伝説のアイテムを探しに行く
森の奥深く、わたしと友人の桑田孝夫とで進む。
「本当にこの奥にあるの?」わたしは聞いた。
「ああ、間違いねえよ。じいちゃんから、ちゃんと教わったんだからな」桑田は自信満々に答える。
ほとんど獣道と言ってよかった。まだ昼間だというのに、茂った常緑樹のおかげで薄暗い。気味が悪くて仕方がなかった。
この地に伝わるという「伝説のアイテム」を求め、わたし達はやって来たのである。
「それって、そもそもどんなものさ?」
「さあな。なんでも、最強の武器なんだと。それしかわからん」なんとも心許ない。
大昔、この辺りで大ヘビが現れ、村中を襲ったのだと言う。その時、雲の上から仙人が降り、とあるアイテムを村人の1人に手渡したそうだ。
その若者は武器を取って戦い、見事怪物を退治した、そんな話である。
「どこにでもよくある昔話だよね。たぶん、剣だよ、それって。そんでもって、大きめのマムシかなんかやっつけたってオチじゃないかなぁ」わたしはなおも言う。「その剣がもしもまだ残ってたとしても、とっくに錆だらけで、ぼろぼろだと思うな」
「いや、じいちゃんが、そのまたじいちゃんから聞いた話によると、象牙山をぐるりと巻き付けるほどでかかったって言うぞ。そして、その武器でもって、あっという間に大ヘビを倒しちまったんだ」桑田は言い伝えを心から信じているらしい。
「退治したあと、なんで武器を村に持って帰らなかったんだろう」
「そりゃあ、お前。あまりにも強力な力を秘めてたもんで、悪人の手に渡っちゃまずい、そう考えて森の奥へと隠したんだろ? きっとそうだ」
一応のつじつまは合っている。事実かどうかは別として。
それを探しに行くことになったのは訳がある。桑田の祖父の村が、ひどい干ばつに見舞われたのだ。生活用水として利用していた湖は干上がり、井戸も涸れてしまった。
「こんなことは500年ぶりのことだ。このままでは、春の田植えにも支障をきたす。なんとかしなくてはならない」村長を初め、村中の者が集まって話し合いがなされた。
さんざん考えてもいい知恵が浮かばず、もはや土地を移るしかない、とのつぶやきが漏れ始めた時だ。桑田の祖父が、語り継がれてきた伝承を思い出したのだという。
「いきなり、じいちゃんから電話をもらった時には、そりゃおれだって、びっくりしたぜ」桑田が振り返る。「なんせ、『おい、孝夫や。象牙山の麓の森さ行って、ちょっくら『ご先祖様のお宝を取ってきてくれ』だもんな」
なんでも、そのお宝というのは、雷を呼ぶものらしい。くだんの大ヘビも、稲妻を刃にして、叩き切ったのだと言われている。
「こっちだって、驚いたよ。だって、今すぐ桑田のおじいさんの家へ泊まりに行こう、なんて言うんだもん。しかも、駅についてからじゃん、理由を聞かせてもらったのって」
携帯にかかってきた桑田の声が、あんまり緊迫したものだったから、てっきりおじいさんが危篤なのかと思い、取るものも取らずに待ち合わせ場所へと駆けつけたのだった。
何度か、こちらでお世話になっていたので、他人事ではなかった。
「わりい、わりい。ほんと、急いでたもんだからよ」と桑田。「でもよ、これがほかの親戚の言うことなら、おれだってすぐには信じなかったぜ? じいちゃん、おれがガキの頃から、なんかしら不思議な能力っつうか、そんなもんが備わっててな。これまでにだって、予言めいたことや失せ物をぴたっと当てとか、たくさんあったんだ」
「ふーん。それで、今回も何か根拠がある、そう思ったんだ」
「まあな、そう言うことだ」桑田はうなずいた。
見つからなければそれまで。もしも本当に発見したとすれば、話の種になる。宝探しは、結果よりも、むしろその過程にこそ楽しみがあるのだ。
実を言えば、わたしもこの道中をそこそこ楽しんでいた。
森はさらに深くなっていき、途中で拾った棒きれで枯れ草や蔓を払いながら歩かなければならなかった。
「見て、ここ沼だったんじゃない?」森が途切れ、落ちくぼんだ場所に出る。「干ばつって、ほんとなんだ。すっかり水が引いて、ただの湿地になっちゃってる」
「沼か。すると、あと少しだな。しばらく行くと、カンツバキの群生があるらしい。その先の雑木林を抜けると、湧き水があるんだって、じいちゃんが言ってた。剣はそこにある」
歩き続けると、果たして真っ赤に花開かせたカンツバキの木が見えてきた。まるで、そこだけ一足早く春が訪れたかのようだ。
「きれい。ちょうど見頃だったね」わたしは疲れも忘れ、誘われるように向かう。
「伝説だと、大ヘビを切り裂いた時の血がここいらに飛び散って、この花に変わったんだとよ」桑田が教えてくれた。
「まるで、ギリシャ神話だね」
そこから先は枯れ木の林が広がっていた。ナラやクヌギなどの雑木林だ。
「さ、もう一息だ」桑田がいくらか早足になる。わたしもそれに遅れまい、と小走りになる。
雑木林の中ほどに、ぽっかりと広場が現れる。20畳くらいだろうか、あつらえたように丸い。その中央に、こんもりと苔むした盛り土があり、傍らに小さな泉がこんこんと湧いていた。
「あっ、あれ! あれじゃないっ?」わたしは思わず叫ぶ。
盛り土のてっぺんに、棒杭のようなものが突き刺してあった。
「おおっ、見つけたぞ。やっぱ、じいちゃんの言ってたことは間違いなかった!」
わたし達は競うように駆け寄る。
「……で、これはなんなの?」桑田とわたしは、お互いの間にそそり立つ、このアイテムを見下ろした。
「うーん、これなあ」桑田も腕を組んで考え込む。
土からニョッキリと生えているのは、どう見ても剣などではなかった。幅は6センチばかり、長さは1メートル弱。平たい木の板である。ただし、ただの板きれなどではなく、太さの異なる6本の弦がピーンと張られていた。ご丁寧なことに、フレットまでついている。
「ギター……だよね?」そう、桑田に向かって確かめる。
「ああ、それも、エレキだぞ、これ」
「取りあえず、掘り出してみようよ」
「そうだな……」
2人して、両脇から土をかき出してみる。地中から出てきたのは、やっぱりエレキ・ギターだった。
「ギブソンのレス・ポールにそっくりだ。いったい、どうなってる?」
「きっと、これを弾くんだよ。そうすれば、雨雲が来るんじゃない?」
「よし、お前、何か弾いてみろ」桑田がエレキ・ギターをわたしに手渡す。
わたしはエレキ・ギターを抱え、ポローンと鳴らしてみた。何も起きない。ふと、ギターなど触ったこともないことを思い出す。
「ごめん、弾けなかったんだっけ」気まずく、桑田に返した。
「よし、じゃあ、『あめふり』を弾いてやる」桑田はストラップを肩に掛け、つま弾き始める。「あーめ、あーめ、ふーれ、ふーれ、かーあさーんがー――」
にわかに空がかき曇り、ピカッ、ゴロゴロッと雷鳴が轟いた。ほどなくして、まるでバケツを引っ繰り返したかのような大雨。
「やったじゃん、やっぱ、伝説は本当だったんだ!」
びしょ濡れになりながらも、わたしは大喝采を惜しまなかった。