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―孤港 実故―
私は中学生となっていた。
JCというやつだ。数字も付けるとJC2。中学二年生である。
竜神様とは、もちろん、今も会っている。むしろ名前を知ってもらったことによって、距離が縮まった気がする。
私が通う学校が小学校から中学校へと変わっても、放課後に通う場所は相変わらず森の中にある滝裏の洞窟であった。
「おお、今日も来たか、実故。というか、こんな大雨の中よく来たな」
「ははは、おかげでびしょびしょですけどね」
確かに、今日は土砂降りの雨であったけど、竜神様との約束があったから、ちょっと無茶してでも来たかった。
「別に今日じゃなくともかまわなかったのだけどな。というか、私は別に今日とは言っていないだろう。次に実故が来た時と言ったと思うんだがな」
「だって、そんなこと言ったって、ほぼ毎日来ているんですから、実質、今日の事じゃないですか」
「それはちょっと違うような気もするが、そんなに楽しみなのか?」
「当たり前です」
だって、竜神様との初めての共同作業なのだからっ!!
「うん? 今、なんか変なこと思わなかったか?」
「いや、変なことなんか全く思ってないですよっ!!」
「そ、そうか、なら別にいいのだが」
そう、変なことなど、何も思っていない。
「はいはい、じゃあ、さっそく作っていきましょう」
今日は、竜神様と一緒に料理をする約束をしていたのだ。料理器具は、ここに来るたびに少しずつ持って来て、一通りそろえた。
包丁一本とまな板一枚、フライパンと底の深い鍋を一つずつ、それにカセットコンロ。これだけあれば軽く料理が出来る。菜箸とおたま、箸やスプーンは今日持ってきたのでその辺りも心配する必要は無い。
普段は、竜神様が私に一方的に物事を教えてもらうだけで、竜神様と何かを一緒にするということがまずなかったので、こうやって二人で一緒に一つのことが出来るのが嬉しい。
「で、こんな大雨だったが、米はどうするんだ? たしか、予定では、お前が炊いて持ってくるはずだっただろう」
「えーと、雨だったので、生米持ってきました」
ビニール袋に入れて持ってきた、かなり湿っている、というよりは明らかに浸水している生米を見せる。
「お前……それ、どうやって炊くつもりなんだ?」
「………」
「………」
「……え、っと……そ、そのー……な、鍋……?」
「このアルミの鍋で炊くのか?」
「う、うん……」
「………」
「………」
「米を水に浸して……雨で随分浸っているが、まぁ、浸っていないとみるとして、浸している間、なにをするんだ?」
「えーと、野菜を切ったりしましょう」
「米を炊いている間はなにをするんだ?」
「……お、お話しましょう」
「じゃあ、米を蒸らしている間はなにをする?」
「お、お話を続けましょう……」
「………」
「………」
「その、何だ、調理時間、予定より大分かかりそうだな……」
「そ、そうですね……」
とりあえずは、まず米を炊くことにしたので、生米をアルミ鍋に移す。
「米は磨がなくても良いのか?」
「はい、磨いでから持ってきましたから」
そこは、少しでも時間短縮するようにちゃんと家でやって来た。
「まぁ、でも雨でビショビショだから、一回濯ぎますが……」
「そうか」
「えーと、そこの湧水って使っても大丈夫ですか?」
洞窟の隅の水が流れ出ているところを指す。見た感じは綺麗なので、その水が使えるだろうと水は家から持ってこなかった。
「まぁ、煮沸消毒するし、別に大丈夫だと思うぞ」
「はい、分かりました」
米が入ったアルミ鍋を持って、水の湧き出ている所を目指す。
鍋を持っていたので、足元が上手く見えず、途中で躓いた。が、何とか堪えることができ、転ばずに済んだ。この時に躓かなければ、水の入った鍋を持った時に足元に注意しながら歩かなかっただろうし、躓いて転んでいた可能性が高い。だから、水を入れる前に躓いておいてよかったのかもしれない。例えるなら、予防接種のようなものだ。いや、少し違うかもしれないけど……。
1,2回濯いでから水をくみ、水と米の入った鍋を足元に気を付けながら、竜神様の元へ運んだ。
「この鍋は少しおいておくとして、野菜を切りましょう」
野菜はじゃが芋と人参の二つだけだが、問題ないだろう。
今日作る料理はカレーだ。カレーなら、野菜が二種類だけでも十分美味しく作れるはずだし、屋外で作る料理の定番である。はたして、洞窟の中が屋外なのかどうかは分からないが、そこに竜神様の家のような扱いの建物が有るし、外と言ってもいいと思うから屋外ということにして、やっぱり屋外料理といえばカレー。だから、カレーを作る。
ただ、肉は無い。
具材が、野菜二つのみだ。でもきっと何とかなるだろう。
なんといってもカレーだから大丈夫。絶対に大丈夫だよ。
私がじゃが芋を切っている間、竜神様は特に何をするわけでもなく、ただ私がじゃが芋を切っている姿を見ているだけだった。
「竜神様も切ってください」
「そうしたいのはやまやまなんだが……お前、何かに気付かんか?」
「えっ……」
まさか、この洞窟に招かれざる客がっ……。
「いやいや、なんかきょろきょろとしているが、別に誰かが結界内に入って来たというわけではないぞ、そもそも実故がここにいる時点で、ここには誰も入って来られんはずだ。もう少し視点を狭めてみろ。実故は自分の周りを見て何か思わんか?」
えーと……?
