表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/234

お天気ロード

 家の前で車の止まる音がした。誰か来たのかな、と思ったら、幼稚園の頃からの友人、桑田孝夫である。

「よう、むぅにぃ」

「クルマで来たってことは、どこか連れてってくれるの?」わたしは聞いた。

「連れてくっていうか、ちょっと付き合ってくれねえ?」

「どこへ?」

「洗車」桑田はそう答える。なるほど、5年乗っているという黒のフォレスターは、ホコリや泥で相当に汚れていた。もしかしたら、買ってから1度も洗ったことがないのではないか、そう疑いたくなる。

「ということは、お天気ロードかぁ」

「うん。おれ、あの道初めてだから、ナビ頼むよ」桑田が頼む。

「いいよ。志茂田と何回か走ったことあるし」わたしは請け負った。


 お天気ロードは、町を出て高原に向かう途中にある。山間からの風が、入り組んだ地形を縫って下りてくるため、複雑な気候を作っていた。

 わたし達はクルマに乗り込むと、さっそく高原方面へ向かう。

「こっちの方はあんま行かねえから、さっぱりだ。カーナビも、あの辺りだけぽっかり情報が抜けてるんだよな」ハンドルを握りながら桑田が言った。

 桑田の言う通り、お天気ロードに差し掛かると、GPSもコンパスも効かなくなる。一説によると、地下深くに埋もれた磁鉄鉱の影響だという。

「大丈夫。その代わり、標識がうるさいほど立ってるんだから。見落とさなければ、道に迷ったりはしないよ」

「道に迷ったって、ぐるっと回ってまた戻って来りゃあいいだけなんだが、道順って大事だろ? おれ、教習所でもコースが中々覚えられなくってな」半ば、懐かしむように話す。


 町を出ると、しばらくの間、ただ真っ直ぐな道が続く。片側2車線の広い道路で、本来、一般道路のはずなのだが、まるで高速道路のようにビュンビュンと流れている。

「こういう道はいいよなっ。スカッとする」桑田が弾んだ声を出す。

「でも、60キロ以下で走るところでしょ? パトカーに捕まったりしない?」わたしは心配した。

「ばか。みんな、こんなスピード出して走ってるんだぞ。このクルマだけそんなトロトロ走ってたりしたら、追突されちまうって」と桑田。

 見回しても、制限速度で走っている者など、1台もなかった。それどころか、空いている車線を利用して、わたし達を追い抜いていくクルマさえある。

「クルマ専用道路にして、制限速度を上げちゃえばいいのにね」

「まったくだぜ。もっとも、それで有料化されたんじゃかなわねえがな」桑田もうなずいた。「ここらへんな、たまーに、ネズミ取りやってんだ。こんな流れている時間はいいが、単独で走ってるとやばいんだ」


 「ネズミ取り」と言うのは、スピード違反を取り締まることだ。それも、わかるようにやるのではなく、物陰に隠れて、こっそりと測る。こちらがそのことに気付いた時には遅く、とっくに測り終え、赤燈を点滅させながら追いかけてくる、という寸法だった。

「なんで、わからないようにやるんだろう。『取締中』って書いた看板でも立てて、遠くからわかるようにしておけば、みんなゆっくり走ると思うんだけどなぁ」わたしはつぶやいた。

「ばーか。あいつら警官は、1台でも多く検挙したいだけなんだって。なんでかわかるか? 罰則金が取れるからだ。つまり、少しでも稼ぎたいんだな。警官それぞれにノルマがあるって言うしな」

「えー、なんか、ずるい」思わず口をつく。この道にしたって、わざわざスピードを出したくなるように作られている気がしてならない。その一報で、「60キロ以下で走れ」と言う。

