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縁日を楽しむ

 「3」の付く日は縁日だ。

 この日は、中谷美枝子と志茂田ともるの3人で繰り出していた。

「屋台を眺めているだけで、なんだかワクワクしてきちゃう」中谷が、目をあっちへこっちへと移しながら言う。

 参道の石畳はとりどりの光に彩られ、ごった返す人々で賑わっていた。

「氏神様の境内って、ふだんはしんと静まり返っていて淋しいのに、まるで別の場所に来ちゃった気がするね」わたしも、鼻をふんふんと鳴らしながら言う。

 辺りは、焼きそばのソース、たこ焼きの小麦を焦がした匂いがプンプンと漂い、それらが入り交じって、単品の時の何倍もおいしそうに誘っていた。


「わたしは、大阪焼きというものに挑戦してみようと思いますよ」志茂田が意を決したように言う。

「ふつうにお好み焼きを食べたら? 似たようなもんでしょ?」中谷が進言した。

「でも、あれって、今川焼きのガワに包まれていて、食べやすそうだよね」とわたし。中身は一緒でも、見た目からして印象が違う。

「ええ、中谷君の言うように、お好み焼き入り今川焼きと言ったふうらしいですね。出る前に、ちょっと調べてきました。しかも、大阪じゃ誰も『大阪焼き』などとは呼んでいないというじゃありませんか」

 仲間内では分別があり、落ち着いた人物と見られている志茂田だが、こういう場所に来ると、子供のようだ。そのギャップがまた面白かったりする。

「中に、タマゴを1個、ぽんって入れるのよね」中谷が思い出しながら付け加えた。


 歩きながら、キンギョすくいやダーツの屋台を覗いたりする。

「キンギョすくい、何回もやったことあるけど、今まで1匹も捕れたことないんだよね」わたしは白状した。

「あー、あれはねー」中谷も、うんうんと同意する。「あたしは、最高で3匹だったかな。小学生の時に捕ってきたワキンとデメキン、実はまだ生きてるんだあ」

「キンギョすくいですか。わたしもよくやりました。なにしろ、負けず嫌いでしたからね。とにかく、せっせと腕を磨きましたよ」志茂田はそう言いながら、すくう手振りをする。

「あの障子紙みたいなの、水につけたとたん、フニャフニャにふやけちゃってさぁ」

「ポイはですね、部分的に浸さず、思い切ってすっかり塗らしてしまうといいですよ。乾いた部分との境目は、非常にもろくなりますからね。それと、キンギョをむやみに追いかけない。そう、待ちの戦法です」志茂田のことだから、さぞや研究を重ねたのだろう。