「いや、首を傾げられてもな……じゃあ、お前の周りを見てから、私の周りを見て見ろ」
私の周り……手に包丁。そして、目の前にまな板。
竜神様の周り……何もない……何も。あ、そうか。包丁とまな板が一つずつしかない。
「気づいたようだな。お前、私と一緒に料理をすると言っていたが、調理器具が一人分しかないだろう」
よくよく考えれば、調理器具は2セット必要だった。なぜ調理器具を持ってくるときに気付かなかったのだろうか。というより、調理を始めているのに、指摘されるまで器具かなかった。
このままじゃ、初めての共同作業が出来ずに終わってしまう。それはどうしてでも、避けなければっ……!!
「野菜くらいならば、頑張ればこの刀で斬れるだろ。少し野菜をこっちに寄越せ、私が切ってやる」
なんか切るというニュアンスが違うような気もするが、せっかく切ると言ってくれているのだし、横にある人参を数本取って、竜神様に渡した。
「まな板は……別になくてもいいか……」
竜神様は部屋から刀を持ってきて、色々と走力されている鞘からと刀身を抜いた。小学生の時やその前は気が付かなかったけど、その刀は鑑賞用だったり、儀式用だったりして、切れるには切れるだろうけど、実際に使用するものではないのでは……しかも、鞘は宝石で装飾されているし、刃はやたらに鋭くて綺麗だし、それに、保存状態の良さ……まさか国宝級なのではないだろうか……やめよう。考えないようにしよう。考えないことにしよう。竜神様の持ち物だし、竜神様本人が切るって言っているんだから、私は悪くない。
「うーむ、なかなかと切りづらいな。地面がでこぼこなのもあるが、やはり、刀身が長すぎて切りづらいな」
竜神様は人参を地面に置いて、その上に刃を当てて上から力をかけることによって人参を切っていた。実に切りにくそうである。それ以上に、刃が心配である。でも、その子とは考えないことにしているから考えない。
「せめて、まな板があれば多少は切りやすくなるんでしょうけど、段ボールとか木の板とか、代わりになりそうなものも見当たりませんしね」
私は、辺りを見渡してみたが、やはり、まな板になりそうな平べったい物はなく、少しため息をついて、下を見た。
………。
…………私はまな板じゃないからね。
ちゃ、ちゃんと最近膨らんできたもん。まな板じゃないもん。って、そうじゃなくて、私が今使っているまな板を竜神様に渡そう。少しは切りやすくなるだろうし、やっぱりあの刀が地面に当たって、刃がかけてしまったら大惨事である。考えない考えないと言っても、避けられるリスクは避けるべきだ。
「竜神様、これを使ってください」
私は、まな板を持って竜神様のいるところまで歩いて近づいた。
「おお、使ってもいいのか」
「わっ!!」
私は、後ろに腰をついて倒れた。
中としては、竜神様が持っている刀の切っ先がきゅにこちらを向いたからである。そして、今、刀の答申は、先ほどまで私の喉があった位置にあった。
「おっと、すまんすまん」
「あ、危ないですから、刀を持って振り向くときは、腕ごと振り向かないでください」
もう少しで喉元そ突き刺されるか、頭と胴体がきりはなされるところだった。本当に死ぬかと思った。確かに、今日肉を持ってくるのを忘れたけど。私の名前も教えたけれども。このタイミングでカレーにされて食べられるのは嫌だ。
あれ、もしかして、本当に食べようとしていたのだろうか。
………。
そんなことないか。そんなこと、ないよね……?
