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第一章 暖かい街道

「誰だよ、雨男は……」

 俺はカリューの顔を見ながら呟いた。一方、カリューは余りの蒸し暑さのためか、反論する気力も無い様だ。

「さすがに少し蒸し暑いですな」

 ジェットはシルバークロスの装備を少し緩めにして蒸し暑さを耐えている。

 そもそも死人に体温があるのだろうか。ジェットや銀星の事を見ていると、ゾンビという存在がますます分からなくなる。

 その銀星は、ジェーン・アンダーソン村で買ったメス馬と、俺達の乗っている馬車を仲良く引っ張っている。危ないから前を見て馬車を引いてくれ……。

 俺達がメスの馬と一緒に購入した馬車には簡易的な幌がついているが、今みたいな土砂降りの雨にはほとんど役に立たない。

 俺やカリュー、ジェットは、フードつきのマントを被って雨粒を防いでいた。

 秋留はと言うと、同じくマントを羽織っているが、マントが傘の様に形を変えて雨粒からご主人様を守っている。

「今日はあんまり無理しないうちに野宿した方が良さそうだね。アレキサンドラにも無理をさせたくないし」

 アレキサンドラとは、銀星の隣で馬車を引っ張っているメスの馬の事だ。買ったその場で秋留が名前を決め、アレキサンドラ自身もその名前が気に入ったらしい。

 俺は馬車から辺りを見渡した。仲良し馬カップルも雨宿り出来るような、少し大きめの洞穴でもあれば良いのだが。

 暫く進むと林を抜けて、小高い丘が見えてきた。その丘の頂上に大きめの木が生えているのが見える。あの木の根元なら雨をしのぎながら野宿が出来るだろう。

 カリューが手綱を操り木の下まで馬車を移動させると、早速野宿の準備を始めた。完璧に暗くなってからでは準備がし難くなってしまうので、のんびりはしていられない。

 俺達は効率よく二つのテントを設置すると、木の根元に火を起こした。この火は暖を取るためではなく、暗闇から襲って来るモンスターを防ぐためだ。

 俺はジェーンアンダーソン村で買ったソーセージを木の棒に刺し、焦げないように火の回りで焼いた。辺りに良い匂いが立ち込めてくる。

 近くを探索していたカリューは小型の猪を捕まえて帰ってきた。銀星はソーセージの焼ける匂いにつられて帰ってきたようだ。カリューが素早く猪を解体して、料理担当の秋留に渡す。

「簡単に塩コショウでステーキにしようね」

 秋留が鼻歌交じりで鉄製のフライパンを火で暖め始めた。可愛い。結婚したらこんな幸せなシーンを毎日見れるんだろうなぁ。

「今日は雨のせいで、あんまり進めなかったね」

 ぼけ〜っとしている俺に秋留が突然話しかけてきた。

「そ、そうだな」

 俺は危険な妄想を遮られて大した返事も出来なかった。

 俺達は火を囲むようにして近くの大き目の石に腰を下ろしている。火の中の肉から良い匂いが漂ってくる。

「明日は晴れると良いんだけどな」

 秋留の問い掛けに俺は慌てて補足した。

 秋留の料理姿を眺めているうちに肉が焼きあがったようだ。俺達は秋留から手渡されたデカいステーキの乗った皿を渡された。

「それじゃあ食べよっか」

『いただきます』

「ですじゃ」

 俺達は声を合わせて肉を食べ始めた。新鮮な肉に秋留の旨い味付け。最高だ。

 そして右手に持った前菜のソーセージもほおばる。ハーブの入ったソーセージの香りとジューシーな肉汁が口一杯に広がった。これも旨い。

「港町ヤードはまだまだだからなぁ。街道沿いに休憩出来る場所とかがあると良いんだけどな」

 そう言ってカリューは広げた地図の街道沿いを指でなぞっている。

 カリューの独り言は放っておいて俺は口の中のソーセージを味わった。

 俺達は雨の中での慣れない馬車の移動に疲れたのか、その日は終えてからすぐに眠りについた。


「まさか二連チャンとはな……」

 カリューがうんざりした声で言った。夜の見張りの最後であるジェットに起こされた俺達は、悲しい現実を目の当たりにした。空は暗く、昨日よりは弱くなったが相変わらず雨がポツポツと降っている。

「がっかりしていてもしょうがないな。蒸し暑いのは我慢して早速出発しよう」

 俺達はカリューに促されて、眠い目を擦りながら野宿の片づけを済ませた。アレキサンドラと銀星が馬車を引き始める。

 馬車に揺られること約一時間……。俺の耳は雨の音に混じって何者かの息遣いを感じた。馬車の周囲を見渡し、ネカーとネマーを構える。

 俺の警戒に気づいたのか、秋留とその他も武器を構えて辺りを見渡し始めた。

「どこだ? ブレイブ!」

 カリューが右手に剣を、左手に盾を構えながら聞いた。雨の音と馬車が揺れる音で、正体不明の息遣いがどこから近づいてくるのか分からない。

 突然、カリューの脇をかすめて馬車の荷台に矢が突き刺さった。上を見上げると馬車の幌に穴が開いている。その穴から一瞬だけ何かが横切ったのが見えた。

 俺は荷台から身を乗り出して頭上を確認した。俺達の馬車のすぐ上に馬位の大きさの翼を持つモンスターが舞っているのが見える。

 ネカーとネマーから咄嗟に放った硬貨がモンスターの脇をかすめた。馬車の揺れと視界の悪い雨のせいで若干照準が狂ったか!

