魔法の授業
魔法の授業はいつも退屈だ。
「えー、魔法を発動するには4つの要素が必要です。先週、お勉強しましたね? これらは宇宙を満たすエーテル体の中に含まれているわけです」ここで先生は教室を見渡す。「じゃあ、むぅにぃさん。その4つを聞かせてもらえますか?」
「は、はいっ」いきなり指され、わたしは慌てて立ち上がった。机の上の「小学3年生・まほうのきそ」を大急ぎでめくって探す。
「おやおや、忘れてしまいましたか? はい、もうけっこうです。ほかにわかる人はいませんか?」
クスクスと笑われながら、わたしは着席した。
「はい、先生」志茂田ともるが、ハキハキとした声で手を挙げる。
「では、志茂田さん」先生は信頼しきった様子で志茂田にうなずく。
「魔力の質を決定する『感性』、正確さの『知性』、力の大きさとなる『意思』、それと発動の引き金となる『理性』です」
よくできました、と言うように先生はパチパチと手を叩いた。
「さすがですね、志茂田さん。完璧です」
「イヤミな奴、大っ嫌い」隣の席の中谷美枝子が、わたしにそうささやく。優等生で勉強もよくできるけれど、それを鼻にかけたところがある。
「さっすがだぜ、志茂田。おれ、ソンケーしちまうなっ」それをやんやと褒めちぎるのは、太鼓持ちと陰口をたたかれる桑田孝夫だった。口が悪いだけでなく、実際に乱暴なので、わたしは彼も嫌いだった。
「はいはい、静かにして下さい」先生が注意を促す。「この4つの要素だけでは、魔法を使うことができません。『真実の名前』、これが必要です。みなさん1人1人に隠された、もう1つの名前です。あなた方の名前は、親御さんが付けてくれたものですね? けれど、この『真実の名前』は生まれながらに与えられたものです。魔法を使う時、まずこの名前を宣言しなければなりません。名前が原子核のようなものだとすれば、4つの要素は、その周りを回る電子のようなもの。ここまで、理解できましたか?」
魔法の勉強は、「魔法が使えるようになる」ためのものではない。反対に、「うっかり魔法を発動させてしまわない」ための防災なのだ。
「真実の名前」が個人に告げられないのはそれが理由だった。本人が名前を知ったからと言って、ただちに魔法が使えるようになるとは限らない。けれど、万一発動した場合、危険な事態に陥りかねない。
クルマの運転と同じように、操作もわからず暴走させてしまうより、制御できた方がはるかに安全、というわけである。
そんな授業なので、面白くもおかしくもなかった。せめて、実習でもあれば別なのだが。たとえそれが、コップの水の色を赤や青に変えるといった、手品程度だとしても。
「さて、いつもなら教室で行う勉強ですが」先生が言う。「今日はこれから外へ出て、野外授業とします」
クラス中がざわざわと騒がしくなる。
「聞いた? 外へ出るってことだよね?」わたしは中谷を振り返った。
「うんうん、何するんだろ。でも絶対、教室なんかよりはいいよ。だって、窓の外はあんなにいい天気なんだから」
先生が説明を始めた。
「学校の裏の原っぱに行きます。そこで、みなさんに探し物をしてもらいます。『七色カタバミ』という、小さな花です。ただの花ではありませんよ。見つけた者を幸せにすると言われている、魔法の花です。めったに咲いてませんからね、よーく探して下さい。何かを探す、これも魔法を学ぶ上では大事なことなのです」
話が済むと、生徒たちは一斉に教室を飛び出していった。
わたしと中谷はペアを組んで、一緒に探すことにした。
「先生も言ってたけど、珍しい花なんだもん、どうせ見つからないよね」現実的な中谷は、初めっから期待などしていない。
「せめて、次の算数もつぶして探せるんだったらなぁ」わたしも、この広い野原を見ただけで溜め息が漏れてきた。
