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コイン・ランドリー

 連日の雨で、洗濯物が干せずに困っている。このままでは、着るものがなくなってしまう。

「しょうがない、コイン・ランドリーで乾かしてくるかな」洗い終わった洗濯物をショッピング・バッグに詰め、わたしは出かけた。

 向かった先は、いつも行くスーパーに隣接したコイン・ランドリー。広くて、設備も新しい。

 入ってみれば、洗濯機も乾燥機も、1台残らず稼働している、という状況だった。長イスには、ずらっと人が掛けている。空くのを待つ客達だ。

「うわぁ、すごい混んでる。考えてることは、みんな同じなんだなぁ」自らを省みて、溜め息混じりに感心する。

 この分だと、相当待たされそうだ。けれど、引き返すのも面倒。

 入り口そばの傘立てに傘を置くと、ショッピング・バッグを抱えたまま、長イスの隙間へちょこんと座らせてもらう。


 室内は、洗剤の香りと乾燥機の匂いでむんむんとしていた。誰もが黙りこくった中、あっちからもこっちからも、ガタタン、ゴトトン、という機械音ばかりが聞こえてくる。早く帰りたいという思いが無意識に出るのか、つい出口の方ばかりへ目が行ってしまう。

 外では、冷たい雨がシトシトと降り続いていた。

(あーあ、退屈だなぁ。携帯ゲーム機でも、持ってくればよかった)わたは心の中でつぶやく。億劫なRPGのレベル上げでさえ、こうしてぼーっと待っているよりは、ずっと楽しい作業に思えてくる。

 般若心経でも唱えてみようか。

(かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく  しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき――)

 もう、終わってしまった。ここまでしか知らないいんだよなぁ。


 ピーピー、ピーピー、とブザーが鳴り響く。端から3番目の乾燥機がカタカタと力尽き、やがて完全に止まった。

「終わった、終わった。ヒャッホーイ!」背広姿の中年男性が、素っ頓狂な声を上げ、ホップ、ステップ、ジャンプで乾燥機の前へ躍り出る。ドアを開け、ナイロンの袋に次々と放り込んでいく。

 べつに見るつもりはなかったけれど、もう少しで声を出すところだった。

 女性用のパンツだとかブラなど、およそ縁のなさそうなものばかり。

(まさか、自分で履くんじゃないよね……)たぶん、奥さんに頼まれたものなんだろうけれど、なんだか想像力をかき立てられてしまう。

 さらに、わたしの視線を釘付けにする洗濯物が現れる。なんと、ニットのセーター、高そうな革ジャケット、もふもふの白い毛皮!

(あんなの乾燥機なんかにかけちゃったら、大変じゃん)人ごとながら、ハラハラと見守る。

「らんらん、ららる~っ」残らず袋に入れ終わると、ご機嫌な足取りでランドリーを出て行った。

「やれやれ、帰ったら奥さんにさんざん叱られるぞっ」そう、口の中でつぶやく。


 それからほどなくして、今度は洗濯物が洗い終わる。長イスから立ち上がったのは、落ち着いた感じの熟年女性だ。さっきの男のようにスキップもせず、しずしずと足を運んでいく。

(この人はまともそうだ)わたしは安心して、目を伏せた。

 洗濯槽から洗い物を取り出す音がする。さっき空いた乾燥機は、次の順番の人がすでに使用中なので、そのまま待つのかな、などとぼんやり思う。

 けれど、席に戻らず、出口へ歩いて行った。

(もう少し待てば、真ん中のが終わるのに)そう思って、女性を目で追う。

 今さっきと、服装が違っていた。変だな、ともう1度よく観察して、違和感の正体に気付く。

 洗い終わったばかりの衣類を、元々着ていた上から重ね着しているのだ。かっぽう着も前掛けも、ブラウスまで、みんな!

 おかけで、すっかり着ぶくれしてしまっている。だいいち、まだ湿ったままだろうに。

 足下へ目を移すと、無理やり着込んでギュウッと絞られたため、水が滴っている。下着など、きっとびしょびしょに違いなかった。

 それなのに、しっかりと傘など開いてから外へ行く。


 また、乾燥機が止まった。

「ふう、やっと終わった」低学年くらいの女の子が言う。駆け寄って、ドアを開く。中では、クマの縫いぐるみがパンパンに膨れていた。「クマコロさん、きれいさっぱりしたねっ」

 頭だけでも、酒樽ほどある。引っ張り出すのに、1人じゃ手間取るだろうな、手伝った方がいいのかな、などと思案するわたし。

 けれども、心配は無用だった。

 クマコロは、「うん、身も心もサッパリンコさっ。今晩は、あんたとふっかふっかで眠れるねっ」

 のんきな声で、自ら躙り出てきた。

「帰り、濡れちゃうと行けないから、レイン・コート持ってきたよ。ほら、特大のやつ。傘だと、横から雨が吹き込んでくるしさっ」女の子がリュックからレイン・コートをだして、クマコロに手渡す。

「わーい、うれしいなっ。うちに帰るまで、パリッパリのまんまだぞっ」

 2人、いや、1人と縫いぐるみは、おそろいのレイン・コートを着込んで、仲良く帰っていった。


 ドアの開いたままの乾燥機を見つめていると、すぐ隣の人が、わたしに話しかける。

「あのう、次はぼくの番だったんですが、あいにく時間がなくなってしまいました。そんなわけですから、あなたがお使い下さい」

「あ、はい。ありがとうございます」わたしは思いがけない幸運に感謝し、席を立った。

 ショッピング・バッグの中に手を差し入れたわたしは、「むっ、これはっ」と呻いた。湿った洗濯物とはとうてい思えない、何か別のものが指先に触れたのだ。

 その1つを取り出してみて驚いた。

「こりゃ、ジャガイモだ」袋を覗くと、残りも全部同じである。「うっかりして、洗濯物の代わりにジャガイモをごっそりと持って来ちゃったんだ」

 背後では、イライラと順番を待つ客の視線が突き刺さる。もたもたしていれば、それだけ空気が張り詰めるだけだ。


 振り返って、次の客に言う。

「乾燥機、お先にどうぞ。考えたら、洗濯がまだでした」

 わたしは、空いたままの洗濯機の前に立ち、ショッピング・バッグのジャガイモをすっかり中へ開けた。

 仕方がない、今日はジャガイモだけ洗って帰ろう。

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