「ピギャア」

 奇声を上げてモンスターが上空に逃れる。

「!」

 俺は再び飛んできた矢を避けた。危うく足を貫かれる所だった。

「ブレイブ、秋留、しっかりしてくれよ!」

 カリューは側面の幌を手で広げ、辺りを警戒している。近距離攻撃しか出来ないカリューの癖に偉そうだ。

「う〜ん、ブレイブ、頑張って。私じゃあ、この視界の中を飛び回るモンスターに魔法を当てるのは至難の業だよ」

 秋留の声援に一気に力が溢れ出てきた……気がする。

 俺は再び近づこうとしているモンスターに照準を合わせようとした。

 奴は俺の攻撃の範囲に入らないように器用に飛び回っている。知能の無いただのモンスターには無理な動きに思える。

「舐めるなよ、モンスターの分際で……」

 俺は幌の天井に手をかけた。そして勢いをつけて馬車の屋根に飛び乗った。そして片手で天井の金具を掴む。これで布で出来た幌の上でもバランスを保つことが出来る。

「もう逃げられないぞ!」

 視界が広くなったため、モンスターの動きを眼で追う事が出来るようになった。

 モンスターは意を決したかのように俺に突撃してきた。

 俺は落ち着いてネカーとネマーのトリガを引く。俺の横を腹に大穴を空けた真っ赤な翼を持つ蛇の様なモンスター、バァグが落ちていった。

「やったか?」

 カリューが荷台から身を乗り出して空を確認した。

「安心しないで! 矢を射った奴がまだいるはずだよ!」

 秋留が叫ぶ。確かに手足のないバァグでは弓矢を構えるのは不可能なはず。

 次の瞬間、俺の後方に何かが落ちてきた。俺は咄嗟に後方を振り向こうとしたが、後方に何かが落ちてきた衝撃で幌が大きく揺れていて身動きが出来ない!

「はっ!」

 御者席から離れたジェットがレイピアを天井に突きつけたようだ。俺がバランスを取り戻して後方を振り返った時には誰も居なかった。

「どこだ?」

 俺は馬車の屋根から辺りを見渡した。ほとんど音も無く空中から幌に着地する事や、ジェットの攻撃を避けるあたりは、かなりの手練れに違いない。

 馬車から少し離れた地面の草が小さく揺れる。道の悪い街道を疾走する馬車から見えた黒い影は、眼だけが不気味に光っていた。


「何だったのかな?」

 何者かに襲われた後、暫く警戒しながら街道を進むこと一時間……。昼近くなり雨も更に小降りになって来た頃、秋留は言った。

「魔族か?」

 カリューが険しい顔で言った。魔族とはモンスターを操る存在。出生等は不明だが、人間を食料とし地上を支配しようとする種族だ。その力は並のモンスターなどの比ではない。

「いや、雨の中に浮かんだ眼は、魔族の眼ではなかったぞ……」

 魔族の眼は赤地に黒という独特な目だ。俺が雨の中で見た目は赤地ではなかった。しかし、人間の様な白地に黒目でもなかったように見えたが……。

 俺達は馬車を街道沿いに止め、遅めの昼食をとった。先ほど雨は止んだが予定より遅れている。

「雨が止むと余計に蒸しますなぁ」

 ジェットの臭いも強烈になるなぁ、と心の中で思った。

 街道は一応簡単に整備されてはいるが、雨の後はぬかるみが多いため、馬車の速度もそれ程上がらない。

「アレキサンドラが疲れてきてるみたいですぞ」

 暫く進んでジェットが言った。やはり普通の馬にはこの悪路は走りにくいようだ。

「仕方ない。今日はだいぶ早いが野宿出来そうな場所を探し始めるか」


 翌日は曇り、その次は再び雨、次の日は少し青空が見えたと思ったら土砂降り……。

 天気に完璧に見放された俺達は大分疲労が溜まってきていた。銀星がアレキサンドラの分も頑張っているようだが確実に馬車のペースも落ちてきている。

「十分に休息が取れそうな場所を探さないと駄目だな」

「でも休憩所はもう少し先なんだよね」

 リーダーのカリューと頭脳役の秋留が話し合っている。

 俺は軽い嫉妬を抱きながら辺りを見渡した。馬が喜びそうな草原っぽい所があれば良いんだけどなぁ。

 俺はキョロキョロしながら大きく欠伸をした。

「あ!」

 丁度、欠伸をしながら空を眺めた時、空を飛ぶモンスターの姿が眼に入った。いや、正確にはモンスターの群れか!

 目をつけられないことを祈りながら空を舞うモンスター達の姿を眼で追う。

 どうも様子がおかしい。

 先頭を進むモンスターが他のモンスターに襲われているようにも見える。そういえば、先頭を飛ぶ真っ白の馬のようなモンスターはもしかしてペガサスか?

