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南極でアルバイトをする

 南極とはいえ、おもちゃ工場の中は暑いくらいだ。せっせと袋詰めに精を出していれば、なおさらのこと、わたしはしばしば額の汗を拭わなくてはならなかった。

「急げ、急げ。早くしないと、クリスマスに間に合わん!」すぐ隣のラインでは、ドワーフのおじいさんがせわしくなく手を動かしている。

「そんな慌てなくたって大丈夫ですよ」わたしは言った。「ほら、今年はこんなに大勢、アルバイトが集まってるじゃありませんか。それに、クリスマスまでまだ間があります」

「なあに、さっさと済ませちまえば、あとが楽ってもんだ。それに、わしらドワーフっちゅうもんは、ばたばたと働くのが何よりも大好きなもんでな」

 確かにそれは言える。広い工場の中、あらかたはこの地域に住むドワーフ達だった。老いも若きも、熱心に自分の仕事をこなしていた。


 ポストに、アルバイト募集のチラシが入っているのを見つけたのが先週のことだった。


 〔クリスマス・プレゼントの梱包要員、短期大募集!〕


 大きな赤いポップが目に飛び込んできた。

「どこのおもちゃ屋だろう。それとも、ケーキ屋かな」そう思い、詳細を読んでみて驚く。広告主は「サンタクロース」、場所は南極だと言う。

 ふつうなら、冗談か何かだと思うところだが、文末には正真正銘まごうことのない、「サンタクロース印」がポンッ、と押されていた。

 ちなみに、時給は2,500円、宿泊所は用意されていて、3食無料とある。少々遠くとも、魅力的なバイトだった。

「やってみようかな」その日の夕方まで悩んで、明け方にようやく決心がつく。

 バッグに着替えを詰め、昼前にはポーラー・エクスプレスへ乗り込んでいた。


 駅を降りると、8頭立てのソリが迎えに現れる。初め、御者が見えなかった。さすがは南極、トナカイもよく飼い慣らされたものだ、と思ったがそうではない。ドワーフが1人、手綱を握っていた。子供の背丈ほどしかないので、見落としていたのである。

 厚着に厚着を重ねていたが、それでも沁みてくる冷気を防ぐことはできず、このまま氷付けになるのではないかと覚悟をしたものだ。

 もう限界だと思った時、氷原の中、唐突に現れたのは宮殿のように大きな、赤い建物だった。

「ごらんなせえ、あれがわしらのおもちゃ工場です」ドワーフの御者が言う。

 工場の傍らにある頑丈そうな木の扉が独りでに開き、トナカイをつないだままのソリは、速度も落とさず中へと入っていった。

 扉が閉まると、外気は完全に遮断され、ポカポカと暖かい空気で満たされる。

「日本からじゃあ、さぞかし寒かったことでしょうなあ」ドワーフは陽気にわたしの背中を叩いた。

「ええ、凍え死ぬかと思いました」本心からそう答える。


 御者の案内で、わたしは工場の事務室へと案内された。まるで迷路のように込み入った廊下を、あっちへ行ったり、こっちを曲がったり、たっぷり30分はかけてようやく行き着く。

「この部屋で面接を受けて下せえ。面接っつうても、なぁに、難しいことじゃねえんです。ただ話を聞くだけでさ」

 ノックをすると、中から「お入り」という声が聞こえた。わたしはドアを開けて入り込む。

 広すぎもせず、狭くもない、そんな心地よい部屋の奥に、使い込んだ素朴な机がでんと置かれている。机の前に座っていたのは、灰色の背広をきちんと着た老人だった。でっぷりとして、赤ら顔。髪も顔中を包むもじゃもじゃのヒゲも、真綿のように真っ白。

 わたしはサンタクロースに会ったことがなかったけれど、一目見て、この人こそまさにそうなのだ、と確信した。


「わたしがこの工場の最高責任者、サンタクロースです」老人はそう言って、ふぉっふぉっふぉっと朗らかに笑った。

「ああ、そうじゃないかと思いました」わたしは言う。「でも、例の赤いコスチュームじゃないんですね。ちょっと、意外です」

「だって、お前さん。ありゃあ、外着じゃないかね。たいていの者は、部屋の中じゃあ、オーバーは脱ぐものだがなあ」また大笑いをする。

「そうですよね、本当に」釣られて、わたしまでも笑い出す。

「さてさて、臨時雇いの件で面接だったっけ。えーと、その、なんだ。お前さんは、子供が好きかね?」

「ええ、そりゃあ。だって、無邪気だし、それに可愛いですから」わたしは答えた。

「よろしい! 合格です。すぐにでも働いてもらえますかな?」

 サンタクロースは立ち上がって、手を差し伸べる。わたしはその大きな温かい手を握り返した。


 次から次へと流れてくるプレゼントを袋に入れていると、ふいにコンベアが停止する。

「どうしたんでしょうね」わたしはドワーフに話しかけた。

「うーん、故障じゃろうか……」しわだらけの顔を、ますますくしゃくしゃにする。

 向こうの方からポテポテと誰かが走ってくる。サンタクロースだった。

「おーい、誰かぁ」息を切らせながら大声を上げる。「メッセージ・カードが印刷できなくなってしまった。プリンターのトナーが切れてしもうたわい!」

「うちの近所の家電量販店なら、安く売ってますよ」わたしは言った。

「そりゃあ、いい。悪いが、ひとっ走り買ってきてもらえんかのう。ソリに乗っていくといい。あっという間に飛んでってくれる」

 わたしはうなずくと、隣に座っていたドワーフのおじいさんに尋ねる。

「ソリの御者を頼めますか?」

「合点、任せておけい」胸を叩いて承知してくれた。

 

 厩に向かうわたしに、サンタクロースが声をかける。

「外は寒いじゃろう。これを着ていくといい」

 ふわっと投げてよこす。お馴染みの赤い外套と頭巾だった。

「ありがとうございます」羽織ってみると、モミの木とケーキの匂いがする。ふかふかで、極寒の地でも春のように暖かそうだった。

「ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、ドンダー、ブリッツェン、キューピッド、コメット!」御者を務めるドワーフが声を張り上げる。「さあ、お前達の出番だ。ちょっくら、日本まで飛んどくれっ」

「外は真っ暗ですね。大丈夫でしょうか」わたしは少し心配になる。

「おお、そうじゃった、そうじゃった。ルドルフはおらんかーっ。今日はお前にも一働きしてもらうぞっ」

 すると、厩の奥からヘッドライトのような光が差す。それは1頭のトナカイで、何と、鼻先がカンテラのように光り輝いているのだった。これなら、夜道でも迷わずにすみそうだ。


 ソリに乗り込むと、ドワーフのおじいさんは軽く鞭をくれる。

「それっ、進め!」

 駅からここへは雪の上を滑るように走ってきた。今度は、ふわりと宙を駆け上る。ジェット・コースターのような高揚感、気分はもうサンタクロースだった。

「サンタクロースはトナカイに~」思わず、歌が口を出る。

「サンタクロースはトナカイに~、ほいっ!」御者も合いの手を打つ。

 オーロラの垂れ下がる夜空を眺めながら、ふと思った。

 店の人も、まさかソリに乗ってやって買い物に来る客など想像もしないだろう。それも、サンタクロースの格好で!

「トナー、買いに来ました」わたしはそう言う。

「えっと、あのう。領収書にはなんと書きましょうか?」店員はそう聞くだろう。

「南極在住、サンタクロース、そうお願いします」

 誇らしげに、わたしは言うのだ。

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