表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/234

隠れんぼ

 真っ暗闇の中で、わたしは息を潜めてじっとする。

(怖くない、怖くない。目をつぶっちゃおう。もし、お化けが現れたとしても、見なくて済むようにっ)わたしは、口の中でそう繰り返した。本当のことを言えば、今すぐにでも外へ出たかったのだ。暗い場所や狭い所なんて、大っ嫌い。

 それにしても、今、自分は目をつぶっているのだろうか。それとも、まだ開いたままかなぁ?

 ガタガタッと音がして、いきなり明るい光が差す。思わず目を開いてしまい、眩しさのあまり、顔を背けてしまった。

「むぅにぃ、見ーっけ」同じもも組の友達、桑田孝夫がニコニコしながら、わたしを指差す。

「ふう、見つかっちゃった」見つけられたことは悔しいけれど、押し入れから出られてホッとした。

「あとは、志茂田だけだな」桑田は、ふんっと鼻を鳴らす。ずいぶんと気合いが入っているなぁ。

 けれど、志茂田は隠れんぼの名人だ。手強いぞ。


 居間に行くと、とっくの昔に捕まった中谷美枝子が、退屈そうにテレビを眺めていた。

「あ、むぅにぃ。あんたも、とうとう捕まっちゃったんだ。どこに隠れてたの?」

「押し入れの中」わたしは答える。

「へー、真っ暗だったでしょ。平気だった? あんた、暗がりが怖くないの?」中谷は意外そうな顔をした。

「そりゃ、怖かったけどさ。でも、あそこなら見つからないかもって」

「あたしだったら、絶対嫌だなあ。いくら、桑田に見つけられるのが不名誉だって言ったって」中谷は口をとんがらせて言う。真っ先に見つけられたことが、よほど不服と見える。

「あとは志茂田なんだけど、手こずるんじゃないかなぁ」わたしは予測した。

「そうね。あの人、頭いいから。たぶん、桑田の方が先に根を上げて、降参すると思う」


 どこか別の部屋で、桑田が探し回って歩く音がする。あちこち、扉を開けてみたり、また閉めたり、時には、ぶつくさと声まで聞こえてきた。

「志茂田の奴、どこへ隠れてやがんだ。おーい、志茂田ーっ。お前、どこにいるんだーっ?」

 中谷が呆れたように言う。

「ばかだよね、あいつ。隠れてるのに、返事なんかするわけがないじゃないの」

「今度、桑田が隠れる番になったら、『おーい、桑田ーっ』って、呼んでみようか」わたしはクスクスと笑った。

「案外、『おーっ』とかなんとか、返事しちゃうかもね」ぷっ、と中谷まで吹き出す。


 時々、わたし達のいる方までやって来て、

「なな、志茂田、見かけなかった?」と聞いてきた。

「見るわけないじゃん」わたしは言下に言う。「最初に隠れた場所からは移動しない、それがルールだったはずだよ」

「そうよ。そろそろ、あきらめて降参した方がいいんじゃない?」中谷も口を揃える。

「ばか言え、おれは絶対に見つけるぞ。この家のどこかにいるのは確かなんだ。見つからねえはずはねえっ」

 桑田も強情だからなぁ。こうなると、もう桑田と志茂田の根比べだ。

「志茂田が最後まで見つからない方に、缶ジュース1本賭けるよ」わたしは桑田に申し入れる。

「じゃ、あたしも」中谷がそれに便乗した。

「よーし、いいだろう。おれが勝てば、お前らから2本もらえるんだな?」

「そうだけど、あたし達が勝つ公算が高いと思う。その時は、あんたが、あたし達に計2本、奢るんだからね?」


 さらに30分もの間、桑田は家中を嗅ぎ回った。浴槽の中、床下収納、2階の物置部屋、しまいには洗濯機の中やバケツのフタまで開けて確かめだす。

 感心することに、それでもなお、影すらも見あたらないのだった。

 そのうち、わたし達まで心配になってくる。

「志茂田ってば、本当にどこで隠れてるんだろう。もしかして、家に帰っちゃったとか」

「それはないと思うよ」中谷が否定する。「家の中だけってルールだったでしょ? 規則とかそう言うこと、あの人はキチンとしてるもん」

「まるで、神隠しにでも遭ったようだよね」われながら思いがけない言葉が出た。自分で言ったクセに、なんだかゾクッとしてしまう。

「ま、まさか、そんな……」心なしか、中谷の顔色がいつもより白い。


「ねえ、中谷。ここ、中谷んちなんだし、どこか思い当たる場所とかないの?」不安になってきたわたしは、そう尋ねた。

「たぶん、この家に1番詳しいのは、今もドタン、バタン、歩き回っている桑田だと思う」中谷は肩をすくめる。

「そろそろ、みんなで探した方がいいような気にならない?」

「あんた、まだ神隠しだとか言うの?」怯えたような顔で言う。「みんなが帰ったあとも、あたしはここに残るんだからね。怖いこと言わないでよ」

「ううん、そうじゃなくってさ。すっごく窮屈な場所に入り込んでしまって、出たくても出られないとか」

「大変っ! だとしたら、すぐに助けなくっちゃ」


 わたし達は桑田を呼び寄せた。

「志茂田に何かあったのかもしれないんだぁ。ここは、みんなして探すことにしようよ」

「あり得るな。あいつのことだから、無茶して悲惨な目に遇ってるのかもしれねえ」さっきの約束は放棄し、一致団結して探索することになった。

「まずは、呼んでみましょうよ。あたし達が呼べば、返事をするかもしれない」中谷は、部屋中に聞こえる声で志茂田の名を呼んだ。

 途中からわたしも加わり、2人してしばらく叫ぶ。けれど、いっかな応答がない。

「桑田、あんたも呼んでみなさいよ。もう、隠れんぼはおしまいだって」

 中谷に促され、桑田も渋々うなずく。

「おーい、志茂田ーっ。降参だ。おれの負けを認める。だから、もう出てこいよーっ」

 うんともすんとも言わない。


 すっかり疲れ果て、3人して背中をくっつけてへたり込む。 

「志茂田か……」桑田がつぶやく。「そう言やあ、志茂田ってどんな奴だったっけ?」

「えっ? 何言ってんの桑田。志茂田は――えっと、あれ……?」わたしは、持てる記憶をかき集めて、懸命に思い出そうとした。顔形どころか、背格好すらも浮かんでは来なかった。

「志茂田って、同じ幼稚園だった?」中谷までもが、そんなことを言い出す。

「いや、そんな奴、いなかった気がする。うん、やっぱ、いなかったな、そんなの」桑田がついに断言した。

「じゃあ、どこの誰だって言うのさ」わたしは落ち着かない気分になる。

「どこの誰でもないんじゃない?」と中谷。「そうよ、そんな子、初めっからいなかったんだ」

「そうか、いなかったのかぁ」わたしの中で、もやもやが晴れていく気がした。どうりで見つからないわけだ。

「おれたち、いもしない奴を一生懸命になって、探してたってわけか」

 桑田が口元を可笑しそうにゆがめる。

 中谷とわたしも、釣られて笑い出すのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