リサイクルにはまる友人
熱しやすく冷めやすい、と言うけれど、友人の木田仁なんて、まさにそんな性格だった。
流行り廃りに敏感で、すぐに飛び付くが、短期間のうちに飽きてしまう。
「おいら、今、凝ってることがあるんだ」
この日は、文房具店でばったりと会った。
「凝ってるって、肩とか?」あえて、とぼけてみる。
「違うよ、むぅにぃ」真顔で言い返すのだった。「凝ってるって言うのは、そういうことじゃないんだ。夢中になってる、ってことさ。それに、おいら、肩こりじゃないしさ」
のめり込むと深いのは、根が生真面目なせいらしい。
「それで、今度は何に凝ってるのさ」一応、話をうかがう。
よくぞ聞いてくれた、とばかり、嬉しそうに顔をほころばせる。
「リサイクルなんだ。これまでは捨てちゃっていた物を、何かほかのことに使い回すのさ。どうだい、エコだろ?」
「あー、それって、ペット・ボトルとか牛乳の紙パックなんかで、小物入れを作ったりするやつでしょ?」危うく、でも貧乏くさいよね、と言いかけ、間一髪口をつぐむ。
「うんうん、そうなんだ。牛乳の1リットル・パックで、もう300個もペン立てを作ったんだぜ。今度、2つ、3つ、持ってきてあげようか?」
「いい、いいっ。うち、ほら、ペンとかあんまり使ってないし」はっきり言って、迷惑以外の何ものでもない。もちろん、面と向かって言うわけにはいかなかった。
「そうかあ、残念だなあ。あ、じゃあ、ペット・ボトルで作った1本差しなんてどう? コーラか、サイダーか、好きな方を選んでいいよ。ほかに、生茶とかスポーツ・ドリンクとかね。せっせと溜めたから。数えてないけど、600本くらいはあるかな」
「ごめん、うち、部屋が狭くて置くところないんだ……」われながら、下手な言い訳だと思う。けれど、素直な木田は、まったく疑う様子もない。
「狭いんじゃ仕方ないね。ほら、ペット・ボトルって500か1リットルが多いだろ? おいらも、ついそんなサイズばっかり買っちゃうのさ。この次は、もっと小さいのを探して選ぶよ。それなら置けるもんな。うん、そうしようっ」1人、納得してうなずいている。ふだんは、よく気の付く人なのだが、何かにはまっている時は、自分の世界だけしか見えていない。
ほかにも、履けなくなったジーンズや古くなったジャケットのはぎれで、パッチ・ワークを作っているという。
「へー、裁縫とかできたんだ」意外な特技に、わたしはちょっと驚いた。
「そうさ、おいら、そういう細かい作業って割と好きだしね。キルトにして、掛け布団のカバーに使ったりしてるんだぜ。これが、いい夢観られるんだ。ほんとさ」
寄せ合わせの布団にくるまって眠る木田を思い浮かべ、ぷっと吹きそうになる。観る夢だって、きっとつぎはぎだらけに違いない。
「君にお似合いのうわっぱりを作ってやろうか。むぅにぃには……そうだなあ、茶系のがぴったりなんじゃないかな」木田は、指を伸ばしたり曲げたりしながら、わたしの体型を測り始めた。
「あのう、えーと。手間取らしちゃ悪いからいいよ、木田」そんなみの虫ファッション、とてもじゃないが着られるものか。
「遠慮すんなって。おいらとむぅにぃの仲じゃないか」
遠慮じゃないんだけどなぁ。
風呂の湯は、入浴が終わったあと、桶で汲み取って洗濯水に使うという。なるほど、ここらへんは見習った方がいいのかも。
「台所の洗い物とかはさ、洗剤なんて使わないんだ。だって、そんなことをしたら飲めなくなっちまうだろ?」
「えーっ、洗い物をした水を飲むの?」わたしは耳を疑った。
「沸かせば、ぜんぜん大丈夫だって。それに、食べ物の味が染みてて、これがなかなかいけるんだ」こともなげに言う。
ここまで来ると、ちょっとやり過ぎのような気もする。
「節約もいいけど、ものごとには限度があると思うよ」わたしはそう忠告した。
「限度かあ。確かに極端はいけないよな」木田はしみじみとうなずく。「でも、まだまだやれると思うんだ。もっと頑張らなくっちゃなあってね。これからさ。これからが、本番なんだ」
ダメだ、やっぱり人の話など聞きやしない。
次の週末、木田が約束の「うわっぱり」を抱えてやって来た。
「やっとこさ、完成したよ、むぅにぃ」ニコニコと満面の笑顔。「ここんとこ、ずっと徹夜だったんだぜ。でも、1日でも早く、君に渡したくってね」
「そ、それは大変だったね。どうもありがとう。大切に着させてもらうね」うわっぱりの入った紙袋を手渡される。苦労話を聞かされた上、こんな顔までされては、受け取るよりほかなかった。
「ささ、どうか着てみておくれよ」木田が促す。
わたしは、恐る恐る、うわっぱりを広げみた。綿入れだった。あらかじめ断ってあったように、茶色い布地ばかりを集めてかけつぎしてある。
はぎれは、フリースだったり、リンネルだったり、またモスリンが使われているところもあった。想像していた通り、いやそれ以上にみの虫だ。
わたしは複雑な思いで袖を通す。
「暖かい……」エアコンの温度を3度くらい下げても過ごせそうだった。
「よかった、喜んでもらえて」木田は、この1週間の疲れが吹き飛んだかのように、頬を緩める。
まだ、お茶も出していないことを思い出し、わたしは立ち上がった。
「コーヒーでいい?」
「それよか、ドライブでもしないかい? おいらのクルマ、ちょっとばかり、改良を加えたんだ。車体を軽くして、燃費をぐーんとよくしたのさ」木田が誇らしげに言う。
「木田って、クルマも詳しいんだ?」わたしは、またしてもびっくりした。本当になんでもこなす、器用な友人である。
たまのドライブもいいかもしれない。わたしは同伴することを承諾した。
ハンガーに吊してあるコートを取って、みの虫そっくりな綿入れから着替えようとする。
すると、
「おいおい、そのうわっぱり、十分にあったかいだろ? せっかくだから、着ていってくれよ」
部屋着ならともかく、これで外出って――。
まあ、クルマの中なら人にジロジロと見られる心配もないか。
「うん、わかった。これで行く」成り行き上、断れなかった。
家の前の道路脇に、木田のクルマが停められていた。
「どうだい、なかなかいいあんばいに仕上がってると思わないかい?」と木田。
「どうって……」なんと答えていいか迷ってしまう。「ちょっと聞くけど、外側ってもしや段ボール……じゃないよね?」
青く色を塗ってあるけれど、どう見ても鉄板の艶ではなかった。
「そうさ。よくわかったなあ。鉄じゃ重すぎるんだ。さんざん頭を絞って、すっかり段ボールに張り替えたのさ。ガソリン代、1割も安くなったんだぜ」
自慢の「ダンボールギーニ」に乗り込むと、助手席側のドアを開けてくれた。