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博物館の秘密・後

 倒れた植木を前に、わたしはハァ、っとため息をつく。

「しかたがない、管理事務所へ行って謝ってこよう」

 広い倉庫を、とぼとぼ引き返して歩いていると、どこからか鼻歌が聞こえてきた。たまに入る歌詞は、こんなふう。

「ルールルルー。君とぼくとがもしも出会っていたならばぁ~、君はきっとぼくにひっとめぼれ~。その場でパクッと食っちまうだろさぁ~。だって君はアロサウルスなんだもん、もん、もん~。だけど君は、1億飛んで5千万年その昔~、ほっほっ滅んじまったのさぁ。君とぼくとはすれ違いぃ~」

 なんてばかばかしい歌なんだろう。思わず、その場で吹き出してしまった。

「誰だ? 誰かいるのか?」1区画先の荷物の陰から、小太りの男が現れる。禿げ上がった頭、まんじゅうそっくりの赤ら顔、そのぷっくらとしたほっぺに載った銀縁の丸めがね。


「あの、すいません、勝手に入り込んじゃって。休憩所と間違えたんです」わたしは即座に詫びる。「ところで、事務所はどこでしょう?」

 男は腕組みをしたまま、わたしをじっと見つめた。

「君は休憩所を探しているかね? それとも事務所を探しているのかね?」

「えーと、初めは休憩所だったんです。でも、事情ができて、事務所を探した方がいいかな、なんて……」

「いったい、なんのことかわからんが」

「ここの館長に会わなくてはならないんです」さっさと謝って済ませてしまいたかった。

「ああ、そういうことか。なら、わざわざ行くまでもないんじゃないかな」

「どうしてですか?」

「だって、わたしがその館長だもの」そう言って肩をすくめる。


 ホッとしながらも、心の準備なしにいきなり出くわしたことで、動揺を隠せなかった。

 穏やかそうに見えるけれど、怒ると怖いのかもしれない。目尻のしわは、笑いじわじゃなく、怒鳴ってばかりでできたものではないだろうか。

「実は、置いてある物を、うっかり倒してしまったんです」わたしは白状した。

「ほう……。で、それは壊れたのかね?」

「ええ、もう見事に。金額を言ってくだされば弁償します。あんまり高価なら、1回じゃ無理かもしれないので、その時はどうぞ、分割にしてください」

 驚いたことに、館長はいきなり笑い出した。

「いいって、別に。ここにある物は、2つの理由から置いたままになっておる。1つは無用の長物、展示したって誰も見向きもしない、つまらないもの。なんと、これが実に99パーセントも占めるんだなっ!」


「へー、こんなにたくさんあるのに」わたしは辺りを見回し、改めて驚く。

「君がぶっ壊したもんだって、きっとそこら辺のガラクタだろう。気にする必要はないぞ」

 ふうっ、と力が抜ける。なあんだ、心配して損した。

「残りの1パーセントって、どんな物ですか?」ついでに尋ねてみる。

「ああ、これがやっかいな物でな。いわゆる、『マジック・アイテム』というやつなんだ。現代科学じゃ解明できない、色々と謎めいた力を秘めてるんだよ」館長は声を潜めて教えてくれた。誰かに聞かれちゃまずい、とでも言うように。

「それ、例えばどんな物なんでしょう?」興味津々に聞く。

「そうだなあ、人の血を吸いたがる刀とかね。こいつを手にすると、やたらと振り回したくなるんだ。な、物騒だろ? 別の意味で、人目に触れさせられん物だ」


「ああ、映画とかで登場する呪いの剣かぁ。あれって、実在するもんだったんだ」

「ほかには、禍々しい生き物を封じ込めた植木とかね」

「植木?」わたしはドキッとした。

「うん、クリスマス・ツリーくらいの大きさで、イラガのマユみたいなのがいっぱいぶら下がってるんだよ。そのマユの1個1個には、いにしえの魔術師がこさえたおっとろしい昆虫が封じ込められていてね、うっかり割ってしまっては大変だ。中から、わらわらと這い出てくる」

「あのう……」おそるおそる、申し出る。

「なんだね?」

「それって、鉢が灰色をした陶器だったりします?」

「おお、よくわかったな。そうそう、まさしくそれ――」そこまで言って、館長の顔色がサッと変わった。「まさか、それをたたき割っちまったって言うのか?」

「そうみたいです」恐縮しきって、蚊の鳴くような声でうなずく。

 両手に拳を作ってわなわなと震えだしたかと思うと、雷のような声を轟かせた。

「こ、この大ばか者がっ!」

 ほらね、怒るとやっぱり怖い。


「ありゃあ、確かF37区画だったな。急いで見に行こうっ」館長はそう言うなり、腹の脂肪を弾ませながら走り出す。

 責任上、わたしもそのあとを追った。

 通路の真ん中で横になっている植木を見つけ、駆け寄ってそばにしゃがみ込む。

「ひい、ふう、みい……。95個は無事だったか。逃げ出したのは5匹だな」館長は、枝に残ったマユを数えてつぶやいた。

「全部で100個ちょうどなんですか?」

「ああ、その通り。ごらん、マユのかけらを。文字のようなものが描いてあるだろう? 同じものは1個としてない。それぞれ、性質の異なる『昆虫』が封じ込められてるんだ」

 サンスクリット語の一部が見て取れた。


「じゃあ、どの虫が逃げたかわかりますか?」

「まあ、待て」館長はかけら同士を合わせたり、向きを変えたりしながら吟味を始める。「1匹目は、『ゾウカブトムシ』だな。こいつはでかいから、すぐに見つかるだろう」

「大きいって、これくらい?」わたしは親指と人差し指をぴーん伸ばして示す。国産のカブトムシで、これほど大きなサイズは見たことがない。

「ふん、ばか言っちゃ困る。文字通り、ゾウほどもあるカブトムシなんだぞ。町中に出現しないことを祈ろう」

「町中って……。これ、壊れたの今さっきなんですよ。この倉庫のどこかにいるんじゃないですか?」不思議に思って言い返す。

「封印を解いたからといって、その場に現れるとは限らん。現に、ここにおらんじゃないか。と言うことはつまり、どこか別の場所に出たんだ」館長は答えた。

 だんだんと事態が飲み込めてくる。

「すると、残り4匹も、今頃は――」


「2匹目は『コエゼミ』か。こいつはほっといてもよかろう。声だけの存在だからな。3匹目、『ヒカリムシ』、4匹目『カゲムシ』とな。おあつらえ向きだぞ。この2匹は、そもそも両方合わせて1匹なんだ。それに、せいぜい人をまぶしがらせたり、気味悪がらせるのが精一杯。こいつらも放っておこう」床の上にどっかりと座り込んで、1人、ぶつぶつと続ける。

「よかった、どれも大したことのない虫ばかりで」わたしは胸をなで下ろした。

「むむっ?!」ふいに、館長がうなり声を発する。

「どうかしました?」嫌な予感がしてきた。

「最後のはちと、やっかいだぞ。『キンイロカマキリ』とは、まったく!」いまいましそうに、つるんとした頭をなで上げる。

「金色をしたカマキリかぁ。きっと、見かけたとたん、人が殺到するんでしょうね」

「とんでもない! 手を出したりなんぞしたら、それこそえらいことになる」そう言うと、いても立ってらもいられない様子で立ち上がった。

「いいかね、金色のカマキリを見かけても、近づくんじゃないぞ。超合金製のカマを持っておってな、例え鋼鉄であっても、バターのように切り裂いてしまうんだからな」

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