 持って帰るのが面倒、と言う理由で、キンギョすくいはパスした。けれど、射的屋の前では、しっかり足を止める。

「これです、これ。縁日と言ったら、やっぱり欠かせませんよねえ」すっかり童心に返って、もうタマなど買っている。

「これって、当たっても引っ繰り返られないんだよね」店の主人が聞いているのもかまわず、中谷が言ってのけた。

「いえいえ、狙い所さえ正しければ、必ず落とせるのですよ。さ、見ていて下さい、お2人とも」

 そう言うなり、コルク銃を構える。たちまち、その目が真剣になった。

 ポンッという音とともにコルクが発射され、1番上の棚に鎮座まします「ドエらいもん」のぬいぐるみがパタリと倒れる。

「うそっ、すっごーい!」中谷は手を叩いて歓声を上げた。

「今の、ドエらいもんの頭のてっぺんをかすっただけだったね」わたしが言う。

「なかなかよく見ていましたね、むぅにぃ君。シロウトはど真ん中を狙う。それじゃあ、いくらタマを当てたってムダというものです」

 そのほかの釣果は、「ケティちゃん」、「カピチュウ」のフェルト製ぬいぐるみだった。


 夕食代わりに、わたしはたこ焼きと今川焼き、中谷は焼きそば、フランクフルト。そして志茂田は、念願かなって大阪焼き、それとおでんを買って食べた。

「どう? 大阪焼きの味は?」中谷が尋ねる。

「なかなかいけますよ。もっとも、おでんとの組み合わせは、ちょっとばかり失敗だった気もしますが」

 その後、わたしと中谷は、デザートと称して綿菓子を買った。ビニール袋に入ったまま売られていた。

「あんなもの、スプーンにたった1杯分のザラメじゃありませんか。それが500円とはまったく!」志茂田はそう言って憤慨する。

「でも、綿菓子製造器がないと作れないんだよね」わたしが言い返すと中谷も同調して、

「そうそう。それに、今日は縁日なんだし、多少のムダ遣いくらいいいじゃないの」


 袋を開けると、ふわっと甘い香りが広がった。端っこから囓ってみる。歯や舌の先に触れたとたん、みぞれのように溶けてしまう。

「これこれっ、この食感。まるで、夢の中にいるみたい」わたしは、ピンク色をした綿菓子にかぶりつく。

「あたし、子供の頃、空に浮かぶあの雲って、きっと綿菓子の味がするんだと思ってた」中谷が言った。

「うんうん。すっごい長い梯子で登って、『収穫』してくるんだよね」わたしもそんなふうに空想し、おまけに半ば信じていた。

「やれやれ、2人とも。いつからそんなに夢想家になったんでしょうね」志茂田が笑う。

 その時、わたしの舌の先が、何かに当たった。柔らかいけれど、綿菓子ほどではない、別なものに。


「なんか入ってる……」わたしは顔をしかめて、袋の中を覗き込んだ。

「ゴミとか?」中谷も顔近づけてくる。

「むぅにぃ君、これは羽虫じゃありませんか?」志茂田は、わたしの綿菓子の中から、小さな生き物を、ひょいっとつまみ上げ、みんなが見えるようにぶら下げた。

 確かに羽が生えている。羽こそ生えているが、お尻の大きなクモに似ていた。

「うわっ、気持ち悪いっ」

「さっきの店へ文句を言いに行こうよっ」中谷がいきり立つ。自分の綿菓子も、まだ半分以上残っていたが、さすがに食べる気にはならないようだった。

「うん、行こう。もう、せっかくの楽しみが」わたしはがっかりし、腹を立てていた。


 綿菓子屋の屋台越しに、わたしは声をかける。

「あのー、すいませーん」

「はい、なんでしょう?」おじさんは、きょとんとした顔で聞いてきた。

「綿菓子の中に、変な虫が入ってましたよっ」わたしが文句を言うと、志茂田が、それを相手に突き出す。死んでいるのか、ピクリとも動かない。

「虫ですって?」そう言いながら、まじまじと見つめる。「いや、これは虫なんかじゃないですよ。『綿菓子の紬手』ですねえ」

「なんなの、その『綿菓子の紬手』って?」中谷が聞き返した。

「今時、昔のように、綿菓子メーカーでその場作り、なんてやってないんです。生産者から、直に仕入れ、店に並べてるんです」綿菓子屋が言う。「その指の間の生き物は、綿菓子の国の妖精なんですよ」


「これが妖精……ですか」志茂田は、自分のつまんでいる生き物を改めて眺めた。

「ちょっと貸してみて下さい」おじさんは、志茂田から「綿菓子の紬手」を引き取る。「これ、起きなさい。これっ、てば」

 手のひらの上に載せられ、人差し指で何度かつつかれ、妖精は背伸びをしながら起き上がった。

「あらあ、ここはどこ? 確か、ピンクの綿菓子を紡いでいたところだったんだけどなあ」可愛らしい声が響く。

「お前さんは、作りながら寝てしまったのだよ。そして、そのまま袋に入れられて、地上にやって来てしまったんだね」綿菓子屋のおじさんが、優しく諭すように言う。

「まっ、なんてこと! こうしちゃいられない。早く戻らないと、また女王様に叱られてしまうっ」

 言うが早いか、透き通った大きな羽根を広げ、あっという間に空へ飛んで行ってしまった。


 残されたわたし達3人は、ただ呆然とするばかり。

 最初に口がきけるようになったのは志茂田で、

「いやはや、これは驚きました。昨今の綿菓子というものは、メイド・バイ・フェアリーでしたか!」

「あの大きなお尻、きっとクモみたいに糸を出して綿菓子にするんだわ」中谷が複雑な表情でつぶやく。

 わたしはと言えば、今し方、妖精の飛んでいった空を眺めていた。

 日が傾き、西の空は夕焼けで真っ赤だった。地平線から湧く雲は、さながら大きな、大きな綿菓子。

 もしかしたら、あそこに「綿菓子の国」があるんじゃないだろうか、そんな気がしてならなかった。


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