 ペガサスは魔族から作られたモンスターではなく、牛や馬と同じこの世界に元々存在していた動物だ。人間に懐きやすく人を乗せて飛ぶことも多いと聞いた事がある。

「あ!」

 俺は再び声を挙げた。ペガサスと思われる馬が翼に傷を負って地面に落ちて行っている。

 ま。

 でも多分金にはならないだろうし、アレキサンドラも限界なため助けに行くのは得策ではないだろう。

 と思っていると急降下したペガサスが何とか体勢を立て直し、地面すれすれの高度で俺達の馬車の方へと進んできた。

 それは不味い。

 ペガサス自体を追っ払おうとネカーとネマーを構えた所でペガサスに乗っている人間と眼があった。

「ちっ」

 さすがに眼があってしまったら助けてやるしかないか! 良く見ればペガサスに乗っている人間は身なりが良さそうだし。

「モンスターが近づいてきている! ペガサスに乗った人が襲われているみたいだ!」

 俺は全員に聞こえるように叫んだ。

 秋留もカリューも武器を構えて馬車の後方から俺の視線の先を眺めた。

「随分、近くまで来てるね」

「そうだな」

 カリューと秋留の冷たい眼が俺の顔を睨んでいるようだが気にしない。

 俺は攻撃し易いように馬車の屋根に飛び乗った。さすがに二回目にもなると馬車の屋根も慣れたかな。

 ネカーとネマーを再び構える。

 今度はペガサスを追うモンスター達に照準を合わせる。

 飛行軍団が俺達の馬車を通り過ぎる瞬間に俺はモンスターを三匹打ち落とした。それでもまだペガサスを追っているモンスターは五匹残っている。

「ヒートアロー!」

 秋留が御者席から魔法を放った。その魔法が遠ざかろうとしているモンスターの一体を焼き尽くす。後は四匹か。

 少し離れたペガサスは急旋回して俺達の馬車目指して再び近づいて来た。どうやら助けてもらう気満々らしい。

 再びネカーのトリガを引いてモンスターを一匹打ち落とす。

 そして俺と同じように屋根に上って来たカリューが上空にジャンプし更にモンスターを二匹切り裂いた……そしてカリューは馬車の後方に落ちていった。

「走る馬車からジャンプなんかしちゃ駄目だよ」

 秋留が呆れている。

 カリューは正義のためを思うと冷静な判断が出来なくなるところが問題だ。

 それでも残ったモンスター一匹が執拗にペガサスを追いかけている。

「危ない!」

 秋留が叫んだが、俺の銃も秋留の魔法もここからでは命中力も威力も低くなるためペガサスを援護することが出来ない。

 しかし俺達の不安を裏切るようにペガサスが大木の前で急旋回して、追ってきていたモンスターが勢い良く大木に体当たりをかました。

「すっご〜い!」

 秋留が感動している。

 確かに今のペガサスの動きは素晴らしかった。しかし、あれは乗り手が凄いのかペガサスが凄いのか、ペガサスに詳しくない俺には分からない。

 安全を確認すると俺達は街道傍に馬車を止めた。

 遠くから真っ白な毛並みのペガサスとその主が近づいて来た。少し前を無鉄砲カリューも歩いている。不思議と無傷なようだ。どんな身体しているんだ……。


「助かったぞ」

 太陽の位置からすると午後三時といった所か? 俺達は街道から少し外れた小高い丘でキャンプの準備を始めたところだ。

 目の前にはペガサスの主、ゴムレスと名乗った、が石に腰を駆けている。

 ゴムレスは真っ白な長い髪に丹精な顔立ちをしている。貴族っぽい高価そうな服を上品に着こなしているのだが……。

 ゴムレスっぽくない。

 ゴムレスの響きからすると髭がモジャモジャで頑丈そうな身体をイメージするのだが、目の前のゴムレスはエルフのように華奢な身体をしている。

 しかも女性のようだ。歳は秋留と同じ位だろうか。

 俺達は野営の準備を終えるとゴムレスを囲むように辺りに腰を下ろした。

「矢を使い切ってしまったと……」

 リーダーのカリューが干し肉をかじりながらゴムレスを見つめる。あらかじめゴムレスからなんとなく説明は受けていた。

「ああ、魔族と交戦などしなければ持つはずだったんだがな」

 まさか、こいつが俺達の馬車を襲った奴じゃないだろうな? 俺達も弓矢で襲われたが……こいつ「矢を使い切った」と言っていたぞ……。

 俺は疑いの眼差しでゴムレスを睨みつけた。

 俺の疑念を感じ取ったのか、秋留が隣から質問した。

「ゴムレスさんの武器はボウガンですか?」

 秋留の質問にゴムレスは背中からボウガンを取り出した。装飾が綺麗で高価そうだ。

「ちょっと前に私達の馬車が何者かに襲われたんです」

「ふむ」

 そこで秋留がゴムレスの武器を見つめて俺の方を向いた。

「前に攻撃された時ってボウガンの矢だった?」

 そっか。

 確かあの時は矢の棒の部分が長かった。明らかにボウガン用の矢では無かったな。

「疑って悪かったな」

 俺は素直にゴムレスに謝った。

 ゴムレスは嫌な顔をせずにニコリと微笑んだ。

「ゴムレス殿は冒険者ですかな?」

 その場を和ませようと、ジェットは熱そうに緑茶をすすりながら聞いた。

「ああ、だが特に依頼中という訳ではない」

 どうも話しにくい喋り方をするな。名前と見た目と話し方が一致しないためだろう。いや、名前と話し方は一致しているのか? ややこしい。

「今日は俺も同じテントに泊まっていいか?」

 男っぽい喋り方のゴムレスを秋留と同じテントに寝かせるのは危険な気がするが、そもそもペガサスは女性しか操れないというのも聞いた事があるしなぁ。


 俺達は不思議な客と一緒に眠りについた。

 ちなみにゴムレスは正体不明なため、見張りの時はモンスターの接近と同じように秋留とゴムレスの寝ているテントにも注意を払うことになった。


 翌日は久しぶりの雲一つない青空だった。

「それでは世話になったな。ミズル亭はこの先だったな?」

「ああ、気をつけてな」

 カリューが答える。

 こうして冒険者をしていると、他の冒険者を助けたり、他の冒険者に助けられたりする事が多々ある。冒険者同士には色々と「暗黙の了解」がある。ある冒険者が助けを求めているなら他の冒険者が助けるのがマナーだ。勿論、助けられる場合に限るのだが。

「おお、忘れる所だったな」

 そう言って、ゴムレスがペガサスから降りて銀星とアレキサンドラに近づいた。

「こっちの雄が銀星だったっけか? こいつはまだまだ元気そうだが、雌のアレキサンドラは随分疲れているみたいだな」

 ゴムレスがアレキサンドラを優しく撫でている。

「そう、連日の悪天候で体力を消耗しているみたいなの」

 秋留もアレキサンドラを撫でた。

 ゴムレスと若干仲良くなっているのは、昨日同じテントで過ごしたためだろうか。嫉妬してしまう。

「そこで、良かったらこの薬使ってくれないか?」

 そう言うとゴムレスが背中のリュックから小瓶を取り出した。

「ワンバ用だけどきっとアレキサンドラにも効果があるはずだよ」

『ワンバ?』

 俺とカリューとジェットが同時に声を挙げた。秋留は声を挙げない。

「ワンバはこの子の名前だよ」

 秋留がペガサスの頭を撫でている。

 ワンバ?

