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冬なのに暑い日

 まだ1月下旬だというのに、今日はずいぶん気温が高い。じっとしていても、汗ばむような陽気だ。

「どうしちゃったんだろうね。やっぱり、異常気象ってやつなのかなぁ」

 中央公園のベンチに掛け、冷たい缶コーヒー飲みながら、わたしは言った。目の前の噴水も、冬期は止まっているはずだが、この日は勢いよく吹き上げている。

「地球温暖化? だとしたら、あたし、ちょっと息吸うの控えようかな。だって、二酸化炭素がいけないんでしょ?」中谷美枝子は、言っているそばからため息をつく。

「中谷1人が呼吸を減らしたって、たぶん、地球はありがたいともなんとも思わないよ」わたしは切って返す。「それに、温暖化なんてない、って言ってる人もいるよ。反対に、だんだんと氷河期に近づいているんだって」

「えー、じゃあ、もっと息を吸ったり吐いたりして、温めなくちゃダメじゃないの。ねえ、いったい、どっちが正しいわけ? 早いところ決めてくれないと、ほんと困る」


 中谷は早くも呼吸を荒げている。地球の環境を心配する前に、この古い友人が過呼吸で倒れそうだ。

「誰にも本当のことはわからないと思うなぁ。少なくとも、今日、明日中に世界中の空気がなくなっちゃうわけじゃないんだし、考えすぎない方がいいよ」

「そっか。それもそうだよね。いよいよ大変なことになれば、きっと国がどうにかしてくれるもんね」単純な性格でよかった。ようやく、通常通りの呼吸に戻る。

「けど、この暑さはふつうじゃないよ。もう、30度超えてるんじゃない?」わたしはポケットからハンカチを取り出すと、額の汗を拭う。

「暑いよねー。朝もそこそこ暖かかったけど、昨日の今日だから、しっかり着込んでるんだ。上着なんか、着てられやしない。脱いじゃえっ」

 わたしも同様で、外は寒いだろうと考え、ダウンの下にニットを仕込んでいた。予想に反してこの暑さ。中谷の真似をして、ダウンを脱ぎ始める。


 そこへ、ランニング・シャツ姿の源吉じいさんがやって来た。なんだかバタバタと慌ただしい。

「こんにちは、源吉じいさん」わたし達は声をかける。源吉じいさんは、ここの公園番だ。園内に落ちているクズ拾い、設備のメンテなど、一手に請け負っている。

「おおっ、あんたらかあ。ちょうどいい、悪いが、ちと手伝っちゃもらえんかの」

「何かあったんですか?」わたしは聞いた。

「うん、それがなあ、動力室のモーターが1機壊れちまってな。冷却水の循環が、今朝から止まったままでよ」

「そうなんですか。それって、公園のどの辺りを冷やしてるんですか?」

「どの辺りって、あんた」源吉じいさんは、なんだ、そんなことも知らんのか、といった顔でこう言い返す。「この町内全部だろうが。冬場はフル稼働させて、キンキンに冷やしとくんじゃ。だからほれ、毎年、今時分は寒くって震え上がるだろう?」


「えっ、じゃあ、冬が寒いのは、この公園のせい?」中谷が目を白黒させる。

「当たり前だろうが。大昔からの決まり事さね」反対に、不思議そうな顔をされた。

「それって、直さなくちゃダメなんですか?」とわたし。寒いよりは暖かい方がいいに決まっている。

 すると、さも恐ろしそうに言うのだった。

「とんでもねえぞっ。1月でこの暑さじゃ、12月になったらどんなことになるやら!」

 わたしと中谷は顔を合わせる。なんにしても、このまま放っておくわけにはいかないようだ。

「お手伝いします。何をしたらいいんですか?」


 源吉じいさんのあとに続きながら、わたし達は話をうかがう。

「モーターそのものの修理は済んどる。何、コイルがちょいとばかり焼け切れてただけだった。だが、いったん止まってしまうと、これがやっかいでな」

 春になると一斉に花咲く大花壇の傍らに、コンクリート製の建物があった。ここが動力室だ。

 鉄扉の鍵穴に鍵を差し込んで中へと入った。ブーンと低い音が響いている。

「離れた2カ所にある安全ボタンを押したまま、始動スイッチを入れなきゃならん。いつもなら、あと2人、助手がいるんだが、あいにく、まだ正月休みから戻っとらん。あいつらめ、いったい、いつまでさぼってやがるんだか」

 部屋の両端に、緑色をしたボタンがあった。きっと、あれがそうなのだろう。

「あたし達、そのボタンを押してればいいのね?」中谷が察して聞く。

「うんうん、そうじゃ。な、簡単だろ。じゃあ、さっそく頼むとするよ」源吉じいさんがうなずいた。 


 わたし達は左右に駆けていき、ボタンの前に立つ。

「押すよっ」わたしは言った。

「あたしもっ」反対側で中谷が応える。

「よしっ、押してくれ。わしがいいって言うまで、手を離すんじゃないぞっ!」

 わたしはボタンを押し込んだ。カッタン、とリレーの作動音がする。わずかに遅れて、中谷の方からも同じ音が聞こえた。

「スイッチ、オーン!」源吉じいさんが、もっともらしいかけ声とともに、モーターの始動スイッチを入れる。ポンポンポンポンッ、と小気味のいい振動が始まった。だんだんと回転数が上がっていき、ウーンという唸りに変わる。

「よーし、もういいぞーっ」

 わたし達はホッとしながら指を離す。


「源吉じいさん、これで元通りになったんですか?」わたしは尋ねた。

「おう、おかげさんでな。やれやれ、どうなることかと心配したわい」そう言うと、袖口で額を拭った。

 動力室から出て、驚く。

 あんな暑かったのに、すっかり冬へと戻っている。空はどんよりと曇り、白いものがはらはらと舞いだした。

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