博物館の秘密・前
隣町にある科学博物館には、一般展示場とは別に、ひっそりと隠された秘密の物置があった。
桑田孝夫と、特別展「恐竜――後世への足跡」に来ていたわたしは、偶然、そのことを知る。
「恐竜はよ、6,500万年前に隕石で滅んじまったんだ」チケットを買い、エントランスに向かいがてら、桑田が言った。
「みんなして、そんな真下で何してたんだろう。よくよく運が悪かったね」わたしは半ば上の空で答える。
「隕石に押し潰されたわけじゃねえよ」と桑田。「でっかい隕石だったんだ。そいつがな、こう、どーんと落ちてきたもんだから、地球の環境がまるっきり変わっちまったんだ。つまりだな、どこもかしこも冷凍庫みてえによ」
電車の中から、ずっとこんな調子で話し続けていた。よっぽど恐竜が珍しいに違いない。
もっとも、わたしだってまだ見たことはないけれど。
展示室に入ると、いきなり巨大なマンモスの骨格標本のレプリカが出迎えてくれた。
「で、でっけえ……」桑田は反り返って仰ぐ。背中までの高さが、ゆうに5メートルはある。
「あの牙見てよ。まるでフォークリフトみたい」あごの両脇から長く伸びる牙は、それは見事だった。
奥へ進むと、これまた巨大な恐竜の復元モデルが、競うように並んでいた。
「おい、むぅにぃ。あれな、あれがティラノサウルスだぞ。それから、その向こうのばかでっけえの。ありゃあ、ブラキオサウルスだな」桑田はすっかり興奮しきっている。
ティラノサウルスは口をガバッと開け、その鋭い歯で今にも襲いかかってきそうだ。一方のブラキオサウルスは、のんきに草を食んでいる。しかし、大きさでは前者を圧倒していた。
「ブラキオサウルスの方が強そうだね」わたしはうっかりそう言ってしまう。
桑田の眉間がピクッと動く。
「ばーか、奴は草食だぞ? めっちゃ大人しいんだぞ? ティラノなんかお前、最強の肉食恐竜なんだ。いっくらでっかくたって、ひとたまりもないんだぞ?」
まるで小学生が、ヒーロー対決でどちらが強いかを、ムキになって反論しているみたい。
以前、志茂田ともるが言っていたけれど、スピノ……なんとか、そんな名前の恐竜こそ、最強なのだとか。
もっとも、今そんなことを口にすれば、桑田をますます喜ばせるばかり。わたしは知らん顔をして黙っていた。
しばらく見て回るうち、桑田がだんだんと無口になってくる。閲覧に夢中なのかなと思い、並んで歩く桑田を振り返った。
そわそわと落ち着かず、ろくすぽ展示も見ていない。
「どうかした?」わたしは聞いた。
「ん? あー……おれ、ちと便所行きてえ」漏れそうな声を出す。
「もうっ、早く行ってきなよ」
「おう」
前屈みのまま、早足でトイレを探しに行く。やっぱり小学生、いや幼稚園児並だ。
恐竜の骨格やリアルな模型に囲まれて、わたしは1人、ぽつんと立つ。このフロアはあまり人気がないらしく、人もほとんど来なかった。
視線を感じて振り向いたとたん、類人猿と目が合ってしまう。チンパンジーのように毛深くて、そのくせ表情豊かなところなど、現代人そっくり。いたずらっぽく光る茶色い瞳まで、精緻に作られていた。
ふいに、それが本当は生きていて、突然ニヤッと笑い出すのではないかと思えた。なんだか薄気味が悪い。
「桑田、早く戻ってこないかなぁ」
誰でもいいから、通りかかって欲しいと願う。こんな時に限って、ガラガラだなんて。
我慢できず、休憩所へ向かって歩き出す。
「携帯だってあるんだし、すぐに合流できる」自分に言い聞かせる。
来る途中に、確か自販機のコーナーがあったはず。わたしは、記憶を頼りに通路を行った。
角を曲がった先に、開きかかった扉を見つける。
「あった、あった。確か、ここを通ってきたんだ。温かい缶コーヒーでも飲んで待ってよう」
ところが、扉の向こうはだだっ広い倉庫だった。どう見ても休憩所ではない。
「あれ……?」小さな博物館のどこに、こんな広大な敷地があったろう。
向こう端が霞んで見えないような物置に、ところ狭しと物が並べられていた。小屋ほどの高さのものもあれば、手のひらにすっぽり収まるようなものまで、膨大な数である。
そのどれも、草色のシートで覆われていて、外からはさっぱり見えない。
すぐに引き返すつもりだった。何より、ここは暖房が効いていないので寒くてたまらない。
「でも、せっかくだから、ちょっとだけ」わたしの好奇心は、桑田にも負けていなかった。
碁盤の目のように、区画が整備されている。通路は、運搬車両が余裕を持って通れるほどの幅だ。
とある一画に、人の背丈ほどの何かを見つける。シートの形から、植木らしい、と目星を付けた。
「さてはクリスマス・ツリーだな」シートの端をつまんでめくる。美しい灰色の、陶器でできた植木鉢が現れた。「ほら、やっぱり」
けれど、肝心の木が見えない。もうちょっと、シートを上げなくては……。
わたしは端をつかんでたぐり寄せた。枝が引っ掛かっているらしく、手こずる。
「もっと強く」えいっ、と引っ張った。
シートははらりと剥がれ、宙に舞う。その拍子に、わたしはおっとっと、とバランスを崩し、床の上に尻餅をついた。
「痛たぁ――」けれど、のんびりしている暇などなかった。あらわになった植木が、ゆっくりとこちらへ向かって倒れてくるところだったのだから。
わたしは横にでんぐり返しをして、すんでのところで難を逃れた。
「危なかったぁ……」植木鉢は真っ二つに割れ、木の枝に吊してあったオーナメントがいくつも散乱してしまっている。「やっちゃったなぁ。こりゃあ、大目玉もらうぞ」
倒れた木をよく見ると、モミではなかった。葉は硬貨のように真ん丸で、年輪のような葉脈が走っている。オーナメントだとばかり思っていたそれは、イラガのマユにそっくりだ。
「これって、作り物? いや、違う。ちゃんとした生きた木だ。だって、植木鉢からは本物の土がこぼれてるし、折れた枝からは樹液が滲んでるんだもん!」