ロボットでドライブ
暮れも押し詰まった休日の午後、寒空の下、駅前でかれこれ30分も立ち続ける。
「桑田のやつ、遅いなぁ」幼なじみの桑田孝夫は、遅刻の常習犯だ。時間通りに来たことなんて、これまで1度だってない。けれど、震えながら待つのはやはりつらい。
喫茶店か、せめて駅の構内で待ち合わせればよかった、と今更ながら後悔する。
辺りが急にざわめき始めた。行き交う人々が遠くの方を指さし、口々にささやき合う。
「何かしら、あれ」
「どこかでビルの解体でも始めるのかも」
「重機だって言うのかい、あれが? それにしちゃあ、ばかにでっかくないかい」
振り返って首を伸ばす。ガッコン、ガッコンと音を立てながら、何かが近づいてきた。
2階建ての家ほどの大きさで、黄色に黒いストライプの入ったロボットだ。
「ああ、確かに解体業者所有って感じがする。それとも、リースかな」わたしもそう思った。
ブルドーザーが立ち上がって、二足歩行をしているようなそのロボットは、信号を守りながら、駅を目指してやって来る。足を1歩運ぶたびに、ズシンと地響きがした。まるで、杭打ち機が歩いているみたいだ。
「あれじゃ、アスファルトがすぐダメになっちゃう。道路公団が黙っちゃいないだろうなぁ。どこの解体業者だろ」
バスのロータリーへ入ったところで、プシューッとやかましい音を立てて停止する。
ロボットの頭が、何かを探すようにクルクルと回る。わたしの方を向いたところで、ピタリと止まり、口元に設置されているらしいメガホンから大音声が響き渡った。
「おうっ、むぅにぃっ! 遅くなったっ!」音こそ割れていたが、紛れもない桑田の声だ。
周囲が一斉にわたしを見る。心持ち、非難が込められているような気がした。あのはた迷惑なロボットは、こいつの知り合いだったか。操縦者同様、ろくでもないやつに違いない。
わたしは心の内で、(違うんです、まさか、あんな物に乗ってやって来るなんて知らなかったんです)そう叫んでいた。
赤の他人のふりはできないものかと、口笛を吹きながら駅に向かって歩き出す。わたしを見ていた者は、あれっ、この人は関係なかったのか、と首を振る。
しめしめ、このまま逃げちゃえ。早足になりかけたところで、また桑田が呼ばわった。
「おいっ、むぅにぃっ! こそこそとどこ行くんだっ! さっさと、こっちへ来て一緒に乗れっ!」
再び白い目がわたしに向けられる。人々の輪の中でいたたまれない気持ちになりながら、わたしはあきらめて大声を返した。
「わかったからーっ、すぐにそっちへ行くからーっ、もう、黙ってーっ!」
ロボットのおしり辺りから縄ばしごが落ちてくる。それを伝って登り、ようやく、中へと転がり込んだ。
「はしご、引っ張り上げてくれな」上の方から桑田の声がする。わたしはぶつぶつ文句を言いながら、重い縄ばしごをたぐり寄せた。
おしりの中からさらに上へ、垂直なはしごがかかっている。どうやら、ここを登っていくらしい。
「なんで、こんなおばかなんかと幼なじみになっちゃったんだろう……」はしごに手をかけながら、わたしは洩らす。
登り切った先は操縦席になっていた。たくさんのレバーが突き出ているところなど、やっぱり重機にそっくり。
「お、来たな。助手席に座れ。シート・ベルトを忘れるな」桑田が促す。
「どこのビルを破壊しに行くのさ」ベルトを締めながらわたしは言う。
「ビルなんか壊さねえよ。誰だ、そんなこと言ってるやつは」
「下じゃ、みんな言ってるよ」とわたし。「とにかく、ここに居座ってたりしたら迷惑だからさ、早く、どこか行こうよ」
「ああ、そうだな。駐車違反取られたくねえし」桑田はクラッチをつないで、ロボットを動かす。フロントガラス越しに、向かいのビルが大きく上下に揺れ動いて見えた。
いくつものレバーを器用に操り、ノッシノッシと車道を歩いて行く。歩幅があるので、クルマがふつうに走るのと大して速度は変わらなかった。
「すっごい揺れるんだ」早くも乗物酔いしそう。
「オーリンズのサスに換えたんだぞ。初期装備なんて、こんなもんじゃなかった」
「で、どうして、こんなの買ったわけ?」わたしは聞いた。
「だって、かっこいいじゃねえかよ」それが桑田の答えだった。
「どこがっ?!」思わず言い返す。「そもそも、これってなんの免許があれば乗れるの? まさか、無免許じゃないよね」
「大型特殊だが?」
「それで乗れちゃうの?」びっくりして、ほかに言葉が思いつかなかった。
「いちおう、ロボット操縦の講習も受けたけどな」
そのうち、日本中、こんなものが歩き回る時代がやって来るのだろうか。
「おれさあ、こいつに乗って、全国を旅しようかと思ってんだ」一時停止で左右を確認しながら、しみじみと言う。
「トンネルが少ない道を行った方がいいね」
「でな、操縦にすっかり慣れたら、怪獣退治のバイトでもしようかって」
「怪獣って、そこらにいるものだっけ?」
「いるさ。それこそ、うじゃうじゃといるんだ。見つけ次第、さっさと倒しちまうからニュースにならねえだけで」
そんなに湧いてくるのなら、報道されなくとも、身の回りで見かけたりするんじゃないのかなぁ。
「あれってな、倒しまくって経験値を稼ぐと、もっとすげえロボットに乗れるんだぜ」鼻息も荒く語る。
「へえー……」
「へー、じゃねえよ。いいか、むぅにぃ。バンダムにだって、デヴァにだって乗れるんだぞ。すげえと思わねえか?」
「へえーっ?!」確かにそれはすごい。バンダムもデヴァも、怪獣退治のアルバイトだったのか。
「おれ、バンダムだけは、死ぬまでに1度は乗ってみたいと思ってたんだ。乗れるかな? 乗っていいと思うか、おれなんかが?」熱っぽく意見を求めてくる。
「乗れば……。うん、乗ればいいと思うよ、べつに」
「そうだよなっ、乗っていいんだよな、おれだって! よーし、おれはやるぞーっ!」
ロボットはいつの間にか、国道1号線を相模湾に向かって進んでいた。桑田の夢と、わたしの乗り物酔いを乗せて。




