、天井を調べ始めた。

 この通路の床全体がスイッチになっているようだ。床を踏むと壁の穴から何かが飛び出てくる仕掛けらしい。まぁ、罠の王道といったところか。

 俺は試しに傍に落ちていたコブシ大の石を掴むと、通路に向かって強めに放り投げた。

 石が落ちた場所の左右の壁から鋼鉄製の矢が通り抜け、壁の反対側の穴へと入って行く。

「なるほど……。矢を無駄にしない効率的な罠の様だな」

 俺は一人で呟きながら、後方で待っていたパーティーの元に戻っていった。

「どうしよっか?」

 秋留が腕組みして言う。

「穴の中をちょっと覗いてみたんだ」

 俺は少し自慢しながら言った。

「う〜ん……よく見えるニャ〜」

 同じ盗賊であるクロノが言う。確かにある程度経験を積んだ盗賊じゃないと、暗闇を見通したり細かな罠の作りに気づくのは難しいかもしれない。

 まぁ、獣人だから夜目は効くかもしれないが。

「矢を射出する装置は通路に並んだ三人分位の長さしかないんだ」

 俺は地面に小枝で図を書きながら説明を続けた。勿論説明している間も俺の視線は常に秋留を捕らえている。

「魔法とかで巨大な岩を通路の向こう端に落とす事は可能か?」

 秋留が火と土系の魔法が得意なのを知っていて聞く。

「ふぅ〜ん……任せてよ。誰の体重よりも重い岩を出現させてあげる」

 盗賊の職に就いたこともある秋留が俺の意図を察したらしく答えた。

 カリューやジェットは俺と秋留の会話を聞いても理解出来ないらしい。盗賊であるクロノの頭の上にもクエスチョンマークが浮かんでいる。

「この罠は床に乗っている一番重い場所に対して矢を発射するんだ」

 説明終了の合図に、持っていた小枝を放り投げて言う。

「矢が向こう端の岩を狙っている間に俺達は岩のある所まで安全に歩く。向こう側に着いたら通路の反対側に更に重い岩を出現させて矢射出装置を移動させる。それでメデタク、ステージクリアだ!」