「いやぁ、本当にすまないな」
竜神様は、刀を下ろして地面に置いた。
「本当ですよ、もう少し後ろに倒れるのが遅かったら死んでましたよ。今まで生きてきた中で、一番死の近くまで生きました。もう、死の一歩手前でした」
非常に怖かった。もしかしなくても、人生で一番の恐怖体験であった。
私は、また板を渡すため、立とうとした。
「あれ」
しかし、立てなかった。
「んっ……」
立てない。
身体に力が入らない。
「なんで?」
どうしたものか、私の体は全ての力が抜けてしまったかのように、脳からだされた指令を全く聞いてくれなかった。
「大丈夫か、実故、腰でも抜けたのか?」
竜神様が腕を差し伸べてくれた。けれど、方もどうやらうまく動いてくれない。手が伸びない。
「す、すいません、なんか身体が上手く動かなくて」
「……まぁ、私が悪いのだしな……お前は私の部屋で休んでいろ……と言っても、悪後家ないのか……」
結局、共同作業が出来るかどうか怪しくなってしまった。はぁ、いつになったら身体が動くようになるんだろう。
「うーむ……よし」
「あっ……」
私の視点は急に高い所になった。
竜神様に持ち上げられたのだ。それも、漫画ではよく見るが、現実では全く見たことのないお姫様抱っこである。
初めてのお姫様抱っこである。お姫様抱っこされたことのある女性はどれくらいいるのか分からないが、女性にお姫様抱っこされた女性はきっとそんなに沢山はいないだろう。
「あの、その……私、重くないですか……?」
「そんなことないぞ、むしろ軽いくらいだ」
竜神様は結構力持ちのようで、そんなことを言った。
「お前、本当にご飯をちゃんと食べているのか?」
「たべていますよ、今日だって一緒にご飯を作って、一緒にご飯を食べに来たんですから、普段から食べていないわけないですよ」
「そうか? なら、別にいいのだが……」
私は、ご飯をおかわりすることを未だにほとんどできていないが、頑張れば、一杯半くらいは食べられるくらいには成長した。
「ほら、ここで横になってろ」
竜神様は畳の上に私を下ろして、横にさせてくれた。
「体が動くようになってから、ゆっくり来るがいい」
竜神様はそう言うと、扉を閉めて外に出て行った。
「……くしゅんっ……」
突然、くしゃみが出た。
寒い。
すごく寒い。
よく考えたら、雨に濡れっぱなしで、身体を拭いたり、服を乾かしていなかったんだ。服がビショビショなせいで、3割増しで寒い。早く乾かしたい。
少しずつではあるが、身体に力は戻ってきていた。服を脱ぐくらいの力ならあるかもしれない。とりあえず服を脱ごう。この部屋は洞窟の中にあるにもかかわらず不思議と温かいので、濡れた服を身に纏っているより、裸でいた方が暖かいはずだ。
力の入らない手を震わせながら、ブレザーのボタンを外していく。ある程度力が入るようになったからと言って、いつも通り動くようになったわけではなく、身体はあまり言うことをきいてくれないので少し外しにくい。それでも、なんとかブレザーのボタンを外し終え、ブレザーの袖から腕を引っこ抜き、床を転がることでそれを脱いだ。次にYシャツのボタンに手をかけ始めたのだが、ブレザーよりもボタンが小さく、外しにくかったため、ブレザーよりも、さらに時間が掛かった。そうして、ボタンを外した後、これまたブレザーよりも袖が細く、更に濡れているのもあって、時間が掛かったが、右へ左へ転がって、袖から腕を抜き、その後、ブレザーと同じ方法でそれを脱いだ。最後に、スカートの欲くそ外して、下ろしていく。こちらは、上を脱いでいるうちに、身体が大分いうことを訊くようになっていたのもあり、意外と早く脱ぐことが出来た。
スポーツブラとパンツも脱ごうかと思ったが、流石に恥ずかしいのでやめておくことにした。
やはり、濡れた服を着ているよりも、下着姿の方が暖かかった。
少し眠い。
今日を楽しみにするあまり、ほとんど寝れなかったという、小学生のような失敗をしてしまったのもあって、ものすごく眠い。
竜神様が料理をしているし、何より、こんな姿を竜神様に見られるのは恥ずかしいから、寝るのは駄目だと思って、目を閉じないようにするが、それでもまぶたは下に下にと落ちてくる。それに抗ってはみるものの、いつの間にかまぶたは完全に落ち切ってしまい、視界は真っ黒となる。しばらくは意識も感覚も残っていたが、身体は全くいうことをきいてくれず、まるで金縛りにあったかのようだった。