 どうでも良いがワンバっぽくないぞ。こいつのネーミングセンスはどうなっているんだ?

 秋留はゴムレスから手渡された小瓶を開け、中身をアレキサンドラの身体に振り掛けた。輝く太陽に水滴がキラキラと光っている。

「ヒ、ヒヒィィィィン」

 アレキサンドラが元気にいなないた。かったるそうにしていたアレキサンドラの顔にも張りが戻ったようだ。

「ぶるるる」

 銀星も嬉しそうにアレキサンドラの顔に頬ずりをしている。

「これで遅れも取り戻せそうかな」

 俺は飛び去っていくゴムレスを見送りながら呟いた。


「うはは〜!」

 秋留が御者席で喜んでいる。

 俺達の乗る馬車は晴天の下、物凄い勢いで走っている。

 もともとゾンビ馬で体力の底があるのか不明な銀星ならまだしもアレキサンドラまで……。

「そろそろか?」

 カリューがあっという間に流れていく景色を眺めて呟く。

 地図によると、もう少し進めば街道沿いに小さな休憩所があるはずだった。アレキサンドラとは違い、俺達は蒸し暑さによりだいぶ体力を失っている。早く休憩したいな……。


「おい! ブレイブ、着いたぞ!」

 カリューに肩を揺すられて俺は眼を覚ました。どうやら俺は馬車の心地よい揺れで眠ってしまったようだ。寝起きにカリューの暑苦しい顔は辛い。秋留に起こして欲しかった。

「ブレイブはすぐ寝るよね〜。うらやましいよ」

 秋留が馬車の外から言った。街道沿いの休憩所に着いたようで、ジェットも馬車の外に立っている。

 俺は自分の鞄を右肩に背負うと、馬車から飛び降りた。

「いい天気に続いてくれると良いですな。熱すぎるのも困り者じゃが……」

 ジェットが眩しそうに空を見上げて言った。夏の暑さは相変わらず変わっていない。まだ湿気が残っているせいか、蒸し暑く感じる。

 左を向くと、大きめの宿屋位の三階建ての建物が目に入った。これが地図にあった休憩所だろう。

 両開きの扉の上には『ミズル亭へようこそ!』と書かれた大きな看板が取りつけてある。今俺達がいる地名がミズルだからだろう。

 俺達は銀星とアレキサンドラを馬屋へ預けるとミズル亭の扉へ向かった。

 ミズル亭の前では、まだ駆け出しと思われる三人組みの冒険者パーティーが、何やらコソコソと話していた。

 俺は耳に集中して会話を盗み聞いた。十メートル程離れて小さな声で話している程度では、まるで隣にいる様に鮮明に会話を聞く事が出来る。それが盗賊としての俺の能力だ。

「おい、あいつら……」

 魔法使い風の短髪男が言った。

「ああ、そうだ……。レッド・ツイスターに違いないな……」

 長い髪の毛を頭の両方で団子型にした格闘家風の女が答える。大きめの兜を被った戦士風の男が驚きの眼を俺達の方に向けた。

 実は俺達は一部の冒険者や冒険者マニアの間では有名だったりする。毎月創刊の冒険者クラブという雑誌にも載った事がある。

 レッド・ツイスターとは、とある国でモンスターの大群と戦った時に、俺達パーティーの戦い方がまるで紅い旋風の様だった、という事からつけられた呼び名だ。

 当時、聖騎士のジェットはパーティーにはいなかったが、もしジェットも加わっていたら紅い旋風では済まない様な激しい戦いになっていたかもしれない。

 俺達は少し遠巻きに見ている新米パーティーの傍を悠然と通り過ぎると、休憩所の扉を開けて中に入った。

「いらっしゃいませ〜」

 この店の制服と思われる真っ赤な帽子にエプロンをつけた女性が、元気良く俺達を出迎えた。

 建物の中をぐるりと見渡すと、この建物自体が色々な店の複合施設なのに気づいた。無難に食事出来る場所もあれば、魔族討伐組合の窓口もある。その隣には散髪屋まであるようだ。

「お、ちょっと俺は地下に行って来る」

 カリューは食堂の横にある下り階段を指差して嬉しそうに言い、歩いて行った。

 下り階段の上の壁に『Bar南』と書かれた看板が掲げられている。

 最近知った事なのだが、カリューは典型的な熱血真面目人間なのだが根っからの酒好きなのだ。俺がカリューの事を許せる唯一の趣味かもしれない。

「おお、ワシも行くですぞ!」

 カリューの後を追って、ジェットも地下への階段目指して歩き出した。ジェットもカリュー程ではないにしろ酒好きなようだ。

 ちなみに俺は最近滅法弱くなってしまったので、酒は飲まないようにしている。隣に居る秋留は酒に強いのだろうか? 今度誘ってみよう……。

「真っ白の髪をした女性が来ましたか?」

 秋留が受付の女性に話しかけている。ゴムレスが無事に着いたか確認しているようだ。

「ええ、今朝到着してもう出発されましたけどね。やたらと沢山の武器を買い込んでいたようですよ」

「ふふ、ありがとうございました」

 秋留が俺に近づいて来た。

「装備売り場は二階かぁ」

 秋留が俺の後ろの壁に取りつけてある案内板を見ながら言った。何だ、俺に近づいて来たわけじゃないのか?

