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無題

 朝食のテーブルに着くなり、母が言う。

「今日はずっと、家にいなさい」

「なんで?」思わず聞き返した。

「なんでって……。ほら、外は寒いでしょ? それに、カゼが流行ってるし」

 どうも変だ。わたしが外に出たら、都合の悪いことでもあるのだろうか。

「でも、夕ご飯の買い物とかもあるじゃん」

「そんなの、おかあさんがするから。ね、部屋でのんびりしてなさいよ。ほら、この間買ったばっかりのゲームあったじゃない。あれやってれば?」

 ふだんなら、ゲームばっかりして、と文句を言うくせに。

「ねえ、おかあさん。何か、隠してるでしょ?」わたしは問いただした。

「やあねえ、別に隠すようなことなんて、何も……」そう言って目をそらしてしまう。

 怪しい。怪しすぎる。


「わかった。じゃあ、『真・ドラゴン・ハンター』でもやってようかなぁ」わたしは横目で様子をうかがいながら、わざとらしいほどの口調で答える。

 母は明らかにホッとしていた。

「そう、それがいいわ」

 もちろん、大人しく従うつもりなどなかった。食事が終わり、皿洗いを手伝ったあと、いったん部屋に戻るふりをして、こっそり居間まで引き返す。

 テレビの前で、母は盆のあられをつまみながら、洗濯機が止まるまでのひとときを、のんびりとくつろいでいた。

「よーし、今のうち」抜き足、差し足で、居間の前を通り抜け、スニーカーを手に、裸足のままそっと外へ出る。

 門を出たところでスニーカーを履くと、しめしめとにやけた。

「さて、どんな秘密があるのかなっ」わたしは小走りに通りを行く。


 町は、いつもと変わった様子もなさそうだ。

 あえて言うなら、工事が多い気がする。ふだん、クルマの出入りが少ないような小路なのに通行止めとなっていたり、先月終わったばかりの舗装の周りに、また黒と黄色のバリケードが立っている。

 幸い、わたしがよく利用する道は、不自由なく通り抜けられた。もしも、「今日はちょっと脇道を冒険してみよう」などと考えたなら、それらの野心はことごとく打ち砕かれたに違いない。

 アパートとアパートの間にある、「そのうちに通ってみよう」と思っていた路地には、「私有地につき、通り抜け禁止」と貼り紙があった。

 前に1度だけ近道に使った、公園を突っ切るルートも、公園そのものが「改装中」で入れないのだった。


「なんだか、ほかの道は通ってもらいたくない、そんな意図を感じるなぁ」思い過ごしだとわかっているが、胸の中がもやもやする。

 コンビニへ寄って、あんまんでも買おう。体が温まるに違いない。

 ところが、その時に初めて気がついた。

「あれ、寒く……ない」1月上旬と言えば、寒さ厳しい頃のはず。厚着をしていたって、外は冷え込む。

 それなのに、わたしが今着ているものは、部屋着の上にフリースのパーカー1枚きり。

「今日って、そんな暖かいのか」空を見上げると、どんよりとした雲が覆っている。雪が降ってきてもおかしくないような空模様である。

 妙だと思いながらも、コンビニに行き着く。年中無休、24時間営業が謳い文句の店舗だった。

 その自動ドアの前には、「準備中」の立て看板が。

「これまで、1度だって休んだことがなかったのに」店の前で立ち尽くす。


 仕方がないので、幹線道路沿いにある、ファスト・フード店へ行こうときびすを返した。

 途中、商店街を横切るのだが、そのわずかな距離を通った際に見えた光景も、ずいぶんと奇異だった。

 どの店も、準備中の札を下げているか、シャッターを閉めたままなのだ。

「それに、人っ子1人いない。ていうか、家を出てから、誰も見かけてないぞ。みんな、どこへ行ったんだろう」

 ファスト・フード店も、もしかしたら閉まっているんだろうか、などと心配になる。ところが店の前まで来てみれば、こちらは平常通り、営業中だった。

「よかった。ここは開いてた」ホッとして、店に入る。いつもの「チーズバーガー・セット」を、ホットコーヒーで注文する。


「お、むぅにぃじゃねえか」背後から声がかかる。振り返ると、どこかで見たことのあるような、「誰か」だった。

「えーと……」わたしは返事に窮する。

「おれだよ、おれ」相手は親しげな顔でそう告げた。

 じっと眺めているうち、だんだんと見覚えのある顔になる。

「なーんだ、桑田じゃん」わたしはトレーを持って、向かいの席に座った。「一瞬、誰だかわからなかったよ。なんか、知らない人に見えちゃった」

「えーっ、ひどいなあ、むぅにぃったら」よく見たら桑田孝夫ではなく、中谷美枝子である。

「あれ、中谷、ずっとそこに座ってた?」驚いて、目をぱちくりさせた。

「ええ、わたしならさっきからずっとここに」瞬きをしている間に、志茂田ともるへと変わっていた。

「いったい、どうなってるのさ!」わたしはカッとなって叫ぶ。

「何、怒ってんだよ」桑田が戸惑いを隠せず、わたしを見つめ返す。

「だって、そうじゃん。桑田なの? 中谷なの? それとも志茂田? はっきりしてってば!」

 わたしが名指しにするたび、向かいの席では順繰りと顔形を変えていく。


「お客様、店内で騒がれて困ります」カウンター越しに、店員が注意をしてきた。

 振り返ると、それはさっきわたしの注文を受けた人物ではなく、

「あっ、おかあさん! ね、なんでそんなところで注文なんか取ってるの?」

「だから、外に出ちゃダメだって言ったでしょ?」母はそう言って顔をしかめる。

「もう、わけがわからないっ!」

 自分でも驚いたことに、わたしはテーブルを叩いて立ち上がると、そのまま店を飛び出してしまった。

 外から見る店は、なんとなくアンバランスに見えた。立体感が乏しく、薄っぺらだ。写実を学んだばかりの人が描いた、下手くそな遠近感のよう。


 わたしは近寄って、ファスト・フード店をじっくりと調べてみる。

 正面からだと気がつかなかったが、横に回って見てみると、なんとベニヤ板に描かれただけの書き割りだった。裏から、棒杭で立てかけられている。

「騙されたっ!」わたしは舌打ちをする。「すると、ほかの景色も偽物だなっ?」

 町中を駆け回り、裏を覗き込む。どこもかしこも、安っぽい書き割りの背景だった。

 眠りにつくのが早すぎたに違いない。こっちの世界の舞台セットが、まだできていなかったのだ!

 頭上を仰いで、じぃっと目を凝らす。曇り空かと思っていたのは空白のままのワトソン紙で、下手くそな字でこう書いてあった。


 〔むぅにぃの夢、ただいま準備中〕

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