 準備を整えると秋留が俺の指示通りに呪文を唱え始めた。

「力強き腕を持つノームよ、汝の力で巨岩を操り、我に仇名す全ての者を押し潰せ……」

 秋留は呪文を唱え、右手を高く掲げた。

 その動作と共に近くにあった巨大な岩の塊が宙に浮かぶ。

「ロックストライク!」

 秋留が右手を勢い良く振り下ろすと同時に、宙に浮かんでいた岩が通路を突き進み、轟音を発して通路の終端に落ちた。

 岩が通路の終端に落ちた途端に今まで手前にあった矢射出装置が一瞬で通路の一番奥まで移動し、巨大な岩を鋼鉄の矢で攻撃し始める。

「よし、今のうちに行こう」

 俺はパーティーの先頭に立って通路に足を踏み入れた。俺の予想通り、矢は一番奥の岩を攻撃し続けている。

 俺が足を踏み入れたのを確認してから他のメンバーも続く。

「あ、そうそう、言い忘れてたけど……」

 俺は後ろを振り返って言い掛けた途端に、今まで一番奥で岩を攻撃していた罠が俺達の方へ近づいてきた。

 俺は仲良く並んで歩いていたジェットとカリューの姿を睨みつけ、思いっきりカリューを蹴飛ばした。カリューは俺の咄嗟の蹴りにより通路から吹き飛ばされる。

「い、痛ってーな! ブレイブ!」

 カリューが尖った歯を剥き出しにしながら唸る。

「言い忘れたけど、岩より重い体重を通路が感知すると、罠が移動して蜂の巣になるから気をつける様に。特に油断して並んで歩いたりすると危険だぞ」

 俺は何事も無かったかのように再び歩き始めた。罠は再び一番奥の岩を攻撃している。

「だからって俺を蹴る事ないだろぉ!」

 青い毛並みから覗く顔を真っ赤にてまだ怒っている。

「だからってシャインを背負っているジェットを蹴る訳にはいかないだろう?」

 俺の台詞にカリューは黙ったが、口が達者な秋留なら俺のこんな台詞にすぐ反論出来る事だろう。

「私が操った岩は、ジェットとシャインの体重以上はあるから安心して良いよ」

 少しビビッていたジェットとクロノを安心させるように秋留は言った。あ、その事は考えてなかった……。

 その後もカリューはブチブチと文句を言っていたが、俺の作戦通りに無事に矢通路の罠はクリアした。

「さすがブレイブ。うまくいったね」

 秋留が俺の背中を叩いて言う。褒められる事に慣れていない俺は何も返事が出来なかった。心なしか顔が暑い。

 ちなみにジェットとシャインの体重を足す事を全然考えていなかったとは言っていない。

「ふう、そろそろ休憩しませんかな?」

 矢の罠から更に三十分程歩いたところでジェットが言った。

 シャインを背負っているせいか、ジェットの息が上がっている。

「そうだな。ここは少し広くなっているし、ちょっと休憩するか」

 カリューが辺りを見渡して言う。

 俺達は荷物を降ろしてその辺の岩に座った。神経を張り詰めていたせいで、眼が疲れて肩が凝った。

 眼を瞑り軽く肩を揉み解した。

「盗賊の仕事って見た目以上に疲れるんだよね」

 そう言って秋留の手が俺の肩に置かれる。これから何が起こるのか必死で頭を回転させたが、頭が真っ白になっていて働かない。

「お客さん、気持ちいいですか?」

 秋留が俺の肩を揉みながらおどけて言った。

「お、おう……」

 今日は人生で最良の日に違いない。しかもお世辞無しに秋留のマッサージは気持ちいい。傷を癒すような魔力も込められているのかもしれない。

「いいですな、若いもんは」

 ジェットがからかった。俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。

「ブレイブがミスったら致命的な罠にはまりかねないからね」

 照れなくても良いのに、と俺は心の中で思いながら辺りを見回した。

 この洞窟……。まるで侵入者を試しているかのようだ。どれも即致命傷になる様な罠が仕掛けられていない。

 洞窟の中に死体がない事も気になる。

 定期的に何者かが片づけているのだろうか。その人物はこの洞窟に作られた罠を知っている。罠の作成者かもしれない。

 とにかく今は前に進むしかなさそうだ。ゴールで洞窟の主の目的が分かるに違いない。

 暫くしてシャインが眼を覚ました。秋留と同様、寝起きは余り良くない様だ。

 それから俺達は軽い食事を取ると、再び洞窟の奥目指して歩き始めた。


 長く続く洞窟に皆、疲れが溜まって来ていた。

 定期的に襲ってくる、この洞窟特有のモンスターの存在も手強いものとなってきた。

「いい加減、きりがないな!」

 目の前の大根の様な頭を持つ人型モンスターを切り捨ててカリューが言った。

 何匹ものモンスターを捌いているのに、疲れを全く見せないあたりがカリューらしい。

 少し前まで元気だったクロノとシャインも今では、戦闘にも飽きたらしくグッタリとしている。

「この洞窟を出たら、皆で豪華な宿に泊まって豪華な食事をしようね」

 秋留が全員を元気づける様に言った。俺に対しては二百パーセントの効果を発揮する秋留の励ましも、他の奴らには大して効果がないようだ。

 意気消沈のまま進むこと一時間。

 俺達は人工的に作られた大きめの部屋の前までやって来た。

 大分前に通過した矢の通路と同様に魔法の松明が部屋の中を照らしている。

 床には罠が作動するような突起物が所狭しと並べられていた。

 俺は一人、両膝をついて床の突起物を調べ始めた。少し調べて全ての突起物は罠が作動しないようにガードが掛かっている事が分かった。

 この罠を作成した主がうっかりスイッチを入れ忘れたのだろうか?

