表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/234

極楽生活

 蓮の葉の上に座り続け、早56億7千万飛んで17年4ヶ月。さすがに退屈してきた。そう、ここは極楽。死んだ時に、「極楽か、地獄か、さあどっちにする?」と尋ねられ、当然のことながら、極楽を選んだのだった。

「志茂田、志茂田。『オズの魔法使い』、また聞かせて」隣の蓮であぐらをかいて座る志茂田ともるを、横肘でつつく。

「またですか、むぅにぃ君。もう、これで23万回目ですよ。話す方としても、そろそろ飽きてきましたよ」結跏趺坐を崩さず、うんざりしたように言う。

「じゃあさ、『トムは真夜中の庭で』。これって、まだ10万回も朗読してないでしょ?」わたしせがんだ。

 志茂田の記憶力はたいしたもので、数え切れないほどの本を空で覚えているのだ。ここ極楽は娯楽が少ない上、永遠は途方もなく長い。刺激でもなければ、やっていられなかった。


「たまには、わたしの好きな本を選ばせてもらいますよ。『ファンタステス』など、どうでしょう。かのトールキンにも影響を与えた、ジョージ・マクドナルドの名作ですよ」志茂田が提案する。

 古くさい幻想文学かぁ。もっとも、何十億年も経った今では、ラノベだろうが古典だろうが、たいした違いはないのだけれど。

「それ、今回初めて聞くよね。なんだか難しそうだけど、適当に噛み砕いて話してくれる?」

「難解なんてことはありませんよ。ただ、心のままに感じればいいのです」志茂田はそう言うと、軽く咳払いをし、語り始めた。「『その朝も、いつも意識のめぐり帰るのに伴う、心の戸惑いを覚えてわたしは目を醒ましたのだった……』」

 主人公の青年、アノドスが、不思議な導きによって妖精の国へと旅立っていく。そこで様々な経験を重ね、さらなる探求をする、そんな筋書き……だったらしい。


「どうでした? きらびやかで幽玄、めくるめくよう夢幻のほとばしりを覚えたでしょう?」すっかり話し終わると、志茂田は意見を求めてきた。

「えーと、今回が初めてだったせいか、まだちょっとわかってないって言うか、なんて言うか……」

「長編ですからね。まあ、いいでしょう。永遠はこの先もまだまだ、ずっと続くのです。何度でもお聞かせして差し上げますよ」

 あと何回聞けば飲み込めるだろうか、と少し憂うつになる。

「それにしても、よくそれだけの内容が頭に入ってるよね。物覚えがいいって、うらやましいなぁ」わたしは横目で志茂田を見た。

「もともと本が好きでしたからね。夢中になって読むので、一言一句、焼き付いてしまうのでしょう」なんでもないことのように答える。

「生きている間に、何冊くらい読んだ?」

「そうですねえ。すぐに思い浮かぶだけで、60万冊ばかり。もちろん、その中には、何度も読み返したものもありますが」


「すごーい。しかも、それ、丸ごとみんな暗記してるんだよね?」わたしは感心した。

「ええ、そうです。われながら、よく読んだと思いますよ」

「そんだけあれば、しばらくは楽しめるなぁ。極楽って、ほんと、なんの面白味もないんだから」

 けれど、志茂田はつまらなそうに首を振る。

「いえいえ、いくらたくさん覚えているからと言って、何度も聞いていれば、あなただって、きっとそのうち飽きてきますよ。わたしたちはいつまでも蓮の葉に座っているだけですが、何しろ、知識の方は有限のままなんですからねえ」

 そうかもしれない。「オズの魔法使い」は生前、もっとも好きな物語だったけれど、さすがに23万回も聞けば、そろそろ……。


「いっそ、志茂田が物語を作ればいいじゃん。創作は無限でしょ?」そう持ちかけた。

「それこそ無理な話です」と志茂田。「確かに物覚えはいい方ですが、あいにく、想像力というものを持ち合わせていないものでして」

 天は二物を与えず、か。

「ねえ、志茂田。もしも、その60万冊すら聞き飽きて、ただじっと座っているのにもうんざりしてきたらどうしよう」

「怖いことを言わないで下さい、むぅにぃ君」げんなりした声で志茂田が言う。「ですが、いずれはそうなるのでしょうね。まあ、それでも座り続けるより、ほかはないでしょう。仕方ありません」

「あーあ、こんなことなら地獄に行けばよかったなぁ」わたしはため息をついた。

「地獄ですか。そう言えば、桑田君はあちらへ落とされたのでしたっけねえ」

 桑田孝夫は、生前の行いに問題があったとかで、選択の余地なくして、地獄行きとなった。


「いいなー、地獄。少なくとも、退屈をする暇はないよね」

「そりゃあ、もう! 八熱地獄に八寒地獄、大小合わせれば136もの地獄があるそうですよ。桑田君も、今頃は地獄ツアーを満喫している最中でしょう」

「あのとき、二者択一だったから、つい選んじゃったけど、今から契約変更ってわけにはいかないのかなぁ」

「そんなことは叶いませんよ。これは世の始まりから決まっていることなのですからね」

 その時、すぐそばに座る誰かが、小声で注意を促す。

「しぃっ、阿弥陀仏が来ますよっ!」

 志茂田とわたしは、慌てて口をつぐんだ。薄目を開けたまま、じっと正面を見据える。極楽では、誰もが結跏趺坐、まぶたは半開きでなければならなかった。


 のっし、のっし、と背後から足音が聞こえてくる。わたしの、ちょうどすぐ傍らで立ち止まると、「天上の声」を響かせた。

「誰ですか、今、おしゃべりなどしていたのは? 極楽では私語は慎んで下さいね。ほかの方の迷惑になりますから」

 それだけ告げると、また、のっし、のっしと歩いて去って行く。

 遙か彼方まで整然と並ぶ、膨大な数の蓮の葉、その上に静かに座する人々。阿弥陀如来は、その間を縫うようにして遠ざかっていき、ついには地平線から姿を消す。

 ふうっ、とわたしは緊張を解いた。

「阿弥陀様、また、いちだんと太ったんじゃない?」わたしはささやく。

「ええ、わたしもそう思いました。近くを通ると、蓮の葉っぱごと、みしみしとたわむのです。そのうち、底が抜けてしまわないかと、心配になりますよ」

 いっそ、底が抜けて、また地上からやり直しになればいいのにな。

 わたしはそんなことを思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