「俺も……」

「ブレイブは魔族討伐組合に行って、この辺で何か変わった事とかないか聞いてみて」

 俺に厳しく言い放つと秋留は二階への階段を上って行ってしまった。俺はその姿を眺めながら呆然とすること小一時間……。

「邪魔だよ、兄ちゃん!」

 商人らしい恰幅の良いオッサンに後ろから声を掛けられ、俺は振り返って睨む。しかし童顔な俺の視線では大して威力もなかったようだ。

 俺は気を取り直して魔族討伐組合の窓口に歩いた。

「ようこそいらっしゃいました。ブレイブ様」

 さすが魔族討伐組合の社員と言ったところか。俺の顔を確認しただけで誰だか分かったようだ。

 ちなみに魔族討伐組合とは、魔族やモンスターに関する情報を教えてくれる施設であり、冒険者達はこの魔族討伐組合に自分の情報を登録している。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 目の前の分厚い度の入った眼鏡を掛けた男が言う。

「何かこの辺りの情報とか入っているか?」

 俺が答えると、男は手元の綺麗にファイリングされた紙を順番に眺め始めた。

 男が言うには、ここ最近街道で旅人や冒険者を乗せた馬車が襲われているという事だった。俺達を襲ったのもそいつらだろうか。

「さて、どうしようかな」

 俺は小さく呟くと大して考えずに二階への階段を上り始めた。俺の姫が二階で待っている!

「あれ? どうしたの? ブレイブ」

 俺が階段を上りきる手前で、上から声を掛けられた。見上げると右手に小さな紙袋を抱えた秋留が階段から下りてきていた。どうやら買い物は終わってしまったようだ。

 秋留の買い物が終わるほど、俺は放心していたのだろうか。再び放心しそうな気持ちを押さえて俺は言った。

「カリューとジェットに声を掛けて、一緒に飯でも食わないか?」

 二人きりで、なんて言ってしまったら断られてしまうのがオチだ。とりあえずムサ苦しい男二人はほっとけば問題は無い。

「うん、久しぶりにまともな食事が取れそうだしね」

 俺と秋留は、地下で仲良く陽気になっているカリューとジェットに声を掛けて、一緒に一階の食堂へ向かった。

 このミズル地方の名産は黒羊らしく、食堂のメニューも黒羊を使った料理ばかりだ。俺達はそれぞれ遅めのランチを注文すると満腹になるまで食べ続けた。冒険者にとっては、まともに食事を取れる時に取るのが鉄則だ。

「さっき飲み屋で聞いたんだが、三階は休憩所になっているらしいぞ。泊まる事も出来るそうだ」

 カリューが赤い顔で言った。少し酔っているせいか、いつもより声が大きい。

「それ程急ぐ旅でもないし今日はここで泊まって行こうと思うけど、どうだ?」

 ようするに酒が身体に回ってあまり動きたくない、といったところか。

 俺も二階で装備を整えたかったので、カリューの問いに軽く頷くと秋留の方を見た。

「私も長い馬車の移動で少し疲れたかな。ブレイブと違って、どこでも寝れる訳じゃないしね」

 秋留は欠伸をしながら席を立つと、休憩所目指して歩き始めた。持っていたグラスの中身を一気に飲み干して、俺は秋留の後を追った。

 食事の会計は金に無頓着なカリューかジェットに任せるに限る! もしかしたら、秋留も同じ考えなのかもしれない。

 その日は疲れが溜まっているのもあって俺は早めに眠りに付いたが、ジェットとカリューは遅くまで飲み合ってたようだ。


 翌日は昼過ぎにミズル亭を出発することになった。カリューが二日酔いで昼近くまでダウンしていたためだ。ちなみにジェットが何事も無かったかのようにケロッとしているのは、酒に強いためか死人のためかは分からない。

 日頃の行いのせいか、今日も良い天気に恵まれた。俺の隣にはミズル亭で買い込んだアイテムやら食糧が多めに詰め込まれている。

「しゅ、出発するか」

 カリューはあまり元気が無さそうだ。ゲッソリしている。飲みすぎだ、アホアホカリューめ。馬車で吐くなよな!

「港町ヤードまで後一週間といった所ですかな」

「ジェット……今はそういう話は止めてくれ。気が重くなる」

 カリューが顔をしかめている。今のカリューがそんなに馬車に揺られたら死ぬだろうな。

 その日は途中でカリューのために頻繁に休憩したがモンスターに襲われることは無かった。


 冒険は順調に進んだ。

 冒険者の移動や馬車が時折通る安全な街道を走っているため、モンスターも襲ってこない。モンスターは基本的に人通りの多い場所には警戒して出現しない。稀に集団となって街道を襲うこともあるのだが、今の所大丈夫そうだ。

 ちなみに魔族はどんなに人が沢山いようが、おかまいなしの場合も多いが……。


 そしてミズル亭を出発して六日目の朝。

 俺達はいつも通り早めに出発するとヤード目指して進み始めた。予定通りに行けば今日中に港町ヤードに着くはずだ。

「ダチョウみたいなモンスターが追っ掛けてきてますぞ」

 出発して暫く経った頃に、後方を眺めていたジェットが言った。ダチョウを二倍程に大きくしたモンスター、グーガーが、凄い勢いで近づいてくるのが見える。その数六匹。

「明日には港町だったのになぁ」

 馬車酔いに悩まされているカリューが溜息をつく。

「身体がなまっちゃうから、たまには魔法でも唱えようかな」

 秋留が座りながら、呪文を唱え始めた。

「火炎の住人よ、全てを貫く炎の矢となれ……」

 秋留のかざした右手前方が赤く燃え始めている。

「ヒートアロー!」

 勢い良く右手から矢の形をした炎が、一番左をヒタヒタと走っていたグーガーを貫いた。

「はい、運動完了〜。ブレイブ、後はお願いね」

 騎士は君主のために命をかけて使命を全うするらしい。その点だと俺も秋留の騎士と言えるかもしれない。

 ただし騎士と違うのは、俺にはヘボい『騎士道』なんていうものに基づいて戦うような精神は、サラサラないというところだ。

 俺はミズル亭のアイテムショップで買った小型の爆弾を懐から取り出した。店の親父の話だと「小さいわりに威力はデカイ」という事だが……。

「おい、ブレイブ! 爆弾眺めてないで、早く何とかしろ! もう目の前まで迫ってきているぞ」

 俺はいつの間にか、十個六千五百カリムで買った爆弾を勿体無い気持ちで見ていたようだ。

 一度使ってみないと危険な事は分かっている。しかも店屋の親父の手作りっぽい!

