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ああ、来てしまった。
学校に来てしまった。どうしようかなぁ、今から帰るのは流石に無しだよね……。
意を決して、学校の敷地内へ一歩踏み出す。
おおよそ二週間ぶりの学校。別に大して変わったことはない。
私は、あの時、見るも無残なまでに汚された登下校用の靴を放置して帰っていたので、自分の下駄箱を覘くのに少し勇気を出す必要があった。
ゆっくりと、見たくないものを見るように、視線を自分の下駄箱に持っていくと……。
そこには、新品の靴が二足は言っていた。
まぁ、そりゃそうか。
よくよく考えてみれば当たり前の話だった。先生の内の誰かが私の靴を確認したのだろう。教師があの靴を見れば、それが誰の仕業でそうなったかを調べて、その時に内履きも使い物にならない状態であることにも気付き、その両方を弁償させたのだろ思う。
そんな理由で、新品の靴を貰っても何も嬉しくはないのだけど……。
下駄箱から真新しい学校指定の内履きを取り出して、登校時に履いてきた靴から履きかえる。
靴を履きかえた私は、新しくなって靴が履きなれないせいか、重い足取りで教室へ向かう。
あの空間には行きたくない。今すぐにでも帰りたい。竜神様に会いたい。
心の中で弱音を吐きながら、一歩、また一歩と教室に近づいて行く。前に進めば、進むほど、気持ち悪くなってくる。吐き気が増してくる。
ああ、もう嫌だ。宝刀に帰りたい。
気づけば呼吸も荒い。過呼吸寸前なのではなかろうか。
そんなこと思いながらも、足は止めなかった。止まらなかった。
ここまで来たら、帰るに帰れない。校内まで来て、今さ変えるのも明らかにおかしいし、竜神様にかけてもらったおまじないも無駄にすることになる。
それは、もっと嫌だ。竜神様がせっかく私のためにしてくれたことを無下にしたくない。
歩き続けて、何時間。体感的には装ンなように感じられた。
私は、自分のクラスの教室に辿り着いていた。
ドアの前でじっとしているわけにもいかないので、思い切ってドアを開けて、教室に入った。
教室内の視線がすべて私に向かって来る。
今にも胃の中身が逆流してきそうだった。私は、あと半年の間、このプレッシャーに耐えられるのだろうか……。
いつか慣れることを願わずにはいられなかった。
そう願うや否や、現時点で教室の中にいるクラスメイト全員が駆け足で私の元へ向かって来た。
私……殴られるのかな……蹴られるのかな……。
そんな不安は、杞憂に終わった。
「実故ちゃん……ごめんっ……」
みんなが、私に謝って来たのだった。
「私達ね、その、実故ちゃんに酷いことしていたって気付いたけど……その時はもう遅くて……もう来ないと思っていた……ごめん。そう言っても、許してくれないだろうけど、本当にごめん、許してとは言わないけど、謝らせて。本当にごめんなさい」
みんなが深く頭を下げる。許す……いや、本当ならば、許しちゃいけないのだろう。そして、私自身、それは分かっている。けれど、竜神様が、皆と仲良くした方がいいと言っていたし、その、確かに、私は周りをよく見ていなかったのかもしれない。たぶん、私にも非はある。
それにしても、こんな光景を見る時が来るなどとは想像すらしなかった。
「すまんっ! 実故っ! あの時、階段から突き落としてしまって……それを、お前が足を踏み外して落ちたことにしちまって……あの時、お前が気絶して、俺、怖くなったんだ。俺、もしかしたら取り返しのつかないことをしちまったんじゃないかって……いや、そうじゃなくて、取り返しのつかないことをしたんだって……多分わかっていたのに。やる前に分かるべきだったのに……その、本当に、すいませんでしたっ!!」
一人の坊主頭の男子が土下座でそう謝って来た。まさか、刈ったのだろうか。って、それよりも、ど、土下座……そ、それは、流石に……。
「あ、頭を上げて、みんな。そ、その、私にも悪いことはあったと思うから……」
私がそう言っても、皆は頭を一向に上げようとしない。えっと、流石にこの光景は……これはこれで、きついというか、なんというか……。
「頭を上げて、べ、別に気にしていないから、ね、ほら、頭を上げて」
何度も頭を上げてと呼びかけるが、やはり上がる頭は一つもなかった。むしろ、投稿してきた人も丼どなた間を下げていくので、目の前の後頭部は増える一方だった。
こ、これ、竜神様のおまじないのお蔭なのかなぁ……というより、それ以外ないよね……。この光景を目の当たりにして、私はそう思った。
本当のおまじないというのは、学生がやる願掛けのような物とは違ってとてつもない効力を持っているようだ。というか、持ち過ぎて、怖いレベル。
その日からいじめられることはなくなった。本当におまじないが怖くなった。もしかしたら、副作用みたいな反動が有るんじゃないかと思った。
たとえば、今、私は竜神様に対して、人間が持つ感情の中で一番不思議な感情を抱いてしまった気がするが……これは、もしかして、おまじないの反動なのではないだろうか。