友、年末ジャンボを当てる
洗い物を終わらせて戻ってくると、携帯に着信があった。桑田孝夫からのメールだ。
「また、つまらない用事なんだろうなぁ」そう思いながら、読んでびっくりしてしまう。
〔年末ジャンボ買ったか? おれは買ったぞ。しかも大当たりだ。ははん、ざまあみろ。今度の日曜日、飯でも食いに行こう。奢ってやる〕
「すごいっ、本当に当たるなんて!」
発売日前から大騒ぎをしていたっけ。確か、5万円くらい買っていたはず。
「むぅにぃ、お前は買わねえのか」宝くじの束を数えながら言う。
「当選日まで気になって、気になって、何も手がつかなくなるからいい」わたしは1枚も買わなかった。その場でわかるインスタントくじなら面白いけれど、待つのが嫌いなのだ。
「買わなきゃ当たんねえぞ」桑田はわたしを小ばかにしたような目で見る。
「外れれば大損じゃん」
「ばーか、これは投資なんだ。投資をムダだと考えるのは、資本主義に反してるってなもんだ」
あの時は心の中で、もっと現実を見た方がいいよ、とつぶやいたものだ。それが、まさか当選してしまうなんて。
正直なところ、千円分でもいいから買っておけばよかったなぁ、と後悔していた。もしかしたら、桑田の前後賞に便乗できたかもしれない。
ともあれ、友人のラッキーは損得なしで喜ぼう。
「そうだ、中谷と志茂田にも教えてあげなきゃ」わたしは、手にした携帯で、即座に連絡を入れる。
「もしもし、中谷? あのさ、桑田がさ、宝くじで1等取ったんだって」
「えーっ!」こちらの耳まで痛くなるほどの悲鳴が上がった。中谷美枝子の声は、その後30秒は途切れたままだ。きっと、吐き出した分、深く息を吸い込んでいるに違いない。
「それって2億円でしょ? あんたは? あんたは買わなかったの? 一緒に買ってれば、もしかしたら前後賞が当たったかもしれないよ?」
「そうなんだよね、今頃だけど、後悔してる。買わなかったんだぁ」中谷に怒られるのを覚悟で、わたしは白状した。
「あんたってば、いっつもそうなんだから。ほんっと、呆れる」案の定、責め立てられる。
「そんなわけでさ」さりげないふうを装って、話をすり替える。「桑田が今度の休みにご飯を奢ってくれるって。行くでしょ、志茂田も誘ってさ」
携帯の向こうから荒い鼻息が伝わってきた。
「行くに決まってるでしょ。断られたって、ついてってやるからっ」
当日、わたしと中谷、それから志茂田ともるは噴水公園で落ち合った。
「桑田君は相変わらず遅いですね。金持ちになったのですから、少しは気を引き締めるべきですよ」いもしない桑田に、志茂田が説教をたれる。
「それにしても寒い。早く、あったかい店に入りたい」中谷はコートを胸の前で引き寄せながら言った。
北風が抜き抜ける中、わたし達は足を震えさせながら待ち続ける。
「よ、お待たせ」ようやく、桑田が現れた。いつもと変わらない格好に見える。大金が手に入ったにしては、パッとしない。
「遅いよ、桑田」わたしは言った。
「わりい、わりい」それから中谷と志茂田に気づき、「あれ、みんなどうしたんだ?」
「どうしたですって? 水臭いじゃないの。あんた、宝くじ当たったんでしょ? あたしたちにも食事ぐらい、ご馳走してくれたっていいじゃない」中谷が突っかかる。
「そうですとも、桑田君。この中で一番、世話を焼かせているのは誰でしたっけ? わたしじゃありませんか。こういう時にこそ、日頃の恩を返しておくものです」志茂田も痛烈に非難した。
「おい、むぅにぃ。お前、こいつらに話しちまったのかよ」ひそひそと耳打ちをする桑田。
「えー、だって。みんなで祝った方がいいに決まってるじゃん。何かまずかった?」
「いや、そういうんじゃ……わかった、わかった」2人の方を向き直り、「じゃあ、みんなついてこい。今日はおれの奢りだっ」半ばヤケのような口調だった。
店に入ると、桑田は注文した。
「この店で一番高いのを」
店員はちょっと考えたが、
「でしたら、『ダブルチーズ&厚切りベーコン・バーガー』、ドリンク、ポテトのセットで、870円になりますが」
「じゃ、それ」
わたし達もレジに並んで、セット・メニューを頼んだ。もちろん、支払いはすべて桑田に任せる。
トレーを持って席に着くと、わたしは言った。
「ここって、いつも来るファスト・フードじゃん。もっと、豪華なところかと思った」
「あたしも」先にかけていた中谷が、不満そうにポテトをつまむ。
「まあ、無駄遣いはいけません。お金を大事に使うことはいいことです。いいことではありますが……」志茂田はコーヒーをずずっとすする。「それにしたって、セコすぎやしませんか?」
「なんだよ、おれが何をしたって言うんだ。それどころか、こうして奢ってやってんじゃねえか」仏頂面でダブるチーズ&厚切りベーコン・バーガーに食らいつく。
「ねえ、桑田。あんた、本当に1等2億円なんて当てたの?」中谷が聞く。
ブッとハンバーガーを吹き出す桑田。
「に、2億円っ?!」その目が白黒していた。
「おや、じゃあ2等の1億でしたか」志茂田が口を挟む。
「ば、ばかやろー、そんな金あったら、今頃、海外にでも旅行してらあっ」
「あれっ、1等じゃなかったんだ」とわたし。「じゃあ、いくら当たったの?」
「それはその、つまりだな、5等の1万円だが……」桑田はぼそぼそと下を向いて答える。
わたしの方に向き直り、「なんだよ、むぅにぃ。せっかく、ステーキでも食わせてやろうと思ってたのに、こいつらまで連れてくるなんてよおっ!」