 カリューの一言で目を覚ました俺は、左手につけている手甲で爆弾に火をつけると、馬車の後方に向かって放り投げた。

 見事にグーガーの口の中に爆弾が入った。暫くするとグーガーの身体が破裂……。

 大爆発と共に馬車が大きく揺れた。

「ぬおおおおお!」

 ジェットが宙に浮いた馬車の中で叫ぶ。

「くらぁ! ブレイブウウウゥゥ……ゥ……」

 馬車から飛び出たカリューが遠くに吹っ飛ばされながら叫ぶ。

「きゃあああ〜」

 秋留が馬車から振り落とされない様に、近くの柱にしがみついている。どうせなら俺にしがみついてくれれば良いのに。

 どっちが空でどっちが地面かは分からないが、馬車が宙を舞っているのが分かる。

 そして。

 豪快に地面に激突した馬車は派手な音を立てて分解された。恐るべしアイテムショップの親父……。

 俺は右肩を押さえながら起き上がった。近くではお尻をさすりながら秋留が立ち上がる。

「もうちょっと考えてよね〜、ブレイブ〜」

 ほっぺを膨らませて怒る秋留に思わず抱きつきたくなってしまう。……最近、考えが変態じみて来たようだ。

「老体には、ちと厳しい乗り物じゃったな」

 ジェットが百八十度回転した首を両手で回転させながら言った。いくらゾンビだからと言って豪快過ぎる気がするのは俺だけだろうか。

「まぁ、モンスターは撃退出来たんだから、結果オーライじゃないのかな?」

 俺は威力抜群の爆弾を、鞄の奥の方に入れながら言った。

 遠くから猛烈な勢いと形相で近づいてくるカリューが眼に入る。小言言われるんだろうなぁ〜。


「あ〜」

 隣を歩くカリューがだらしない声を上げる。太陽が真上に来ていて正に灼熱地獄。しかもここ最近多かった雨のせいでたっぷりと水分を吸収した地面からは熱気がとめどなく湧いてきている。

「だらしない声出すなよ! カリュー!」

 暑さで気が立っている俺はカリューに向かって言った。

 カリューは生気のない眼で俺を睨みつけている。

「あ〜あ〜、すみませんねぇ! 俺のせいで炎天下を歩く事になっちまって!」

「ブレイブ殿にカリュー殿、喧嘩はそれくらいにしといて下され」

 銀星に乗りながらジェットが言った。隣では優雅にアレキサンドラに乗った秋留が、俺達の方を見ながら微笑んでいる。秋留の背中に住んでいるブラドーは日傘のようになり、太陽の日差しから秋留を守っていた。

「予定では今日中には、港町ヤードに着くかと思ってたけどなぁ」

 隣でカリューがデカイ独り言を言っている。あまり知らなかったが、こいつは結構根に持つタイプだな。

「まぁ、このペースでも明日にはヤードに着くんじゃない?」

 俺と同じで方向感覚があまりない秋留が言っている。こんな事を言うと「ブレイブと一緒にしないで」と言われるのだが。

 空を見上げると、少し雲が出てきたのが分かった。明日はまた雨になるのだろうか。港町に着くのが更に遅れそうな気がする。

 太陽が少し傾いてきた。パーティーの誰も腕時計なんていう高価な物は持っていないので正確な時間は分からないが、今は午後の二時くらいだろうか。どうやら暑さのピークは超えたようだ。

 俺達は木陰で少し休むと再び歩き始めた。

 暑さで無駄な話も出来なくなった頃、俺は後方百メートル位に何者かの気配を感じ始めた。昨日襲って来た奴だろうか。

 俺はパーティーのメンバーに声には出さずに、指を後ろに向けてサインを出した。

 秋留が静かに腰に装備している折り畳み式の杖を構える。杖の先端の所に、以前泊まっていたジェーンアンダーソン村で買った、堕天使のお守りという黒い人形が情けなくぶら下がっている。

「人数は……二十人くらいかな。どいつも身軽そうだ」

 俺は耳に神経を集中させ足音の数を数えてから言った。

「どんな奴らだか見えるか?」

 カリューも腰の剣に手を掛けながら俺に聞く。

「いや……。水分を含んだ地面が水蒸気を上げているせいで、ほとんど確認出来ない」

 後方をバレないように確認してから答える。

「前方からも来たようですぞ」

 銀星に乗ったジェットが少し高い位置から言った。確かに前方からも十人程の集団が近づいてきているようだ。さて、どうするか?

