オニの出歩く日
夕暮れ、帰宅途中のわたしは、とある家の窓から覗く人影に気付く。
「空き巣かな」通報しようか、どうしようかと迷っていると、別の者が現れ、
「オニはー外ーっ」と叫んだ。振り返った相手は、確かにオニだった。真っ赤な肌をして、もじゃもじゃの金髪からは2本の角がニョキッと生えている。
ただし、虎の皮パンツ1枚、というスタイルではなかった。縞模様のシャツの上から、デニムのオーバーオールを履いている。
「この時期、まだ寒いもんね。それに、裸で歩いてたら、すぐに警官が飛んでくるし」わたしは心の中でつぶやいた。
「ガオーッ!」オニは吠えると、いきなり飛びかかる。どうなってしまうんだろう、と心配するが、告発者は落ち着いたもので、オニの動きをじっと読んでいる。
「福はー内ーっ!」再び口を開いた時には、赤オニは崩れるように倒れていた。男の手には、拳銃が握られており、一筋の白煙が立ち昇る。
わたしは駆け寄っていって、感心した。
「今のすごかったですね。ひょっとしたら、もうダメかもしれない、なんてドキドキしちゃいました」
「いやあ、たいしたことは」男は、まだ熱い銃口をふうっと吹き冷まし、ジャケットの内側にぶら下げたホルスターへと納める。「22口径、ルガー・大豆仕様。ちなみに、大豆は山形県産のだだちゃ豆を使ってるんだ。オニには特別に効くんだよ」
そう言えば、今日は節分だった。どこからともなく、オニがやって来て、災いを成す。
「しまったなぁ、何か武器を持ってくるんだった」わたしはうっかり、そのことを忘れていた。たまたま、オニに出くわさなかったからよかったものの、今さらながらに血の気が引く。
「袋入り大豆が余ってるから、1つ分けてあげるよ。念を込めて投げれば、それだって相当な威力があるんだからね」そう言って、ポケットから炒り豆の詰まったビニール袋を手渡す。
「いいんですか?」
「ああ、かまわないよ。まだもう1袋持ってるし、それにぼくにはこれがあるからね」そう言って、胸の辺りをポンポンと叩く。さっきの拳銃だ。
「ありがとうございます」わたしは礼を言って彼と別れる。
2丁目の角に差し掛かった時、電柱の陰から飛び出してくる者があった。ちょうど、袋を破いて、大豆を一掴みしたところだ。とっさに、手の中の豆を投げつける。
パラパラッと当たって地面に落ちる音がした。
「それでどうなる?」明るいところに出てきたのは、やはりオニだった。それも、さっきの赤オニよりレベルが1つ上の青オニである。
「あれっ、なんで効かないのっ?!」わたしは慌てた。確かに煎った大豆のはずなのに。
「チッチッチ」青オニは鼻先で指を振る。「肝心なことを忘れてるじゃねえか。豆だけじゃ、わしらは倒せねえんだ」
そうだった。呪文がいるんだ。
わたしは、もう1度豆を掴むと、今度は忘れずに叫ぶ。
「オニはー外ーっ!」
豆が飛んでくるのを、よけもせず待っていてくれる青オニ。顔や胸、腹に、無数の豆が雨あられと降り注いだ。
「うわーっ、や、やられたーっ!」わざとらしいほど苦しそうな呻き声を上げ、青オニはその場で倒れる。
「ふう、やっつけた……」ほっとして、息をついた。立ち去る際、そこらに散らばった大豆を、できるだけ拾い集める。弾は無制限ではないのだ。有効に使わなくては。
町の広場へ来てみると、すでに人がたくさん集まっていた。それぞれ、手にライフルや短銃を構えている。中には、自動小銃を携えている者まであった。もちろん、どの銃にも大豆が込められている。
「町のオニどもは、あらかた片付いたようだな」
「うむ。残すはボスオニか。こいつは手強いぞ。みんな、気をつけろっ」
赤オニや青オニ、黄オニなどは、しょせんはザコにすぎない。落ちている大豆をうっかり踏んで、憐れにも自爆する者さえいる。
けれど、最後に登場するボスオニこそ、正真正銘、最強のオニだった。
「来たぞーっ!」そう叫ぶ声がする。
ドッシン、ドッシン、と地鳴りが近づいてきた。ボスオニの足音である。
「広場の真ん中まで引きつけるんだっ」
それを全員で取り囲んで、豆の一斉掃射というわけた。
通りの向こうの3階建てビルから、ヌッと顔が覗く。髪はなく、無数の角が四方へと突き出していた。全部で108本あるのだと言う。
やがて、目抜き通りに沿って、巨体が姿を現す。7つの色で染め上げられていることになっていたが、混じり合って、汚らしいムラとなっている。
「ウォーッ! わしがオニの中のオニ、キング・オーガだぁっ!」大砲でも撃ったかのような轟きが、町中を揺らした。
人々はササーッと道を空ける。それを待っていたように、キング・オーガはゆっくりと進む。その先は、広場の中央へと続いていた。
「よしっ、奴は真ん中へ行ったぞ。それ、攻撃開始っ!」掛け声とともに、何千万粒もの炒り豆が飛び交う。わたしも、及ばずながら、豆をどんどん投げる。もっとも、届いてすらいないようだったが。
けれど、さすがはボスオニ。これだけの集中砲火を浴びせかけられても、びくともしない。
「効かんなあーっ、痛くもかゆくもないわいっ」
「よーし、あれの用意をしろーっ!」パンパンッと発射される豆鉄砲の音よりなお鋭く、一声が鳴った。
いよいよ、最終兵器の登場だ。中央広場の片隅のシートが引き下ろされる。乗用車ほどの砲台が現れた。
「北海道産、特製黄大豆『スーパー・タマフクラ』を装填しろっ!」
「アイアイサーッ!」
この日のために、品種改良を重ねた特大の大豆が使われる。直径はなんと、90センチもあるのだ。
「装填完了っ!」
居合わせる者はみんな、両手で耳を塞ぐ。
「撃てーっ!」ドドーンッと爆発音が響き、巨大な炒り豆がキング・オーガ目がけて飛んでいく。
「ぐはあーっ!」砲弾がその胸元に命中すると、さしものキング・オーガも、ぐらりとよろめいた。
「それっ、装填っ! それっ、撃てっ!」続けて、2発、3発と打ち込む。
「待った、待った! 降参だ、降参するっ!」
とうとう、キング・オーガは負けを認め、どすどすと足早に逃げ去った。
それまで道端のあちこちに倒れていたザコオニ達も、これが引き時と、むっくり起き上がって、その後を追って消える。
「やったーっ、ばんざーいっ!」
町民の間から大歓声が湧いた。
また1年、この町に福が約束されるのだった。