起きろ、起きろと体に言い聞かせて、閉じてしまった眼を開くと、私は布団の中にいた。
「えっ……夢……?」
いや、違う。この部屋は私の部屋じゃないし、まず私は普段ベッドで寝ているので、その時点で既に夢ではないことが分かる。
私は、どうやら寝てしまったようだ。感覚としては、まだ目を閉じてから一分も経っていないはずなのだが、実際は違うらしい。恐らくだが、竜寺院さんが布団を出してくれて、私を寝かせてくれたのだ。
外からカレーの匂いがする。
起きた時にご飯が出来ていると、とても幸せな気分になる。
どうやら、身体はもう自由に動かすことが出来るようだ。私は布団から出て、立ち上がる。いつもよりこころなしか体が軽い。
扉を開けて、部屋の外である洞窟内に出る。やはりこの社の中はかなり暖か賀田町で、外に出た瞬間、体中が冷え渡っているような寒さを感じた。季節としては秋だが、感覚としては限りなく冬に近い時期なので、ものすごく寒い。
「竜神様、すいません、寝てしまったようです」
「ああ、別にいいんだ」
竜神様は皿にカレーを盛っていた。
カレーを皿に盛っているのはいいが、カレーを盛られている皿は、私が寝る前まで部屋にあった巨大な飾り皿であった。
竜神様は物の価値が分かっているのだろうか。きっとその飾り皿も相当な価値があるはずなのだけれども。
「その皿を使うんですか?」
「ああ他に皿が無かった物でな。致し方あるまい。まぁ、表面にラップ代わりの薄い結界を張っておいたから、皿に直接触れる訳ではない。衛生面は心配するな」
私が心配しているのはそこじゃないのだけれども。でも、直接触れていないのならば、皿にカレーの匂いが付いたり、傷がついたりもしないはずなので、きっと皿の価値は下がらないで済むだろう。
「竜神様、カレー作れたのですね」
「と言っても、レシピ通りに作っただけだがな」
カレールーの箱の裏面を指差しつつ竜神様はそう言った。
「それよりも、実故」
「はい、何でしょうか?」
「お前は服を着ないのか?」
「えっ……あっ……」
私は竜神様に言われて、視界を下に移して、初めて自分が全裸であることに気付いた。寝る前は下着姿だったはずだったので、竜神様が脱がせたということになるが、脱がされていなかったとしても、きっと、私は下着姿でここへ出てきていたのだろう。
それにしても、なんで全裸? 竜神様は私が寝ている間に一体何をしていたのだろうか。本当に料理をしていたのだろうか。じゃが芋と人参でh無く、その……わ、私のことを……りょ、料理していたのだろうか。
「あの……えっ……と、その、私の下着を知りませんか……?」
両腕をうまく使って、胸と股をできるだけ隠しつつ、竜神様に尋ねてみた。
「布団のそばに服と一緒に置いておかなかったか? ああ、もしかして、乾いていなかったか? 乾燥術式とかそんなに使うタイミングがないから、上手くいっていなかったかもしれん」
「え……?」
私は振り返って、扉を閉め忘れたようで、開け放しだった社を見る。
「あ……本当だ……」
竜神様が、服と下着は布団の横に置いてあると言うので、見て見ると、確かにそこに制服と下着は置いてあった。
私は、社の中に戻り、着替えるために、というより恥ずかしいので、扉を閉めた。
なぜ気づかなかったのだろう。私は少々抜けている所があるのかもしれない。周りから言われる度に否定していたのだが、これからはちょっと否定しづらくなってしまった。自分が全裸だということに気付かないというのに、抜けていないと言い張る自信は私には無い。
服を触ってみると、確かに乾いていた。竜神様はたまに不思議な術を見せてくれるのだが、大体、地味なものばっかりで、ぱっとしないものが多かった。実用性がかなりあるのは間違いないのだけれども……。
今度は制服をちゃんと身に着けてから外に出た。
「どうだ? やっぱり乾いていなかったか?」
「そんなことはありません。しっかり乾いていました。乾かしてくれて、ありがとうございます」
「そうか、なら良かった、じゃあ、そろそろカレーを食べるか」
