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みずがめ座からのチラシ

挿絵(By みてみん)

イラストは、れみさんからいただきました。

 今日もまた、空からチラシが舞い落ちてくる。みずがめ座の方向、11.3光年彼方にある三重連星を星系とする惑星「アクア」で印刷され、太陽風に乗って地球へとやって来るのだ。

 チラシには、美しい青い星が写真入りで紹介されている。


 〔銀河系にお住まいの皆様、お待たせいたしました!

 いよいよ、惑星「アクア」での土地分譲が始まります!

 オープン・セールといたしまして、10アールがなんと、たったの9千万円から!


 なお、お引っ越しの際は、当社直営、星間連絡船のご利用を!

 準光速航行可能、1光年をわずか3年半で結びます!

 土地のご成約で、運賃および輸送費、1光年/1,720万円が無料!〕

 

 桑田孝夫と、駅に続く道を歩いていた。

「この辺りも、すっかり歯抜けになっちゃったね」そこはかとない寂しさを感じながら、わたしは独り言のように話しかける。

 みんな、新天地を求めて、地球を出て行ってしまったのだ。

「だな。あっちこち空き地だらけ。商店街だって、うちのおやじがおれ達くらいの時には、めっちゃ人がいたらしいぞ」

 その商店街も、今や数えるほどしか歩いていない。たまに人を見かけると思えば、降ってくるチラシを掃き集める清掃員くらいなもの。味気ないグレーの制服姿で、来る日も来る日も道端を片付けていた。

「掃いても掃いても、どんどん積もるよね。あれじゃキリがない」わたしは言う。「あのチラシの山、焼却して発電設備の足しにするらしいけど、集めるだけでお金がかかりすぎて、結局赤字らしいじゃん」

「向こうの星の管理局に文句言って、ばらまくのやめてもらえねえのかな?」桑田は憤慨する。

「無理だよ。地球だって、国同士で治外法権があるんだし、なんてったって、よその星なんだからさ」


「それにしても、そんなにいいのかねえ、あっちは」

「きれいなところらしいよ。環境破壊も始まってないし、惑星丸ごとが1つの自治体だから、平和が約束されてるしさ」わたしも、内心では憧れを抱いていた。「それに、地球からとっても近いじゃん。心変わりしても、戻ってこられない距離じゃないんだよね。それがやっぱり、人気の理由だろうなぁ」

「近いっつったって、お前。片道で40年くらいかかるじゃねか。今から契約したって、迎えの船が来る頃には、おれなんか、じじいになっちまってるぜ」

「どっちにしたって、うちはお金ないしなぁ。土地買って、家を建てるでしょ? それだけで1億円以上かかるしさぁ」わたしはため息をついた。

「ま、おれ達には夢物語だよな」

「うん。せいぜい、今いるこの地球を住みやすくしていくくらいなことしかできないよね」


 夜、お風呂に浸かっていると、色々なことが浮かんできた。

「ここんとこ、町内に新しいビルがぜんぜん建たないなぁ。不動産関係も、みんなあっちへ資金を移していくんだろうな」

 近所に数件あったコンビニも、軒並み潰れてしまった。こちらは移転というより、人が少ないので、売り上げが伸びなくなったためである。

 アスファルトも、いたるところひび割れたり、陥没したままだ。修繕しようにも、予算がなかなか下りない。人口がどんどん減っているのだ。支出が収入を遙かに上回ってしまっている。

「どうなっちゃうんだろう……」ブクブクと鼻の下まで湯船に沈ませる。不安でいっぱいだった。


 テレビでは、トーク番組でもワイドショーでも、しばしば今後の課題について語られていた。

「今の勢いで人口流出が続くと、国家として成り立たなくなる国も出てくるはずです」

「それは、アフリカなどの小さな国でしょうか?」

「いえ、むしろ先進国と呼ばれている地域からでしょう。転出には相当な資金が必要なわけで。日本なども、資産を持つ個人、企業がひしめいていますから、まっさきに憂慮すべきかもしれません」

 ネットでも色々と噂が流れている。

 ヨーロッパやアメリカの都心部などに人を集中させ、優先的にインフラの整備を行う。人が住むのに不便な場所はもう放っておいて、社会そのものを縮小してしまおう、そんな計画が検討されているというのだ。

 噂はしょせん噂に過ぎないけれど、現実を見れば、あり得ない話ではなかった。


 電車を初めとする各種交通も、一昔前のひなびた地方のように、日に数本という有様。

 娯楽にしたところで、まずテレビがつまらなくなった。そこそこ稼いでいる芸人は向こうに土地を購入して、続々と脱出してしまうからである。

 ハリウッドでは、もうここ数年、大作を作っていない。制作費もなければ、出演する俳優がそもそもいないのだ。

 過去に作られた映画を借りてきて観るくらいしか、身の回りに楽しみがなくなった。

 かろうじて、携帯などの通信網は保持されているものの、これだっていつサービスを終了するかわかったものじゃない。

「いっそ、電気も何も止まってしまえばいい」半ば、ヤケになってそう思う。大昔の人々が不自由なく暮らしていたのだから、できないはずはない。初めの数年は、きっと骨が折れるだろうけれど。


 ある日、噴水公園まで桑田に呼び出される。物心ついた頃からいつも一緒だったこの古い友人が、今日はなんだか遠く見える。

「いったい、どうしたのさ?」

「あのな、むぅにぃ――」口を開くのも億劫そうだ。「おれ、次の日曜日に、旅立つことになった」

 しばらく声が出なかった。

「それって、惑星『アクア』……のことだよね?」もちろん、わかりきっている。

「ああ。な、おれも知らなかったんだ。ほんとだ、すっとぼけてたわけじゃねえ。それだけは信じてくれ」

「別に疑ったりなんかしないって。よかったじゃん、行けて」冷静な口調に聞こえるよう、できるだけ努めた。

「おれのじいちゃん、若い頃に予約してたんだとよ。将来、宅地開発が進んで、分譲されたら移るって。で、じいちゃん一家と、おれら家族で行くことになったって、急に聞かされたんだ。そんな大事なことを、今の今まで、ずっと黙ってやがって……」それっきりうつむいてしまう。


 わたしはなんと言っていいかわからなかった。これまでも、空き地が増えていく様を幾度となく見てきた。そして今度は、桑田の家が消える。いつもの道を通って遊びに行ったとしても、子供の頃から入り浸った馴染み深い家は、もうそこにない。

 町はこれから、もっともっと寂しいものになっていくだろう。そしていずれは、例の噂の通り、どこかの国に強制移転されられて、小さな世界から仕切り直しをするのだ。

 

 ふと、想像してみる。

 あらゆる生産は激減し、開発は滞る。捨ててきた故郷はほったらかしになり、そのうち自然へと還っていく。

 けれど、人は決して滅びたりしないだろう。わたし達は、自分で思うより、ずっと強い。

 また繁栄し、再び広い地球へと散っていくはずなのだ。

 いっぽう、「惑星アクア」は発展を極め、住みにくくなっているかもしれない。

 その時は――その時こそ、またきっと、人々が戻ってきてくれるに違いない。

 豊かに蘇った、この地球という星に。

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