表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/234

カゼをひいて寝込む

 夕べは、借りてきたDVDを観ているうちに、そのままコタツで眠ってしまったようだ。目を醒ますと、喉ががらがらする。

「カゼひいたかな」そうつぶやく声もしわがれて、なんだか自分がしゃべっているんじゃないようだ。

 額に手を当ててみる。少し熱っぽい。

 午後になると、さらに熱は上がり、咳が出てきた。どうやら、本当にカゼらしい。

 薬を飲んで、ベッドに入る。うつらうつらとするが、なかなか眠れなかった。体がだるいせいかもしれない。


 天井を眺めてぼーっとしているうち、幼稚園の頃に罹った「ユーレイはしか」を思い出していた。

 ユーレイはしかは、子供が罹る通過儀礼のような伝染病だ。カゼに似た兆候が現れ、まず発熱する。やがて全身にブツブツが広がり、 熱と咳が2、3日ほど続く。

 苦しいのと、寝てばかりで退屈なのとで、根を上げてしまったものだ。

 もっとも、ふだんは決して聞いてもらえないようなわがままが通るため、ここぞとばかりにおねだりをすることを忘れなかった。

「ママぁ、模様のついたメロンが食べたい……」

「はいはい、マスク・メロンね。あとで買ってきてあげるから、頑張って元気になろうねえ」


 熱と発疹は、ある時を境に、すうっと引いてしまう。けれど、まだ病気が治まったわけではない。

 手足の指先から、次第に色が抜けていくのである。半日もしないうちに、全身がクラゲのような半透明となってしまう。

 その姿が、まるで幽霊のようなので、「ユーレイはしか」と呼ばれていた。

「あの時は面白かったなぁ。暗がりから、ひょこっと顔を出しただけで、大人までも、腰を抜かして驚いたっけ」思い出すだけで笑いが込み上げてくる。

 ユーレイ状態の段階まで進めば、もう感染の心配はなかった。そもそも、本人が元気いっぱいなのだから、家にこもってじっとしている理由などない。


 遊び疲れて家に戻る途中、通りを向こうからやって来る人に気づく。

「あ、いつも行く肉屋のおじさんだ」わたしはとっさに電柱の陰に身を潜めた。母と一緒に買い物へ行くと、決まって説教をされる。

「おうちの手伝いはちゃんとやらなきゃダメだぞ。おじさんなんてな、お前さんくらいの頃には、もう肉の扱い方を父親から教わってたもんだ」

 母までも同調して、「そうよ、むぅにぃ。今日からでも、お皿洗い、やってもらおうかしらね」などと言い出すので、内心、嫌でたまらなかった。

 肉屋のおじさんは、機嫌良く鼻歌を歌っていた。辺りはもう薄暗かったし、電柱は十分、隠れられる幅があった。

 わたしは、おじさんの歩調に合わせて、裏側へ、裏側へと後ずさりをする。どうか、このまま行き過ぎてくれますように。顔を合わせれば、きっとまた小言を言われるに違いない。


「ふんふーん、にくにくにーくっ、にーくぅ、だいすきぃ~っとくらぁっ」

 通り過ぎる肉屋。わたしはほっと、息をつく。

 ところが、なぜかまた引き返してくる。

「ちょっと、冷えたかな……」そうつぶやくと、辺りをきょろきょろと見回しながら電柱に寄ってきた。

 このままだと、まずいことが起こりそうな気がしたので、観念して顔を出す。そのわたしを見た時の、おじさんときたらっ!

「ひっ、ひいっ! 出たーっ、お化けだっ!」少女のように高い声で、助けてくれーっと叫びながら逃げていった。

 一瞬、何が何だかわからず立ちすくむ。

「あ、そうか。今、ユーレイはしかに罹っていて、顔が透けてるんだった」ようやく合点する。

 おじさんの慌てふためいた様子が、ふいに蘇ってきて、もうおかしくって、おかしくって。道の真ん中で、一人笑い転げた。

 「夕暮れになると、ケラケラと笑う子供の幽霊が出るんだそうだ」そんな噂が町に根付いたのは、ちょうどこの頃だった。


 掛け布団から手を出して、じっと見つめる。

「まさかね……」今にも手のひらが透けていくのではないか、そう思ったのだ。「ユーレイはしかは子供しかうつらないんだから。それも、一生の間に、たった1回だけ」

 わたしのユーレイはしかは、その後2日ほどで完治し、再び体の色を取り戻した。ほっとすると同時に、ちょっぴり残念だった。

 1週間くらいは半透明のままでもよかったのになぁ。


 玄関でチャイムが鳴る。

「おう、おれだ。入るぞ」少しかすれているが、桑田孝夫の声だ。

「いらっしゃい。カゼひいちゃってさあ、うつすといけないから、あんまり近づかないでね」仰向けのまま、そう返事をする。

「大丈夫だ。おれもカゼひいてっから」

 のぞかせたその顔は、まるでユーレイのように半透明だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