12
足の裏の傷が治り、痛みが消えた頃に、竜神様のところへ向かうことにした。
勉強もずいぶん遅れちゃっているだろうし、竜神様のところに行ったら、頑張って遅れを取り戻さないと。
「行ってきます」
誰もいない家にそう言って玄関から家を出て、竜神様のいる洞窟へ向かった。
今日は、竜神様にいつもの俺も兼ねて、プレゼントを用意した。竜神様の喜んでくれる顔を想像すると、今から楽しみで仕方ない。
本当に喜んでくれるのかどうかは分からないけれど、たとえ喜んでくれなかったとしても、渡せればそれでいい。なんて自己満足。でも、喜んでくれれば、それが一番いい。
ああ、楽しみだな。
竜神様はずっとあそこに住んでいて、外に出ることが全くないらしい。
洞窟にずっと住むのだから必要ないかなと思いながらも、足が治るまでの間、家でずっと竜神様へのプレゼントを作っていたのだ。
確かに、時期はずれなものかもしれないが、手作りのプレゼントというとこれこれくらいしか思い浮かばなかったのだ。だから、お婆ちゃんに作り方を教えてもらいながら、頑張って完成させた。
私は、滝の水飛沫で濡れてしまわないように、手プレゼントの入ったビニール袋の口を丸めて、それを抱きしめながら洞窟に入った。
「なんだか一週間合わないと久しく有った気分になるな」
「竜神様もですか? 私もそう思いました」
なんだかシンパシーを感じる。とても嬉しい。そんなことを思っていてくれたのがとても嬉しい。
「竜神様」
「なんだ?」
「今日はプレゼントがあって来ました」
普段は、建前上、髪への捧げ物貢ぎ物と言う扱いで物を渡しているが、今日は装では無く、日頃から世話になっている者へと、一人の尊敬する保のへのプレゼントとして、物を渡しに来たのだ。
「なんだ、また珍しい要件だな」
初めての要件だ。
「いつもありがとうございます。これ、どうぞっ!!」
ビニール袋から手編みのマフラーを取り出して、竜神様に手渡す。マフラーは露草色の毛糸で編んである。自分的には竜神様にプレゼントしても恥ずかしくないくらい、いや、確かに恥ずかしい事には恥ずかしいのだけれど、それでも、渡せるくらいにはいい出来だと思っている。
「マフラーか? マフラーと言う季節には少し早い気もするんだが……まぁ、そんなことはいいか、どうせここから出るつもりはないしな」
そう言いながらも、竜神様は私が編んだマフラーを首に巻いてくれた。
「どうだ? 似合うか?」
竜神様は、私に笑いながら尋ねた。どこか照れくさそうではあるが、嫌な顔をされるどころか、私の見る限りでは、喜んでくれている。それに、竜神様のあんな顔見た事ない。それが見られただけでも私は、満足だ……。
「えっと、似合ってないのか?」
「いえ、とっても似合っています」
いけない。呆けてしまっていた。
とても似合っている。けれど、それは別に私が作ったからではないだろう。
きっと、誰が作ろうと、何を作ろうと、竜神様に似合うはずだ。竜神様が身に付ければ、身に付けたものにも神々しさが宿る。熱い物に触れれば、触れたものが熱くなっていくように、神聖なものに触れていれば、触れているものは神聖なものに近づくのだ。
竜神様が身に着けているマフラーは、いくら作った本人の納得のいく出来であっても、何年も編み物をしている人とは比べ物にならないくらいちんけな出来でしかないマフラーでしかない。それが、そんなものでさえ、竜神様が身に着けただけで、あたかも祝福された衣類のような神々しさを纏い始める。
見惚れてしまいそうだった。
「そ、そうか、似合っているか。ありがとうな、実故」
「いえ、こちらこそ、貰っていただいてありがとうございます。初めて編んだ物なので、最悪の場合、貰ってくれないかとも思っていました」
「そんなことはない。よほどでもない限り、私がお前からのプレゼントを断るわけがなかろう。単体であっても困る生野菜でさえ、ちゃんと受け取っているだろう。それなのに、お前が私のために作ってくれたものを受け取らないわけがあるまい。本当にありがとう、実故」
竜神様にお礼をされる。滅多にない経験である。女同士のお姫様抱っこなんか比じゃないくらいくらいに珍しい。こんなことを経験したことがある人は、全世界、前時代を見ても、数えるくらいしかいないはずだ。
誠に光栄である。
「まぁ、でも、あれだ、いくらお前からの貰い物を断ることが滅多にないと言ってもだ。生野菜だけは出来るだけ控えてくれ……」
生野菜……貰って困っていたのか……薄々とは気づいていたけど……。だからといって、別に持ってくるのを控えるつもりも更々ないが……。
「む、お前。今、なんか不穏な事を考えなかったか?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
「そうか、ならいいのだ……が、とは言わんぞ」
普段とは違う返しが飛んできた。
「うそつけ、お前、やっぱりなんか考えていただろ、というか、今まで何回もその誤魔化しかたされてきたが、今回は乗ってやらんぞ。これで何回目だと思っているんだ。お前、これでその誤魔化しかたするのは100回目だぞ。祝100回記念だぞ。もしかして、このプレゼントは、そのプレゼントか? 全く私を一体なんだと思っているんだ」
竜神様は、怒るわけでもなく、淡々とそう言う。
「いや、そんなことはないですよ、それより、数えていたんですね、回数」
いままで99回もおなじようなやり取りをしていたのか。なにより、竜神様、普通に気付いていたのかぁ……。
「まぁ、どうせ生野菜を持ってくる回数を減らす気が更々ないとかその辺だろう。そのな、誤魔化すのは別にいいが、もうちょっとましな誤魔化しかたはないのか、あまりにも雑すぎると思うのだが……」
「うーん……次までに新しいの考えておきます……」
次は200回くらい使えるのを考えよう。
何がいいかな、そんなことはないのといった意味の言葉の後に、竜神様を褒めて話から遠ざけることで忘れさせるとかよさそう。今度、試してみよう。
「そうじゃないだろう……」
「……あ、えっと、何か言いましたか?」
かんがえるのに夢中になって気づかなかったが、今、竜神様がなにか言っていた気がする。
「いや、なんでもない」
竜神様はなぜか何かを諦めたかのようにため息をついた。