「とりあえず、床の突起物は大丈夫そうだ。だけど何が起こるかわからないから、踏まないでくれよ」

 俺が言うとパーティーのメンバーが無言で頷く。

 俺の予想通り、床の罠は作動しない様だ。しかし油断しない様に気を張り詰め、辺りを観察しながら部屋の中を進む。

 その時、この部屋の近くに人の気配を感じた。と同時に足元の罠が一斉に作動する。

 頭上から何かが開く音がして大量の水が流れ始めた。

「! い、急いで部屋から出るんだ!」

 俺は叫んだが時既に遅く、部屋の出口が分厚い鉄の扉で塞がった。後方を確認すると、そこも既に鉄の扉で塞がれていた。

「ちっ! とりあえず全員、動かないでくれ!」

 頭上から流れてくる水の音に負けないように声を張り上げる。

 どういう事だ。

 誰も罠は踏んではいない。確かに床の罠は作動していなかった。何が原因で罠は起動したんだ?

「また罠踏んだのニャン! クロノ!」

 俺の後方でシャインがクロノを攻めている声が聞こえる。

「今度こそ踏んでないニャ!」

「ちょっと静かにしてくれ!」

 いらつきながら俺は叫ぶ。この罠を見抜けなかった自分が悔しい。大して広くない部屋にはあっという間に水が溜まり、今では膝下まで水に浸かっている。

 天井を見上げ罠が停止しそうな仕掛けがないか確認する。

 だが怪しそうな突起が多すぎてどれを狙えば良いのか分からない。同じく怪しげな突起が壁にも沢山並んでいた。

「これなんか怪しいニャン」

「勝手に動いたりどこかに触ったりするんじゃねぇ!」

 壁に手を伸ばそうとしたシャインに怒鳴る。水の音が邪魔をして頭の中が集中出来ない。

「ブレイブ、怖いニャン……」

 水が膝上まで溜まってきた。いくら夏場の水だからといって、ひんやりした洞窟の中の水は俺達の体力を確実に奪ってくる。

「な、何か変な虫が飛んでるニャ」

 クロノは頭上を飛んでいる金色の虫を煩そうに払いのけた。

「ば、ばかっ!」

 俺は叫んだが、クロノはバランスを崩して倒れそうになった。

 駄目だ! 変なスイッチを踏むのは危険過ぎる!

「クロノ、気合で耐えるニャン!」

 シャインが無茶な事を言うが、もちろんそんなもので耐えられるはずもなく、クロノの体勢は一層危なくなる。

 だが秋留の背中から伸びたマント、ブラドーがクロノの身体を包み込んだ。

「気をつけてね、クロノ。死にたくないでしょ?」

 秋留の台詞と共にクロノの顔の目の前までブラドーの爪が伸びる。

「い、以降、気をつけるニャ……」

 ブラドーに体勢を立て直してもらったクロノが申し訳なさそうに言った。秋留は怒らせると怖いんだな……。

「ブレイブも落ち着いてよ。ブレイブならこんな罠、ちょちょいのチョイでしょ?」

 秋留が笑顔で俺に話し掛ける。まるで天使の微笑だ。その微笑には回復効果もあるのだろうか。

「おい! ブレイブ! いつまでもボケ〜っとしてないで、いい加減何とかしろ!」

 悪魔の様な面をしたカリューが怒鳴る。

 いつもの仲間達との会話のお陰で少し落ち着いてきた。

 今では腰辺りまで水が浸かって来ている。ジェットはあまりの寒さのためか、あまり動かなくなっている。正に年寄りの冷や水……。でもゾンビだよな?

