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コッッッケコッコオオオオオオォォォォオッォオオオオッッッッッ!!!
うるさい。
去年から隣の家の真似をして、鶏を飼い始めたのはいいが、とてもうるさい。想っていた以上にうるさい。
毎朝毎朝、かなりの早朝に鳴いて、私を起こして送れるおかげで、最近の私は、睡眠不足気味です。お爺ちゃんとお婆ちゃんは、もっと早くに起きているみたいなので、あまり影響はないみたいだけど……
5時とか、5時半になったら、鶏たちが全力で私を起こしにかかってくる。いつもは、もう少しゆっくり寝させてほしいなぁ、などと思っていたのだが、今日は不思議と良い目覚めだった。
良い目覚めだと、清々しい気分になる。しかし、その清々しい気分は長くは続かなかった。
今日は、学校に行かなければいけない。やっぱり、行かないといけないんだ。あの場所には……。竜神様も、行けって言っていたし。
「はぁ……今日……学校行かなきゃなぁ……」
自然とため息と弱音が漏れ出していた。
そりゃ行かなければいけないのは知っているし、行かなかったら、竜神様からの評価が少なからず下がるからどうしても行かないと駄目なんだろうけど……。
率直に言ってしまえば、行きたくない。
あそこには、私を必要としてくれる人がいない。むしろ、私を邪魔だと思っている人ばかりだ。
竜神様は、私におまじないをかけてくれた。
竜神様がしてくれたおまじないなので、きっと効果はあるのだろうけど……。やっぱり、本音としては学校には行きたくない。それに、あのおまじない……。
竜神様の顔が迫ってきて、私のおでこに、柔らかい感触を感じた。あのおまじないの光景が強く鮮明に脳裏に浮かびあがった。
顔が熱い。むしろ全身が熱い。鏡を見なくても、顔が赤くなっているのが分かる。
私は、少し落ち着くべきだ。幸い、鶏たちのお蔭で、朝ご飯までの時間はたっぷりある。
ありがとう鶏。
冷静に考えるんだ。私。
あれは、ただのおまじない。あれは、ただのおまじない。
あの柔らかな感触は、唇じゃなくて、胸だったかもしれないじゃないか……って、どんな状況なの、それ。そうじゃなくて……えーと、えーっと……あれも違くて、そうじゃなくて……うーん……うーんっと……
「わああぁぁっ!!」
思わず叫んでしまった。叫んでしまっていた。
「コッッッケェコッッッッコウオオオオオオォォォオォォオオオオオッッッッッッッ!!!!!」
鶏が私の叫び声に返すように、再び雄たけびを上げる。
「わああぁぁああぁぁっ!!」
私は何を思ったか、その鶏へ更に声を返すような形で、叫び声を上げていた。
私は一体何をやっているんだろう……。
私の叫び声を聞いたのか、お婆ちゃんが部屋の戸を開けてキョトンとした顔で言った。
「なにかあったのかい? 見た感じは何もないみたいだけれど……」
「え、いや、な、なにもないよ、お婆ちゃん」
「そうかい、それにしても、今日は随分と顔が赤いみたいだけど、風邪でも引いたんじゃないのかねぇ……今日は学校休むかい?」
まさかの展開。学校を休むチャンスが到来した。
でも、休んでしまっていいのだろうか……。だめ……だよね……。それは、駄目だよ。
「ううん、そんなことないよ、今日は学校行くからね」
言ってしまった後に気付いたが、「今日『は』」と言ったのは、ちょっと失言だったかもしれない。まぁ、お婆ちゃんは気づいていないみたいだからいいけど、お爺ちゃんだったら気づかれていたかもしれない。お爺ちゃんは勘が鋭いからなぁ……学校行く振りをして竜神様のところへ行っていたのがバレるかもしれなかった。危ない危ない。
「そうかい、ならいいんだけど。じゃあ、もう少しで朝ご飯が出来るから、もうちょっとだけ待っていてね」
お婆ちゃんはそう言うと、ゆっくりと台所へ向かって行った。
戸を開けられて、一時的に外の世界と繋がったこの部屋には、炒めものの香ばしい匂いが入ってきていた。
この焦がし醤油の匂いに食欲をそそられる。ああ、今日の朝ご飯も楽しみだなぁ……。