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初夢を売り買いする

 おせちも餅も食べ飽き、こっそりと家を抜け出し、近所のファスト・フード店へ逃げ込む。

 するとそこへ母が飛んできて、

「こらあっ、むぅにぃ! また、こんなところでっ」と怒鳴るのだ。

 引いてきたリヤ・カーには、この先100年は不自由しないくらい、山盛りのおせち料理。

 ……そんな初夢を見る。


「夢でよかった」ベッドの上で、ほっと胸をなで下ろした。正月はまだ2日目。おせちも餅も、まだまだ食べ足りない。けれど、夢のせいか、胸焼けがした。

「つまらない夢を観ちゃったなぁ。やっぱ、食い意地が張ってるのかな……」そんなことを考えながら、散歩に出る。

 商店街の、ずっと空き店舗となっていたビルのテナントに、臨時で店が出ていた。


 〔あなたの初夢、買い取ります!〕


「初夢を買い取ってくれるのか。ろくでもない夢だったし、売っぱらっちゃえっ」わたしは躊躇もなく、店に入った。

「明けましておめでとうございます」店員が頭を下げる。

「あの、初夢を売りに来たんですけど」

「はい、承ります。どうぞ、こちらへ」店員が、奥の部屋へとわたしを案内する。低いガラス・テーブルを挟んで、皮のソファーが置かれていた。「お掛けになって、その夢の話をお聞かせいただけますか?」

 わたしは、今朝観たばかりの夢を、詳細に話した。

「ふむふむ、ユニークな夢で」聞き終わると、内ポケットから電卓を取り出し、ポチポチと打ち始める。「おせち料理が登場するところなど、まさに正月らしい。そして、ハンバーガーですか。これまた、現代的というか、リアルというか、いいですねえ。リヤ・カーに山盛りのおせち、この不条理さが、いかにも夢らしい味わいをもたらせています……査定価格は、こんなものでいかがでしょう?」

 3,750円だった。世間での相場がどれほどなのかわからないけれど、元手がタダだったことを思えば、儲けものだ。

「はい、それでお願いします」わたしは承諾する。


 それにしても、初夢など買ってどうするのだろう。ふと、そんな疑問が浮かんだ。

「買い取った初夢って、何かの役に立つんですか?」

「ええ、もちろんですとも。まだ初夢を観ていないとお嘆きの方が、世間にはたくさんいらっしゃいます。そうした方々にお分けするのです、格安で!」

「でも、初夢って、元旦に観ないといけないんですよね?」わたしは聞いた。

「いいえ、『新年になって初めて観る』、それが初夢です。月が変わって2月になったとしても、まだ夢を観ていないというのであれば、その人にとっての初夢はこれからなのです」

「あ~、そうですよね。今の夢って、いくらくらいで売れそうですか?」

「まあ、それは……これから打ち合わせをして決めていくことですので」そうはぐらかされてしまう。相手も商売なので当然かも知れない。


 世の中には色々な店があるものだ。他人の夢を売り買いする、だなんて。

 わたしの初夢は、観た本人こそばかばかしいと思うのだが、そんなものでも需要があるからこそ、買い取ってもらえた。誰が買うのかは知らないが、喜んでもらえるのなら、産みの親としても嬉しい。

 帰りがけ、コンビニに寄って、さっき儲けたお金で肉まんを4つ買っていく。

「あら、むぅにぃ。どこ行ってたの? 部屋で桑田君が待ってるわよ」家に戻り、キッチンの前を通りかかると、母が告げる。

「ちょっと、初仕事してきちゃった」わたしはそう言うと、自分の部屋へ向かった。


 ドアを開けると、クッションを枕にして、桑田孝夫がグウグウと眠っている。人んちまで来て寝るなんて、本当に図々しい。ベッドを勝手に使われなかっただけでもましだが。

 叩き起こしてやろうと顔を近づける。

「う~ん、もう食えませんって……」そんな寝言が洩れてきた。どうやら、食べ放題の夢を観ているらしい。「勘弁してくださいよお、もうおせちも餅も食い飽きたんですって。何か、もっとほかのもん食いてえよお」

 だいぶ、うなされているなぁ。

「面白いから、もうちょっとほっとこう」わたしはどっかりとあぐらをかき、様子を見続けた。

 桑田は手バタバタさせ、首を激しく振りながら唸っていたが、突然、ガバッと起き出す。

「ゆ、夢か――」額は汗びっしょりだ。


「おはよう」わたしは笑いをこらえながら言う。

「おは……あ、むぅにぃ。そうか、おれ、寝てたんだな」

「眠りながら騒いでたよ。ずいぶん、怖い夢だったみたいだね」わたしは聞いた。

「ああ、そうなんだよ」桑田が訳を話す。「商店街で初夢を売ってる店があってな。おれ、まだ観てねえもんだからよ、店員お勧めのを1本買ったんだ」

「ふうーん」

「で、お前んち来てみたら留守だったろ? で、買ってきたばっかの初夢を試してみたわけよ」

「どんな夢だったのさ」

「ハンバーガー屋でバーガーを食ってたらな、なぜか、お前んちのおばさんが、リヤ・カーにおせちをごってり積んで追っかけてくるんだ。それをおれに食え、食えって言うんだぜ? おれ、もうおせちなんか食い飽きてんのに」


 さっきわたしが売った夢だ。

「いくらで買ったの?」おそるおそる尋ねてみた。

「5,000円ちょうどだったな。初夢が見られるんなら安い、そう思って払ったんだが、ちくしょうっ、ハズレを引いちまったぜ」

「あの、桑田。おせち、飽きたんなら、ほら、これ食べない? 今、コンビニで買ってきたんだ、肉まん。全部、食べちゃってもいいから」

「へっ? いいのか? ほんとに、みんな食っちまうぞ?」きょとんとした顔をする桑田。

「いいから、いいから」夢を観た張本人として、なんだか責任を感じてしまう。

「いいところあるじゃねえかよ、むぅにぃ。来てよかったぜ、いや、ほんと」ほくほくとしながら、肉まんにかぶりつく。 

「そう? 喜んでもらえてよかった」

 そう言うよりほかはなかった。

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