 俺は仲間達の顔を眺めながら五感を研ぎ澄ませた。

「クロノ、シャイン、後少しだからもう少し辛抱してくれな」

 俺は今度は落ち着いて部屋全体を眺めた。今まで落ち込んでいたクロノとシャインにも笑顔が戻ったようだ。

 まずはこの罠……。なぜ発動したかを考えよう。

 誰も罠は踏んでいないはず。そして、罠が発動した時に感じた何者かの気配……。

 罠には大きく二種類ある。一つは侵入者がスイッチ等踏んで発動する自動罠。もう一つは何者かが罠を発動させる手動式の罠。

 今回は後者の手動式が怪しい。誰かが俺達の事を監視しているのだろうか。そうなると、通路に死体がない事の説明がつく。そいつがこの洞窟を管理しているのだ。

「ブレイブ殿〜、まだですかなぁ〜」

 震えながら紫色の唇でジェットが言った。

 とりあえず洞窟の管理者の事は後回しにしよう。

 俺は再び天井や壁を見渡す。

 あまり高くない天井。俺が秋留を肩車すれば何とか秋留の手が届きそうな天井だ。

 この部屋が一杯の水で満たされたとき、俺達は死を迎えるのだろう。

 ん?

 でも壁の高い場所でうっすらだが、水垢の様な線が見える……。それとは別に壁最上部にも水垢の線が見える。こっちの方の水垢の方が断然濃い……。

 つまり、この部屋の水は一杯にならない条件があるという事か。それを見つける必要がありそうだ。

「さ、寒いニャ」

「冷たいニャン」

 背の低いクロノとシャインは既に水に浮いている。早く罠を停止させる方法を見つけないとやばいかもしれない。壁の最上部に水垢の線が見えるという事は、この罠は侵入者を殺す事も出来るという事なのだ。