「はい」
竜神様が作ってくれたカレーは、何の変哲もない普通のカレーであったが、巨大な皿の上に炊いたご飯全てと作ったカレー全てが盛られていて、視覚によってだけでも、かなり胃が膨れる。2合半のご飯の山は、普通の茶碗でおかわりも出来ない私にとっては、お米で出来た大きな山脈のような物であった。
「ほら、お前が持ってきたスプーンだ」
竜神様にスプーンを手渡される。
「いただきます」
「いただきます」
竜神天がいただきますと言ったのに合わせて、私もいただきますと言い、巨大な飾り皿に盛られた大量のカレーライスに手を付け始める。
皿がこれ一つしかなかったというのもあると思うが、今日作ったカレーとご飯が全て盛ることが出来るくらいにこの皿が大きかったのもあって、竜神様は右がカレー、私は左がカレーとなるような形で向かい合いながら、一つの皿のカレーライスを食べていた。
裸を見られたせいなのか、凄まじい恥ずかしさに襲われ、竜神様の顔を見ることが出来ない。
「どうした? もしかしたら、風邪でも引いたのか? いや、引いたとしてこんなにすぐに症状は出ないか……じゃあ、何か悩み事でもあるのか?」
竜神様の表情を窺おうと思い、目線を竜神様に向けると、どうやら竜神様もこち路の顔を見ていたようで目が合ってしまった。その瞬間恥ずかしさに襲われて、すぐに視線をカレーに戻してしまった。大丈夫だろうか、変に思われていないだろうか……。
「大丈夫か?」
「は、はいっ!」
思いのほか大きな声が出た。
恥ずかしさのあまり、心拍数が上がっていくのを感じる。ああ、穴が有ったら入りたい。ここは洞窟だからもう入っているようなものなのかもしれないけど、更に穴に入りたい。穴に入って蓋を閉じて、しばらくそこで生活したい……。
「全然、箸……いや、スプーンが進んでいないが、このカレーは美味しくないか? だとしたら、すまないな。料理はかなり久しぶりなものでな、最後にしたのは、数えようと思えば、百年単位で数えられるくらい前だからな、調理法も全く違うし、少々失敗したかもしれない」
「い、いえ、そんなことはないです。カレーはすごく美味しいです」
うん、カレーは美味しい。竜神様の顔が見られないだけ。恥ずかしくて。
「そうか、なら別にいいのだけどな。お前、顔が赤いぞ、熱でもあるんじゃないか?」
私は自分のおでこに手を当てて、温度を確かめるが、普段となんら変わらない温度だ。それもそのはず、だって、恥ずかしいだけなのだし。顔が赤くなっていると知って、余計恥ずかしい。また赤くなってないかな……。
「大丈夫です。熱は無いみたいです」
私は、一体どうしてしまったのだろう。
自分がどうなっているのか、自分でも分からない。
気づけば、竜神様はカレーライスを半分食べていた。対する私は、全体の一割くらいの量しか食べていなかった。残りの4割のカレーライスは、半々に分けると考えるなら私の文なのだろうけど、正直なところ、もうお腹が一杯である。一杯なのはお腹だけじゃないかもしれないけど、色々といっぱいいっぱいなのだ。
「ほら、食べないと、私が食べてしまうぞ」
「……どうぞ、私、お腹一杯で」
この山盛りカレーを見ているだけでも、十分お腹が一杯になる。そんなお腹がもっと膨れていく気がするので、どこか別のところを見ようとしたのだが、いつものように竜神様の顔を見ていることは出来なかったので、ご飯を炊くときに使った水が湧き出ている場所を意味もなくじっと見ていた。
「そうか、薄々とは気づいていたが、お前、やっぱり少食だったんだな。と、言っても、私が思っていた以上のかなりの小食だったが……」
竜神様はカレーを食べながらそう言った。
「あの、少し竜神様のお部屋で休んでもよろしいですか?」
「やはり調子が優れないのか? まぁ、お前ならあの部屋を自由に使っていいから、好きに休め」
私は、竜神様の社の中で、少し横にさせてもらうことにした。
きっと、体調が悪いんだろう。少し眠れば治るはずだ。
私は、人の家で、人の部屋で、人の布団の中で寝るのは図々しいなと思いながらも、もう一度眠りについた。
次に目が覚めた時は、普通に竜神様の目を見て話すことが出来たので、やっぱり調子が悪かっただけだったのだろう……たぶん。