褐色に染まった冬草の間では、ピンク色をしたエリカや、白と黄色のコントラストもくっきりとしたノースポールがよく目立つ。
「七色カタバミって、あんた見たことある?」中腰で草を分け歩きながら、中谷が聞く。
「さっき、初めて聞いた」わたしも下を見ながら返事をした。「七色っていうんだから、カラフルなんだろうなぁ」
「ふつうのカタバミってさあ、爪の先くらいの小さな花なんだよね。薄桃色だったり黄色だったり。そうだ、葉っぱは三つ葉になってるよ」
「小さくて三つ葉かぁ。ますます見つけにくいよ。魔法の花だって言うんなら、どこからでも見つけられるよう、ピカピカ光ってたらいいのに」
「ほんと、そう思う」中谷も同意する。
そのうちにシロツメクサの群生に踏み込む。同じ三つ葉でも、二回りばかり大きい。
「クローバー畑を見ると、つい探しちゃうよね」わたしは言った。
「うん、四つ葉ね」
どうせ七色カタバミなんて見つかりっこしない、そう思って、こっそり四つ葉のクローバーを探し始める。
「探すとなかなか見つからないんだ、これが」とわたし。
「あんた、もしかして四つ葉探してる?」中谷が咎めるように聞く。
「えっと、その……」
「実は、あたしもなんだ」そう言って、ぺろっと舌を出した。
その時、緑の茂みの中でポツンと咲く、色も鮮やかな花が目に触れる。5枚の花びらそれぞれが、赤、青、紫と色分けされ、溶けるようなグラデーションがかかっていた。
「中谷、見てっ」わたしは思わず叫ぶ。
「これっ!」中谷も目を丸くして見入った。「そうよ、絶対これだ。七色カタバミ」
光こそ発しはしなかったけれど、まるで虹を切り抜いたような美しさだった。眺めていると、もうそれだけで幸福な気持ちになってくる。
「見つけちゃったね」わたしは、感動のあまり声を震わせた。
「うん……。ほんと、きれい」中谷など、息をすることさえ忘れている。
わたし達はしばらくそうして見つめ続けた。
「どうする?」わたしは聞く。
「どうしようっか」中谷も考え込む。摘んで持っていかないといけないのだが、とてもそんな気にはなれないのだった。
「このまま、そっとしておかない? 先生に聞かれたら、咲いてた場所だけ話せばいいじゃん」わたしは提案する。
「そうね、ほかの人も見に来られるし」
背後から影が差した。
「ああ、これですね、七色カタバミ。ありました、ありました」
振り向くと、志茂田、それに桑田が立っている。
「お前らがいらねえっていうんなら、おれ達がもらってやるよ」桑田はわたしと中谷を押し退けて、七色カタバミの前に屈むと、なんの躊躇もなくむしり取ってしまった。
「ちょっと、あんた達っ!」中谷が非難の声を上げる。
「申し訳ありませんねえ。これも学問の発展のためでして」志茂田は桑田から七色カタバミを受け取り、意気揚々と引き返していった。
「ほんっと、ムカつく」わたしは後ろから睨み付ける。
教室に戻ると、先生が尋ねた。
「どうでした、みなさん。七色カタバミは見つかりましたか?」
「はい、先生」志茂田が誇らしげに手を挙げた。「ほら、この通り、見つけて採ってきました」
わたしと中谷は悔しさで身悶えする。
「おお、確かにそれこそ七色カタバミ。いやあ、本当に見事な美しさですねえ」
最初に見つけたのはわたし達なのに!
「ですが、残念です」先生は悲しそうに首を振る。「野に生えていた時は、きっとその何倍も素晴らしいものだったでしょうに。ごらんなさい、手の中の花を。すっかりしおれ、ただ物悲しいだけではありませんか。わたしは言いました。見つけてくるように、と。『幸せの魔法』は、ただれそれだけで効力を発するのですからね。けれど、その魔力も失われてしまいました」