ホット・カーペットを買う
ネット通販を見ていたら、ホット・カーペットが1,980円で売られていた。
「1畳でこの値段かぁ。安いじゃん。買っちゃおう」色もブルーで好みだったので、ほとんど即決で購入を決めてしまう。これで、ゴロゴロしながらテレビが観られるぞ。
わくわくしながら、品物が送られてくるのを待った。
きっかり2日後に、宅配便で荷物が届く。
さっそく、自室に広げてコンセントに差す。スイッチを入れ、目盛りを「中」に合わせた。
「どれどれ、どんな具合かな」カーペットの上でうつぶせになる。膝からお腹、胸にかけ、じわーっと熱が伝わってきた。「ああ、あったかい。極楽、極楽」
もう、動くのが億劫になってしまう。
横になってうとうとしていると、母が食事を告げる声がする。わたしは、ダイアルをOFFに戻し、部屋を出た。
再び部屋に戻って、おや、と首を傾げる。
「変だなぁ、部屋の真ん中に敷いたはずなんだけど、片隅によけられてる」
とっさに空き巣を思い浮かべたが、窓は内側からロックしてあるし、ここは2階だ。
出る時に、コードでも引っかけたのだろうか。それしか考えようがない。
その日は、ほかに変わったことも起こらず、わたし自身、ほどなくしてきれいさっぱり忘れてしまった。
ところが別の日、外出から帰ってみると、またしてもホット・カーペットの位置が変わってしまっている。
わたしはいつも、コードの出ている方を窓際に向けていた。コンセントが近いので、そうしているのだ。
ところが、今は正反対に敷き広げてあった。おまけに端がめくれ、ところどころ波打った状態になっている。
下に降りるついでで、母に聞いてみた。
「ねえ、おかあさん。上の部屋に入った?」
「上って、あんたの部屋? なんで?」きょとんとした顔で、反対に聞き返されてしまう。どうやら、母ではないらしい。時々、勝手に部屋の中を掃除されるので、その際にホット・カーペットをいじられたのかと思ったのだ。
いったい誰だろう。まさか、幽霊の仕業だったりして。
「まさか、そんなことあるわけないけど……」勝手に想像して、ゾーッとしてしまう。
あと考えられるのは、ホット・カーペットそれ自体が独りでに動いたという説である。
「余熱が原因で、カーペットが巻き上げられてしまった、とかさ」これまで、目の前でクルクルッと巻くところは見ていない。もっとも、わたしが部屋にいる時は、カーペットを下に敷いて寝っ転がっているのだ。巻くにせよ、畳むにせよ、重しが載っていては好き勝手もできないだろう。
「たぶん、それだね。値段が安いだけあって、生地が薄いんだろうな。だから、簡単にカールしちゃうんだ」
半ば強引に結論を下し、ひとまず自分を安心させる。その後も、何度かカーペットのズレに気付いたが、おかげで、ほとんど気にならなくなった。
ある時、志茂田ともるが遊びにやって来た。
「おや、むぅにぃ君。ホット・カーペットを買ったのですね」そう言って、ちゃっかり上に座る。「やはり、快適ですねえ。コタツといい、ホット・カーペットといい、暖房具というものは魔物ですなあ」
わたしはちょっとからかってみたくなった。
「あのね、志茂田。そのカーペット、何かが取り憑いてるんだよ」
「ほう……」志茂田は、続きを待つように振り返ってわたしを見る。
「こうやって誰かが上に乗っている時はなんでもないんだけど、人がいなくると、勝手に動き回るんだよね」
「なるほど。それは、ポルターガイスト現象というやつかもしれません。霊が、物を好き勝手に動かしたり、音を立てるのです」志茂田がとくとくと説明を始めた。
イギリスの、実在するという幽霊屋敷を引き合いに出し、まるで見てきたかのような事細かな描写を展開する。
驚かせるつもりだったこちらが、逆に怖くなってきた。
「ほ、本当は、カーペットの中のヒーターが温まって、それで巻き上がってるんだと思うよ」これ以上、気味の悪い話はごめんだったので、早々に答えを教える。「今は人が乗ってるから、重しになってて動かないけどさぁ」
「本当にそうでしょうか?」思いがけず、志茂田は引っ張る。「なんなら、あなたとわたし、今、ここからどいてみましょうか。あなたの説が正しければ、スルメのように丸まっていくホット・カーペットの様子が見られるはずなのですが」
「いいよ。試してみる?」わたしは受けて立った。これまで、この部屋に幽霊が現れたことなど、1度だってない。ここは、科学的にはっきりさせておく必要があった。
志茂田とわたしは、ホット・カーペットから体をずらす。いつもしているように、ダイヤルはOFFの位置へ戻した。
「さあ、どうなるでしょうね」志茂田は、じっとカーペットの端を見つめる。
「見ててごらん、そのうちクルクルと動き出すから」わたしは言った。
けれど、待てど暮らせど、なんの変化もない。
「案外、人が見ているとダメなのかもしれませんよ、むぅにぃ君」そんなことを言い出す。「部屋の外へ出て、ドアの隙間から覗こうじゃありませんか」
自分の部屋を覗くなんて、なんだか妙な気がしたけれど、それで志茂田の気が済むのなら、とわたしは同意した。
「べつにいいよ。まさか、ホット・カーペットが踊り出すわけでもなし」
廊下へ出て、ドアを少しだけ開けておく。そのわずかな間から、そっと中をうかがう。
「なんだか、変質者にでもなったみたいな気分」わたしは率直な意見を述べた。
「しっ、今、何か物音がしませんでしたか?」と志茂田。
「え、部屋の中から?」
「ええ、そうです。確かに聞こえました。カチッとスイッチの入るような音が」
わたしは耳に注意を集中させる。カリッ、カリッ、カリッ……。本当だ。ダイアルを回す音がする。とっさに、中を覗き込むと、ホット・カーペットが、半畳ほどめくれ上がっていた。めくれているだけでなく、辺りに人がいないか確かめるように、パタパタと揺れ動いている。
「見ましたか、あれを」志茂田が声をひそめる。
「うん、見た。何あれ、ポルターガイストが乗り移ってるの?」怖いやら、不気味やら、しかも、さっきまであの上に座っていたのだ。
「いや、どうやら、あれ自体が意思を持っているかのようですね。それにしても、何をしようというのでしょう?」
ホット・カーペットは、ずるずる窓際へ這っていくと、器用にロックを外し、窓を開けた。
そして――。
「見て、あれっ!」わたしは思わず叫ぶ。
「なるほど、そういうことでしたか」志茂田は、合点がいったようにうなずく。「あのカーペット、自分が空飛ぶ絨毯だと思い込んでいるのですよ」
わたしの青いホット・カーペットは、窓から外に向かって飛び立った。
残念なことに、コードが引っ掛かって、それ以上遠くまでは行けなかったが。