 あげく、ルールを守らないと免許に加点され、罰則金まで持って行かれるなんて。


「そんなもんなんだよ、日本の道路事情っつうのは」悟りきったような口調で吐き出す桑田。

 そうこうしているうちに、「お天気ロードへようこそ!」という看板が見えてきた。

「いよいよだな。しっかり、案内頼むな、むぅにぃ」桑田が言う。

「まかせといて」わたしは自信満々に答えた。

 看板をくぐり抜けると、ほどなくして「朝霧平野」という標識が現れる。

「この先、5キロばかり真っ直ぐね」わたしは指示をする。

「オッケー」

 道路のずっと向こうは、霧で霞んでいる。わたしはダッシュ・ボードの時計を見た。10時を少し回ったところである。まだ、朝の時間帯だ。

「11時までは霧が晴れないからね、安全運転でお願い」

「おう。ライトも付けておくよ」


 次の標識は、「直進、雷山。右折、雨畑」とある。

「2キロ走ると、分かれ道があるから、右に行って」とわたし。

「よっしゃ」

 霧が唐突に晴れ、百メートルくらい先に、右折を案内する青い標識を確認する。

「あそこを右だな」曲がった先は、バケツの水を引っ繰り返したような雨が降っていた。

 右折レーンに移ると、対向車をやり過ごして、速やかに曲がった。フロントガラスはたちまち、雨滴で視界が遮られてしまう。桑田は、急いでワイパーのスイッチに指を伸ばした。

「凄まじい雨だな」

「でも、これでクルマのホコリとか洗い流せるよね」

 洗車をするときは、まず、表面の汚れを水で流すものなのだ。

「で、この雨畑をどれくらい走らなきゃならないんだ?」桑田が聞いてくる。

「ここはすぐ。ほら、雨足を透かして向こう側、谷に虹が架かってるのが見えてるじゃん」正面を指さした。


 雨と晴れとのちょうど境に、「ここより虹の谷」という案内板が立っていた。雨の降り注ぐ側は、塗装が剥げかかってしまっている。

「晴れきってるってわけじゃ、ないんだな」虹の谷の駐車場にクルマを入れ、わたし達は外へ出た。

「日が照っていたら、塗ったそばからワックスが乾いちゃうしね」

 駐車場には数台のクルマが駐まっていて、それぞれワックス掛けに励んでいる。

「よーし、塗るの手伝ってくれ。ちゃっちゃとやっちまおう」後部シートから、ワックス、それと2人分のスポンジを出してきた。

 さっきの激しい雨で、ボディはだいぶきれいになっている。そこにワックスを塗り込んでいくと、さらに光沢が増していく。

「やっぱ、ぴかぴかのクルマは気持ちいいね」磨いたところが鏡のように仕上がるのを見て、わたしはうれしくなる。

「次は乾燥だな」桑田は額の汗を拭った。


 再びクルマに乗り、駐車場兼ワックス塗り場を出る。

「3キロ先で左折して」わたしは言った。「『緑風台』ってところに出るから、そこを道なりに走るんだよ」

「雨、曇りときて、今度は風か。ワックスがすっかり乾いたら、あとは拭き取りだけだな」

 緑風台は、その名前の通り、始終、風が吹いていた。

「そよ風だったり、ピュウッと強く吹いたりと、これが扇風機なら、飽きの来ない風だよね」これはわたしの感想だ。夏場、昼寝の際に使っていた首振り扇風機は、ただただ退屈なばかりだった。

「むぅにぃ、今日は付き合ってくれてサンキューな。おれ1人じゃ、絶対、どこかで間違えてたぜ。雨に濡らす前にワックスなんか掛けちまったら、それこそキズだらけになってたろうしよ。こんど、ステーキでも奢るから」


「やったぁっ」わたしは本心から喜んだ。そのため、最後の最後で、道を間違えた。

 緑風台を抜けるのに、右へ行かなくてはならないところを、

「左に曲がって」

 と言ってしまったのだ。

「左でいいんだな?」桑田が念を押す。

「うん」わたしは力強くうなずいた。

 その先、「飛鳥砂丘」と書いてあるのにもかかわらず。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