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福笑いをする

挿絵(By みてみん)

 わたしは、志茂田ともるの口元をじっと見つめ、今か今かと待ち構えた。

「『とある馬術の禁止事項』、『と』っ!」そう読み上げるのと同時に、カーペットに散らばった札を素早く見渡す。

「あった!」わたしは身ごと手を伸ばし、叩き降ろした。よし、今度は誰よりも早く札に触ったぞっ。

 みんなで集まって、カルタ取りの真っ最中なのだ。

 一瞬遅れて、わたしの手の甲をパシンッと引っ叩く者があった。

「取った、取った!」そう叫ぶのは中谷美枝子だ。

「ちょっと、中谷。こっちが先だったよ」当然、わたしは抗議する。まだ1枚も取り札を持っていないわたしにとって、これは譲れない局面だった。

「あたしの方が早く見つけたんだってば」中谷も主張する。すると、赤くなったわたしの手は何を意味するのだろう。


「まあまあ、2人とも」志茂田が穏やかに取りなす。「とにかく、取った札を見せてください」

 わたしは札を拾い上げ、志茂田に渡した。

「ふんふん、なるほど」

「絶対、あたしだよね、志茂田?」中谷がせっつく。

「この勝負、どちらも負けですね」志茂田が言下に否定した。

「どうしてっ?!」中谷とわたしは同時に文句を言う。

「なぜって、この札じゃあ……ねえ」絵札をみんなに向ける。〔はとも歩けば三歩で忘れる〕そうあった。

 あれ……?

「あった、これだなっ」端の席で桑田孝夫が嬉しそうな声を上げる。手には「と」の札が。

 また、取り損ねた。わたしはがっくりと肩を落とす。


 チャイムが鳴った。

「あ、来た来た。あの人が来ないと、正月って気がしないのよね」中谷はそそくさと立ち上がり、玄関へ駆けていく。

「ほかにも誰か来る予定だったんだ」わたしは聞いた。

「ええ、毎年恒例の福本さんですよ」志茂田が答える。

「福本さん? 誰それ?」

「なんだ、むぅにぃ。お前、忘れちまったのか? 去年も来たじゃねえか」桑田までもが口を揃えるのだった。

 頭に手を当てて考える。けれど、どうしても思い出せない。本当に会ったことあったっけ?

 中谷が福本さんを連れて戻ってくる。

「明けましておめでとう。みんな元気にしてたかい?」どこにでもいる、快活そうな青年だった。顔を見ればわかると思ったけれど、やっぱり覚えがない。


「どうしたんだい、むぅにぃ。そんな不思議そうな顔で、あんまりぼくを見つめないでおくれよ。照れてしまうじゃないか」福本さんは頭をかきながらそう言った。

 わたしのことは知っているんだ。じゃあ、本当に会ったことがあるのかぁ。

「どうしたのよ、むぅにぃ。まさか、福本さんを忘れちゃった、なんて言うんじゃないでしょうね?」

 言いつくろっても仕方がないので、わたしは白状する。

「それが、全然覚えてなくって――」

「あははっ、そいつはひどいなあ」朗らかにわらう福本さん。内心、傷ついているのかも知れないが、表に出さないところがすがすがしい。


「奇妙ですねえ、昨年はあんなに楽しく遊んだというのに」志茂田が首を傾げる。

「こいつ、昔っから忘れっぽいんだ。しょっちゅう顔を合わせてないと、おれ達のことまで頭から抜け落ちちまうんじゃねえか?」桑田は笑う。

「まあ、いいじゃない。時間が経てば、そのうちに思い出すから。ほら、去年もそうだったでしょ?」中谷はそう言いながら、カルタの札を片付け始めた。

「ああ、そう言えばそうでしたね。わたし達の方こそ、失念していました」志茂田が座布団を並べる。「さあ、福本さん。こちらへどうぞ」

 福本さんは、座布団で作った敷き布団の上で仰向けに寝転がる。

「なあ、中谷。タオルはどこだ?」桑田が聞く。

「タンスの一番下の引き出し。銀行でもらった新しいのがあるでしょ?」

「おう、あった、あった」桑田は下ろし立てのタオルを取り出す。


「これから何が始まるの?」わたし1人だけが、ぼけーっと座ったままだった。

「それも忘れてしまったのですか?」あきれたように志茂田が言う。

「福笑いに決まってんだろ? 正月ぼけだな、さては」桑田がわたしにタオルを投げてよこした。「ほれ、こいつで目隠しをしろ。今年はお前が1番最初だ」

「福笑いって、どこにあるのさ?」ますます混乱してきた。目の前には、ひっくり返ってニコニコしている福本さんがいるばかり。

「ばかね、そこにいるじゃないの。福本さんよ、福本さん」中谷が指さす。

「じゃあ、始めるよ。今年も大いに笑ってもらおうかな」福本さんは、おもむろに自分の顔をかきむしる。眉毛、目、鼻、口、耳が、ポロポロと剥がれ落ちた。


 そうだ、去年の正月もこれをやった気がする。笑いすぎて、横っ腹が痛くなったのじゃなかったか。

「みんなぁ、ちゃんとリードしてね。位置、間違えてたら教えてよねっ」そう念を押し、わたしは顔にタオルを巻いた。

「わかってるって」中谷の声には含みが感じられる。こりゃあ、絶対ウソを教えるぞ。

「わたしにお任せ下さい、むぅにぃ君」これは志茂田の声だ。ふだんは信用できるけれど、今回は怪しいかも。

「いいか、むぅにぃ。おれの言うことだけを聞いとけ。絶対に間違いねえから」桑田のリードだけは信じちゃダメだ。デタラメばっかりなんだから。


 わたしは手探りで顔のパーツを拾う。指で輪郭をなぞると、どうやら鼻らしいとわかった。

「ここいら辺?」まず、当てずっぽうに置いてみる。

「そうそう、そこですよ、むぅにぃ君」

「違うってば、もっと右よ、右っ」

「お前、それじゃ逆さまだぞ。クルッと引っ繰り返さなくっちゃ」

 一斉に声が飛ぶ。志茂田を信じたいけれど、声がいつもとちがう気がする。笑いをこらえているのかもしれない。

 中谷のことだ、いきなり引っかけなどしないはず。でも、それだってわからない。

 案外、一番信用のおけない桑田こそ、騙すふりをして本当のことを言っていたりして。

 わたしは賭に出てみることにした。1つ目は、桑田の指示に従った。

 クスクスと笑いが洩れる。しまった、間違えちゃったかな。いや、待てよ。それも作戦のうちかもしれない……。 

 

 たっぷり時間をかけて、わたしの福笑いは完了した。

「むぅにぃ、もう目隠し取ってもいいよ」中谷が言う。

 わたしがタオルをほどくと、福本さんはむっくりと半身を起こし、みんなにその出来映えを披露した。

 どっと爆笑に包まれる。

「こんな顔になりましたが?」そう言ってわたしの方を向いた時、笑いの発作と共に、思わずこんな言葉が出た。

「あっ、福本さんだ。おひさしぶりーっ!」

 互い違いの目、逆さまの鼻、鼻の下にヒゲのように貼り付いた眉毛、ほっぺの真横で笑う口。

 その顔には確かに見覚えがあった。

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