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内職をする

 わたしは、中谷美枝子の家に向かっていた。これから一緒に、内職をするのだ。

 モニター付きのインターフォンを鳴らす。

「あ、むぅにぃ、いらっしゃい」中谷が画面越しに応対する。

 玄関が開き、中谷が顔を出す。袖口に、黄色い花びらが付いていた。材料の一部だ。

「先にお茶をして、それから始めましょうよ」

「賛成っ」

 居間のテーブルには、中谷ご自慢のシフォンと、カップが用意されていた。

「コーヒーでよかったっけ?」中谷が尋ねる。

「うん」

 わたしの前にコーヒーの入ったカップを置くと、自分にはダージリンを注いだ。


 コーヒーをすすりながら、わたしは聞く。

「もう、だいぶはかどった?」

「ううん、まだ始めたばっかり」中谷が答えた。「箱も、10あるうち、1つしか開けてないんだ。1人で眺めてると、あまりの量に、絶対しょげかえっちゃうだろうから」

「うん、わかる。うちもおんなじ。退屈な作業って、みんなで楽しくやらないと飽きちゃうよ」

 夕べ、材料が届いて、すぐに中を開けた。ぎっちりと詰まっているのを見て、これから費やすであろう、膨大な作業時間を、うんざりと思い浮かべたものだ。

「さあ、残りのケーキを食べ終えてしまい、もくもくと始めますか」中谷は、大皿にあるシフォンケーキを、わたしと自分の小皿に取り分ける。

「そうなんだよね、おやつを食べに来たんじゃないんだった、今日は」

 わたしも、いくぶんピッチを早めて、ケーキに取りかかった。


 中谷の部屋の片隅には、材料の入った箱が山と積まれていた。中ほどには白いクロスが敷いてあり、口を開けた箱が1つ、無造作に置いてある。

 向かい合うようにして並べられたクッションの1つに、中谷はドスンと座った。

 わたしも、もう片方のクッションに腰を落ち着かせる。

「この箱を空けちゃうから、できた分はこっちに詰めちゃってね」中谷は、箱を逆さにして、材料を残らず出した。

「じゃあ、初めようっか」わたしは、材料をごそっと手元に引き寄せる。薄緑をした「茎」、「がく」、カラフルな「花びら」だった。

 まるで造花のようだが、どれも本物の花である。それも、これから春の町中を飾る、「生きた花」なのだ。


「1輪に付き、1円かぁ。悪くはないと思うんだけどさ」手先を動かしながら、わたしは言う。「でも、千本単位でしかお金がもらえないっ言うのがねぇ。だって、999本目で嫌になっちゃったとしても、たった1本のために、それまでの分がみんな、無駄になっちゃうんだから」

「あと1本くらい、作っちゃえばいいのよ」中谷はそう言って笑った。 

「こっちがやる気だったとしてもさぁ。もしも、手持ちの材料があと1本、どうしても足りなかったらどうする? あり得るじゃん」

「あら、その場合は、完了分ってことで、バラでも引き取ってもらえるだよ。あんた、知らなかったの?」

「なーんだ、そうだったのか。心配して損した」

 そう言えば、去年もそんな明細をもらった気がする。

「それに、あたし達、共同で作業してるでしょ? 今日はうちだけど、明日はむぅにぃ、あんたんちでするじゃない。最後は端数が出るかもだけど、そんなの、微々たるものだと思うな――はい、1つできたっと」中谷は、ピンクの「デイジー」を1本仕上げ、箱の中に投げ入れた。

 

 この内職は、町の自治会からの依頼で実施されている。毎年、この時期に、春の花を中心に「花作り」が行われるのだ。

 申請すると、10箱入りで材料が届けられる。1輪につき1円、全部で3万本あるので、すべて作業し終えれば3万円がもらえた。

「3万円って、けっこう大きいよね」とわたし。

「そうだよねー。でも、期限が2月いっぱいだからさ、割と脱落者が出るみたいだよ。半分しかできなくって、1万5千円、とか」

「作業は難しくないんだけど、何しろ退屈だしね」

「桑田の奴、去年なんか、2口も申請したんだって。20箱だよっ? しかも、1人でやろうとしたんだけど、結局、途中で飽きちゃって、2千円にしかならなかったんだって」

「ばかだぁっ」わたし達は大笑いをした。欲をかくと、ろくなことにはならない。


 材料は種類が豊富で、できる花も100を軽く越える。ただし、花、茎、葉、それぞれの組み合わせはキチンと決まっていて、違い種類の花同士ではくっつけることはできなかった。

 そうでなかったら、大変なことになる。例えば、ヒヤシンスの茎から、クロッカスが無数に生えた花など、品種改良もしていないのに、無秩序な品種が誕生してしまう。

「プリムラ・ジュリアン、完成っ」わたしは箱に落とした。「でもさ、自分だけの花が作れたらいいと思わない?」

「例えばどんな?」中谷が指を止めて聞く。

「チューリップの花が、フリージアみたいに並んで咲いたりとか」わたしは心の中に思い描いた。

「うーん、悪くないとは思うんだけど、見慣れてないせいかなあ、なんだか気味が悪いよ」そんな感想が戻ってくる。

「そうかなぁ。じゃ、スイセンがスズランのように鈴なりっていうのは?」

「それ、スノードロップにちょっと似てない? って言うか、こんなことしてる場合じゃないよ。ちゃっちゃと手を動かさなきゃ」


 わたし達の作った花は、町内の倉庫へと集荷される。そこで、種類ごとに選別され、各区画の「お花当番」へ回されるのだ。

 お花当番は、開花日がやってくるたび、街路脇や公園、時には手つかずのままの空き地に、花を植えていく。

「お金をもらえるっていうのは確かに魅力的だけどさ、もっといいこともあるよね」わたしはふと思った。

「例えば、どんなこと?」

「自分達の作った花がさ、待ちのあちこちで咲いてるなんて、なんだか楽しくなってこない?」

「あたしの作った花かあ」中谷は、作りかけの赤いアルメリアを見つめる。「人知れず、ひっそりと咲いてるかもしれない。せっかく植えられたその日のうちに、カラスにつつかれて散ってしまうかもしれない。でも、誰かがちらっとでも見てくれたり、和んでくれたりしたら――」

「きっと、見てくれるって。そして、喜んでくれるはずだよ」わたしは真剣になって言った。

「うん、そうだね。あんたの言う通り、あたしもなんだかワクワクしてきちゃった」

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