「このままだと挟み撃ちにあっちゃうね。人数の少ない前方に走って、先に数を減らした方が良さそうだよ」

 我がパーティーの頭脳的存在である秋留が冷静に判断して言った。秋留の作戦はいつも的確で無駄がない。

 俺達は一斉に走り始めた。同時に後ろから追跡して来ている集団も一斉に走り始める。

 どうやら相手も馬鹿ではないらしい。

「まずは前方の敵から殲滅するよ!」

 秋留は叫び終わると、呪文の詠唱を始めた。俺も両手にネカーとネマーを構える……と、待てよ。

「秋留、奴らをこれ以上近づかせないようにしてくれ」

 俺は背中の荷物を降ろして、底の方をガサゴソし始めた。

「大地の詩に合わせて、踊れ、地の精霊、ノームダンス!」

 秋留は呪文を発する言葉と共に右手を大地にかざした。

 数十メートル前方まで近づいてきた集団の目の前で、無数に大地が破裂する。

 盗賊風の出で立ちをした十人程の足が止まった。リーダー風の男が「落ち着けニャ!」と激を発しているようだ。

「ナイス、秋留! んじゃあ、こいつを喰らえ!」

 俺は左手の手甲との摩擦で火をつけた小型の爆弾を、敵集団目掛けて放り投げた。

「慌てるニャ! 小型の爆弾だニャ!」

 またしても、変な喋り方のリーダー風の男が叫ぶ。

 残念でした。確かに見た目は小型だけど……。俺達は前方の集団から眼を反らして耳を塞いだ。

 先ほどとは違い予期しているとはいえ、凄い振動が辺り一帯を駆け抜けた。爆風が爆煙を伴い視界を奪う。

 俺は空気の振動が止んだ事を確認して、耳から手を離した。

「奴らも少し怖気づいた様だな」

 後方から近づいて来ていた集団の足も止まっている。いや、少しずつ後退をしているようだ。

 俺の隣に先程吹き飛ばされた盗賊風の男が空から降ってきた。全身真っ黒になっている。ご愁傷様……。

「ひ、卑怯ニャ……」

 俺のズボンの裾を掴みながら、盗賊リーダーが俺を褒め称える。

「そうだぞ、ブレイブ! 正義に反した行為は許さない!」

 俺達パーティーのリーダー風の男が俺を睨んで叫ぶ。シカト、シカト。

 俺がカリューに攻められている間に、足元の真っ黒い奴はもごもごと喋っているようだ。

「回復魔法だよ! 気をつけて!」

 秋留が手に持っていた杖を真っ黒人間に振り下ろす。しかし真っ黒人間は素早い動きで杖の攻撃をかわした。

 真っ黒人間の身体が光で包まれた。光の中からまたしても真っ黒人間が……って。

「回復してないじゃん! はったりか!」

 ツッコミながら、光から出てきた真っ黒人間をネカーで狙う。しかし目の前にいた筈の奴の姿がない。

「あそこですぞ!」

 ジェットが通りに生えている木の枝を指差した。

 そこには、俺の荷物を右手にぶら下げた真っ黒人間がたたずんでいた。

 まさか、盗賊の俺から荷物を奪うとは……。

 だが、俺は左手を思いっきり引っ張った。真っ黒人間の右手から俺の荷物が振り落とされ、俺の左手へと帰ってくる。俺は自分の荷物を見えない鉄線で身体につなぐ様にしている。

「ちくしょぉ!」

 罵りの声を上げながら、枝にいた真っ黒人間が上空に飛んだ。

 そして、後方から近づいてきていた集団の隣に音もなく着地する。いつの間にか後方の二十人程の盗賊団が目前まで迫ってきていた。

「だらしないニャン、クロノ!」

 後方の集団のリーダー格らしき真っ黒人間が、俺の荷物を奪おうとした不届きな真っ黒人間に対して言った。

 全身真っ黒な出で立ちで、緑地に黒い瞳が浮き出ている。

「獣人の様ですな」

 ジェットが秋留から貰ったマジックレイピアを構えて言った。

 そうか。

 奴ら二人は、真っ黒な毛並みをしている獣人で、焦げて黒くなったわけじゃないわけか。俺が馬車の中から見た暗闇に浮かぶ眼は、獣人の眼だったらしい。

 リーダー格らしき二人の他の盗賊団員も、獣人らしい鋭い眼をしている。

 俺達の会話が聞こえたのか、真っ黒毛並みの二人の獣人が前に歩み出た。

「あたしの名前はシャイン。誇り高き黒猫ニャン」

 自己紹介と同時に両手から鋭い爪が飛び出す。シャインと名乗った時の声から察するにメスの獣人のようだ。

「僕の名前はクロノ。同じく獣人盗賊団ビースデンのダブル頭の一人だニャ」

 先程俺が吹っ飛ばしたクロノと名乗った獣人が俺を睨みつけて言う。

「そちらが自己紹介するならば、こちらも自己紹介するのが礼儀だろうな」

 正義感たっぷりで、茶番が大好きな我らがリーダー、カリューも一歩前へ出て言う。

「知ってるニャ。レッドツイスターのカリュー、ニャ」

 クロノの発言で自己紹介を中断されたカリューの機嫌が少し悪くなった。

「そっちの女性が幻想士の秋留、その後ろで秋留を守るように立っているのが、チェンバー大陸の英雄ジェット。しかも厄介な事にゾンビと来ているニャン」

 次はシャインと名乗ったメスの獣人が喋る。さっきから交互に話している様だ。

「で、残った黒い奴が、極悪非道の……」

 俺の番でクロノの喋りが止まる。クロノは他の獣人と何やらヒソヒソと話始めた。

 隣では、秋留が俺に気づかれないように、クスクスと笑っている。

「そうか! あいつか!」

 クロノが手をポンッと打ちながら言った。

「そうに違いないワン!」

 分かりやすい喋り方の犬の獣人が言う。

「盗賊パッシ!」

 犬の獣人の言葉と同時に両手のネカーとネマーをぶっ放し、両耳下に反り込みを作ってやった。

「盗賊ブレイブだ! そんなタコパーティーのメンバーと一緒にするな!」

 犬の獣人は、尻尾を巻いて逃げ去った。

「あんた達の行動は観察させて貰ったニャン」

 シャインが俺達に「ビシッ」と指を差して言う。その姿にどこかお嬢様的な雰囲気を感じる。

 そして華麗に指を鳴らすと、盗賊頭の後ろから眼がねを掛けた年寄り犬の獣人が分厚い本を抱えて現れた。

「え〜、大炎山でサイバーを打ち倒して八百万カリム……。次に惑わしの森で魔族のデールを倒して二千万カリム……。名前がそれなりに売れている事を考えると、三千万カリムは固いと思いますよ……。以上」

