能登で待ち合わせる
能登半島の最突端にある道の駅「狼煙」へ、なんとか辿り着くことができた。
「おや、むぅにぃ君。ずいぶんと遅かったですね」物販店の外のベンチで、おからドーナツを食べているのは、志茂田ともるだった。
「ごめん、道が混んでて」わたしは言い訳をした。「それと、ちょっと迷子になっちゃってさ」
「それは大変でしたね。わたしなど、あんまり早く着いたものですから、県内をあちこち回ってきました。兼六園、あなたは寄ってきましたか? 日本三名園と銘打たれるだけあって、それはもう、素晴らしいものでしたよ」
「三名園っていうことは、ほかにもあと2つあるんだ。どことどこ?」わたしは聞いた。
「後楽園と偕楽園ですね」と志茂田。
「ああ、後楽園か」卵形をした東京ドームが、ぽっと浮かぶ。
「違います、違います」わたしの頭の中を覗きでもしたのか、志茂田が否定する。「あなたの想像しているのはきっと、文京区にある娯楽施設のことでしょう? そうではなく、岡山県にある、国の特別名勝地の方ですよ」
なーんだ、そうか。東京ドームは何度も行ったことがあるけれど、遊園地が名園というのも変だなと思った。人気ヒーローが、「東京ドームシティで、ボクと握手っ!」などとやっているようなところである。景勝地であるわけがない。
「楽しんできたみたいで、よかったじゃん」わたしは言った。
「そういうあなたはどうでした? 面白いものを見聞きしてきましたか?」
「仙台では牛タンとキラキラ丼、名古屋でコーチンのフライド・チキンを食べてきたけど」
「相変わらず、食べることばっかりですね」志茂田はあきれ顔をする。「それにしても、仙台ってあなた。いったい、どういうルートを辿ってきたのですか?」
べつだん、遠回りするつもりなどなかった。ただ、途中で電車の乗り継ぎを間違え、うっかり反対行きのバスに乗ってしまったぐらいなもの。そうそう、いい機会だからと、飛行機にも乗ったっけ。あとは、船を使ったかなぁ。
「東京発、北陸行きの電車に乗ったんだけどね」わたしは簡単に説明をした。
「驚きました。きっと、途中にムジナの穴でも空いていたのでしょう。そうと考えるよりありませんからね」志茂田はそう言って、肩をすくめる。
この企画を初めに持ち出したのは志茂田だった。どこか旅行でもしよう、そんな話から発展した。
「出発はそれぞれ別で、目的地だけ決めましょうか。そういう旅も、きっと愉快でしょう」そう、提案してきた。
「それ、いいかも」自分がひどい方向音痴だと言うことを忘れ、一も二もなく、賛成したのだ。「向こうに着いてから、じっくりと観光するんだよね? ちょっと変わってて、面白そう」
半日で到着するはずが、もう6日も過ぎている。大遅刻だぞ、さすがに帰ってしまっているだろう、そう思っていた。まさか、まだ待っていてくれたとは。
「まあ、これから近辺を見て歩いても仕方ありませんね。当初の目標も達成したことですし、そろそろ帰るとしましょうか」志茂田が切り出す。
「うん、そうしよっか。帰りは一緒でいいよね?」道を間違えるのはこりごりだった。
「ええ、分かれて帰る理由はありません」
「何で帰る? 長距離バスにしようか、それとも電車に揺られていく?」
すると志茂田は、すっと指をさす。それは岬に立つ灯台だった。
「灯台、見に行きたいの?」
「いいえ、あそこから帰れるのですよ。速いですよ、あっという間です」志茂田は言った。
道の駅から歩いて数分、白い垣根に囲まれた禄剛崎灯台へとやって来る。
「灯台にしちゃ、小さいよね。なんだか、チャペルみたい」率直な感想を述べた。白い石造りの美しい建物で、高さは10メートルほどしかない。
「日本海に面した崖っぷちですからね。これで十分なのでしょう。さ、中へ入りますよ」
「ここって、入ってもいい灯台?」わたしは心配しながらついていく。
「1日に1回、交通機関としての役割を果たしています。ちょうど、その時間ですよ。急がないと、乗り遅れますよ、むぅにぃ君」
わたしは慌てて志茂田に続いた。
中は思ったよりもずっと狭く、配電盤や機関部が露わになっている。
「少なくとも、大勢で寝泊まりできるようなところじゃないね」
「ゴンゴンと唸るのは、回転板でしょうか。あれを子守唄代わり、というわけには、さすがにまいりませんねえ」志茂田もうなずく。
螺旋状に上へと続く階段はさらに窮屈で、志茂田を先頭に、1人ずつ上がるよりなかった。
灯火室まで登ると、ムッとした熱気が部屋全体を包み込む。壁の向こう側では、常時明かりが灯っているのだ。
それにしても、ものすごい音である。大声を出し合っていても、よく聞こえない。
「えっ? なにっ? 今、何て言ったのっ?」わたしは何度もそう聞き返した。日本海を向くレンズの前で、遮蔽板がガッタン、ガッタンと騒音を立てているせいだ。
志茂田は、身振り手振りで説明を始める。傍らの小さな扉に向かい、ここから飛び込め、そう言っているらしい。
「そこに入ればいいのっ?」わたしは精一杯の声で叫ぶ。志茂田はうんうん、と首を振ると、扉を開き、まずは自分から入っていった。
中を覗くと、深く急なシューターになっている。
「こんなところを滑っていくのかぁ」とたんに怖くなった。けれど、志茂田が行ったのだから大丈夫なはず。「えいっ、こんなところでグズグズしてたって時間のムダだしっ!」
思い切って体を潜り込ませる。滑っていく、と言うよりも垂直落下に近かった。わたしの悲鳴が、チューブの中でわんわんとこだまする。
しばらく落ちたのち、こんどは右へ左へと擦れだす。再び下降したかと思えばまた上昇し、何度も何度も方向転換を繰り返した。
遙か先から、かすかに声がする。
「おーーい、むぅにぃくぅーん。だいじょうぶですかあーーっ」志茂田の声だ。
「今のところはねーーっ。だけど、酔いそうかもーーっ」わたしは返事をする。
「あと30分ほどのがまんですよーーっ。じき、東京に着きますからあーーっ」
あと30分もこの長い長い滑り台の上か。だんだん、胸がムカムカしてきた。
いっそ、このまま気絶してしまえたらなぁ、そう心から願うのだった。