「大丈夫だよ、ブレイブ。落ち着いて……」

 寒そうに秋留が言う。

 その力ない言葉に俺は五感を一気に研ぎ澄ました。これ以上、秋留に辛い思いはさせない。

 俺は眼を閉じ、耳に神経を集中させた。

 そういえば、さっきよりは五感を研ぎ澄ますのが容易になっている。秋留の言葉のお陰だろうか……。

 いや、違う。

 それだけではない。

 さっきよりは、天井から流れる水の音が小さくなっている。

 まさか……。

「みんな……泳げるか?」

 俺は首元まで溜まった水から首を伸ばして言った。

 全員頷く中で、秋留が自信無さそうに頷く。

「秋留、大丈夫か?」

 心配そうに俺が聞くと、秋留は笑顔で答えた。

「暫くの間なら何とかなるよ……」

「やばくなったら俺にしがみつけよ。水に浮いちゃえば、どんなに動いても罠にはひっかからないから」

 頼れる男を精一杯アピールしとく。

 暫くして全員の身体が水に浮いた。

 ジェットは器用に立ち泳ぎをし、シャインとクロノは水の上で寝ているようにプカプカと浮いている。

 カリューは獣人の影響なのか、犬かきだ。

 心配そうにしていた秋留は始めは平泳ぎをしていたが、今は苦しそうに犬かきの様な溺れている様な危うさでバランスを取っていた。

 俺は泳いで秋留に近づくと、肩を掴んだ。

「あんまり無理すんなよ。俺に掴まってていいから」

「あ、ありがとう」

 息を切らしていた秋留は、ほっとしたような顔を見せた。

 水位を見ると丁度水垢の線が見える所だった。俺の予想通り、天井からの水が急に途絶える。

「お? 水が止まりましたな」

 ジェットが死人のような色の悪い顔で言う。

 一同、次に何が起こるのかを待ちわびる……。

「ねぇ、ブレイブ。この後、何が起こるの?」

 俺の背中のカバンに捕まりながら秋留が言った。

 さぁ、俺も知らない……と心の中で呟く。

 と、仕掛けが動く豪快な音と共に目の前の壁が開いた。

 水と一緒に部屋から流れ出る俺達。狭い通路を水に舞う木の葉の様に流れ落ちる。

「あははは〜〜」

 秋留が楽しそうに笑っている。こういう絶叫系な仕掛けは好きなのかもしれない。でも俺の耳元で叫ぶのは止めてくれ。

 どこかに水がぶち当たる轟音。

『いってぇぇ〜!』

 俺達は一斉に叫んだ。水の流れが行き着く先はまた別の部屋。俺達は仲良く部屋の床に全身を打ちつけた。

 そこには見渡す限り、真っ白なモンスターの山……。

「全員、戦闘態勢〜〜〜〜!」

 叫びと共にカリューが勢い良くモンスターの群れに突撃する。

 それを追ってクロノとシャインも飛び出す。

 俺と秋留とジェットは腰をさすりながら、寒さでブルブルと震えている。

「まぁ、あいつらに任せておけば何とかなるっしょ」

 俺が言うと秋留は頷いて、魔法で目の前に小さな炎を出現させた。

 その炎で温まりながら、元気な三人組みの戦いっぷりを観戦する。

 危なさそうな時はネカーとネマーでフォローをする事も忘れてはいない。

「そういえば、さっきの水攻めの罠……どうやって解除したの?」

 秋留がジェット愛用のお茶セットで沸かしたお茶で温まりつつ聞く。

「何もしない、が罠を解除する方法さ。何もしていない状態でどんどん水の入ってくる量が減っていってたみたいだからな」

『ほぉ〜』

 ジェットと秋留が仲良くお茶を飲みながら感心した。


「いやぁ、身体を動かすと温まるよなぁ」

 カリューが隣を歩くクロノとシャインに話し掛ける。

 元気な三人組の後ろには、モンスターの死体の山。

「お前らもちょっとは運動しろよなぁ!」

 カリューが右手に持っていた剣を鞘に収めながら言った。

『とりあえず腹が減ったニャ、ニャン!』

 育ち盛りのクロノとシャインが声を合わせて言った。


「結構、長い洞窟だよなぁ」

 カリューが先の見えない暗闇の通路を確認して言う。

 俺も少し湿った干し肉を食べながら通路の奥を確認した。何かが蠢く不気味な音。近くで焚き火をしているせいか、こちらに近づこうとはしない。

 どこかでこの洞窟の管理人も俺達の姿を見ているに違いない。陰険な奴め。今に見ていろ……。

「こんなに深い洞窟なんて思ってなかったから、食料が無くなりそうだよ」

 秋留が食料用のカバンの中を見ながら言う。

「ただ飯食らいが二人いるしなぁ」

 俺はクロノとシャインを睨みつけて言った。二人は無心に干し肉を頬張っていて聞こえていないようだ。

「ちょっと寝ませんかな? きっと今は夜ですぞ」

 やたらと人間臭いゾンビのジェットが言う。

「しょうがないな。少し仮眠するか。俺が見張りをしててやるよ」

 ジェットよりもむしろカリューの方が疲れを知らないゾンビの様だ。


「そろそろ起きろ〜!」

 寝た気があまりしない内に秋留に起こされた。途中で秋留が見張りを代わったようだ。二人の話だと五時間位は寝てたみたいだが本当だろうか。空が見えないせいで時間の流れが全然分からない。

 俺達は再び洞窟を奥へと歩を進めた。時折襲ってくるモンスターは相変わらずカリューが手早く仕留めている。

「な〜んか、キリがないよな」

 ボソッと呟く。この台詞を聞くのも何度目だろうか。

「無いニャ」

 クロノの眼には明らかに疲れの色が見える。まだ若いために体力がないのだろう。

「そういえば、クロノとシャインは何歳なんだ?」

 俺は気晴らしに世間話をしてみる事にした。今は一時的にパーティーを組んでいるが、俺達はクロノとシャインの事を全然知らない。

「あたしもクロノも十四歳くらいだニャン」

 お喋りが好きそうなシャインが隣に来て答える。「くらい」か……。色々苦労してるんだろうな。盗賊をやっているのにも理由があるんだろう。

「くらい? 誕生日分からないのか?」

 無神経なカリューが聞く。

「僕達、捨て子なんニャ」

 クロノが寂しそうに答えた。それを聞いて気まずい顔をするかと思いきや、カリューは豪快に笑って答える。

「そうか! じゃあ、お前らの強さは生きるための力だったんだな!」

 どこまでもプラス思考な奴め。

 カリューの台詞を聞いてまだまだ子供なクロノとシャインが苦笑いをする。まぁ、反応し難いわな……。

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