 言いたい事だけ言って、犬の獣人はまた後ろに下がった。

 俺達は獣人盗賊団ビースデンに大分前から眼をつけられていた様だ。

「そういう事で、身包み置いてここから立ち去るニャン!」

 シャインは全力で俺達を脅しているようだが、どうにも語尾についた「ニャン」が迫力を無くしている。それはパーティーの他のメンバーも同じらしく、ただ平然と事の成り行きを見守っていた。

「下賎な輩共め! 俺が更生してやる!」

 カリューがジェーンアンダーソン村で買った新しい剣を構えて言った。カリューが装備しているのは、どこにでもある普通の鋼の剣だ。あまり高くはないがジェーン・アンダーソンのような小さな村では限界の品だろう。

「お前らはそこで見てろ。俺が正義の戦い方を見せてやる!」

 カリューが主に俺を睨みながら言った。

「さすが、正義の味方カリューだニャン」

 馬鹿にしたようにシャインが言う。カリューは誉められたと思って喜んでいるようだが。

「君らも見てるニャ」

 クロノがシャインの隣に並んで言う。『カリュー』対『黒猫コンビ』の戦いが始まった。

「シルフよ、我らを助ける追い風となれ!」

 まずはクロノが呪文を唱え始めた。

 それを阻止しようとカリューが飛び出したが、クロノの前に立ちはだかったシャインが鋭い右手の突きを繰り出す。攻撃を難なくかわしたカリューは、シャインの脇をすり抜けてクロノに攻撃を仕掛けた。

 しかし、その場所にクロノの姿はない。

 上空に逃げていたクロノはシャインの後ろに舞い降りると、詠唱が完了した呪文を唱える。

「スピードプラス・アスター!」

 クロノの叫びと同時に、二人の周りの空気の流れが変わった。

「カリュー。二人の動きが速くなるよ! 気をつけて!」

 秋留が言い終わる前に、既に二人の獣人はカリューの目前に迫っていた。

 秋留の言う通り、二人の動きが先程とは明らかに違う。クロノが唱えた呪文は、素早さを上げるような魔法だったに違いない。

 カリューはシャインの攻撃を後方に軽くジャンプしてかわしたが、回避の動きに合わせて攻撃して来たクロノの右手の爪が、カリューの右腕に四本の赤い筋を走らせた。

「痛うぅっ!」

 カリューは痛みを堪えて、剣を両手で持って水平に走らせた。

 その攻撃をクロノはしゃがんで、シャインはジャンプして避ける。

 元々、速さのある獣人の動きが魔法の力により更に速くなっているため、そう簡単に相手を捕らえる事が出来なくなっているようだ。

 カリューは宙に逃れたシャインを狙おうと剣を構えたが、クロノのハイキックから続く左手の突きの攻撃により迎撃出来ない。

「雪原の住人よ、全てを貫く氷の矢となれ!」

 宙に浮いたままのシャインが魔法を唱え始める。あいつら、補助魔法だけではなくて、攻撃魔法も唱えられるのか!

「コールドアロー!」

 シャインの両手から氷の矢が放たれ、カリューの装備している鎧の右肩のガードを吹き飛ばし、肩にダメージを与えた。カリューの肩から鮮血が舞う。

 カリューに息つく暇も与えない程に、クロノの攻撃も続いている。鎧で守られていない部分のカリューの身体に傷が増えていった。

 クロノとシャインの攻撃は威力はそれ程でもないが、確実にカリューにダメージを与えていた。

 しかも二人はまるで一つの身体を持っているかの様な、無駄のない連携された攻撃を続けている。

「正義も楽じゃないよねぇ」

 秋留がカリューの戦いっぷりを眺めながら気楽に言う。

「回復するのはこっちなんだけどな」

 続けて秋留は文句を言った。

「カリューの人並み外れた生命力なら、ほっとけば傷なんかすぐ治るんじゃないのか?」

「そんなに凄い回復力があるなら、無敵ですな」

 どこから取り出したのか、お茶を飲みながらジェットが答える。

 ちなみに死人であるジェットは、どんな傷でも瞬時に回復してしまう。正に無敵なのだが本人はあまり分かっていない様な気がする。

 俺達がお喋りしている間に、リーダー同士の戦いにも終わりが見えてきていた。

 圧倒的な体力を誇るカリューが、二人の獣人を押し始めているのだ。

「ぜ〜、ぜ〜……。こ、こいつの体力は底なしニャ?」

 荒い息をしながら、クロノが言った。

 正解。カリューの体力は底なしだ。

「何だか、馬鹿らしくなってきたニャン」

 疲れているのか余裕なのかを顔に出さないシャインも言う。

 シャインの呼吸が驚く程早いのを俺の耳は聞いている。プライドが高いんだろうな。

 カリューの振るった剣の一撃を二人仲良く蹴りで弾いて、距離を取って着地する。

「あ、姉御……。大丈夫ですかい?」

 眼帯をした猫の獣人がシャインの後ろから話し掛けた。同時に眼帯の獣人の顔に、シャインの裏拳が強烈に決まった。や……八つ当たりか。

「今日はこれくらいにしてあげるニャン」

 台詞には出さないが、肩で大きく息をしているシャインが言う。

「ぜ〜、お、覚えてろよ!」

 分かりやすく疲れているクロノが盗賊にありがちな台詞を言うと、盗賊団ビースデンは俺達の前から逃げるようにして消えていった。

「これで奴らも少しは更生して、まっすぐに生きていくだろうか」

 最後のシャインとクロノの台詞が全く聞こえていないかのように、カリューがふざけた事をぬかした。

 時々、わざと言っているんじゃないかと思う時があるが、カリューに限って冗談は言わないだろう。

「視界が広い場所を探して今日は休憩しようか? カリューの傷も回復させないといけないし」

 うんざりした顔で秋留が言った。

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